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第四章【騒乱のアナトリア】

4-44.ダンジョン突入前(1)

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「戦況はどうなってるの?」

 夜会に集められた招待客たちは、そのまま会場に留め置かれることになった。国の中枢にある要人たちを含めて数百人もの人数であるため、1ヶ所に固まっていてもらった方が守りやすいという判断だ。
 会場の警護にはそれまで配置されていた皇城衛士隊ではなく、国の最精鋭である皇国第一騎士団が総員配置された。

「どうも封印して隠蔽されてたようなんですがねえ、みたいで」
「そんなのは分かってるわ。って聞いてるの」

 皇帝をはじめ皇族は全員が皇宮に引き上げた。広い皇城でも、最奥に位置する皇宮がもっとも堅牢で防御性に優れているのは言うまでもない。
 皇宮を守備するのはもちろん、皇室直属の皇国親衛騎士団である。彼らは皇族が大広間を退出する段階から付き従い、皇族と皇妃を取り囲んで厳重に警護していった。

「ランクの低い魔獣や魔物程度なら何とかなるんですがね、はこっちの態勢が整う前に出て行っちゃったらしいんすよね」
「あれはいいわ、下手に手を出しても死ぬだけだから。他は?」

 そう、無残にも胴体を真っ二つにされた皇国騎士団総騎士団長のように。

「最初は巡回衛士が押し留めて、すぐに増援の第五騎士団第一大隊が交代してます。魔術師団と一緒に、今は何とか地下から出さないよう防いでる形っすね」
「私達が行くまでそのまま抑えさせて。⸺で?皇太子は見つかったの?」
「親衛騎士団と皇宮衛士隊が血眼になって探してますけどね」
「話にならないわ」

 皇太子の姿はどこにも見えなかった。給仕の侍女が会場を出ていったのを目撃していて、すぐに会場警護の衛士騎士に伝え、即座に捜索が開始されたが見つからないらしい。

第七騎士団あなたの隊も全員呼び寄せて」
「言われなくたってもう総員招集かけてますよ、勇者様。第五と交代するよう指示されてます」

 会話を重ねているのは勇者レギーナと、第七騎士団副団長のアルタン・イスハークである。ちなみに副団長というのは第一から第七まである騎士団をそれぞれ束ねる事実上の団長であり、騎士団長の名を与えられているのは全体を統括する総騎士団長ただひとりであるため、役職名として副団長を名乗っている。
 まあその総騎士団長はすでに名誉の殉職を果たしたわけだが。なので現在の騎士団の総指揮は、代行として第一副団長が担っている。 

「あなたの隊は戦えるんでしょうね?」
第七ウチは使い捨ての平民騎士ばっかりですからね、実戦経験が豊富なのだけが取り柄ってやつです」
「ならいいわ」

 第七騎士団は皇太子主催の夜会に合わせて、皇城の敷地内警備を担当していた。副団長であるアルタンも蒼薔薇騎士団の居住スペースから呼び出されてその指揮を取っていたのだが、夜会の会場をいきなり魔族に襲われて総騎士団長まで殉職したものだから、慌てた第一副団長によって城内に緊急招集されていた。それでアルタンの顔を見かけたレギーナに声をかけられ、現在はふたりで情報のすり合わせをしているところだ。

 ちなみにアナトリアの皇国騎士団は第一が皇都防衛、第二が現在は前線部隊として南方戦線に張り付いている。第三が国の東部の地方防衛、第四が同じく国の西部の地方防衛、第五が国の中央部の地方防衛、第六が遊撃部隊にして情報部隊、そして第七が予備役という名の使である。


「それと、今の総指揮は第一副団長、でいいのかしら?」
「そうっすね。⸺おーい、第一の。勇者様がお呼びですぜ」

 アルタンの呼びかけに気付いて、少し離れた所で指示を飛ばしていた第一副団長がレギーナの元へとやって来る。壮年の、いかにも堅物そうな雰囲気の大柄な男だ。

「お呼びでございますか」
「ええ。これから私たちはダンジョンへ潜るけど、終わったら封印するから魔術師団も地下へ向かわせてちょうだい。全員ではなく、儀式魔術で封印を担えるような実力者が数名いればいいわ。あと念のため、青加護と白加護の法術師も手配して」
「承りました。ですが拝炎教には封印のすべがなく」
「だったら神教神殿から派遣させて。この街アンキューラにも神殿はあるでしょう?」
「なるほど、ではそのように致しましょう」

 第一副団長は拒否することもなく、頭を下げて離れて行った。その態度や表情には、レギーナを女と見下す様子は特に見られなかった。緊急事態に勇者の意向に逆らうほど狭量でも尊大でもなさそうだ。
 あとは、この場に姿の見えない魔術師団がどういう対応を取るかだが、そこについては協力的であることを願うしかない。最悪の場合、ミカエラとクレアだけで儀式魔術を組むことにもなりかねないが、それはそれで蛇王の再封印の予行演習にはなりそうである。

「じゃ、勇者わたしたちは一旦戻って装備を整えてくるから、それまで持ちこたえさせなさい。ただし決して突入しないように。そして私たちが到着し次第、最前線まで案内しなさい」
「じゃあスレヤを付けますんで、彼女に案内させましょう」
「スレヤって、彼女は第五の所属でしょう?あなたとは指揮系統が違うんじゃない?」

 当然の疑問をレギーナが呈すると、アルタンは少しだけ顔を近付けて小声になった。

「彼女、実力は確かなんですがね、後方支援とか伝令ばっかりやらされてるんですわ」

 そう言われれば納得せざるを得ない。いや納得すらしたくはないのだが、男尊女卑のアナトリアではどうしてもそういう扱いなのだろう。
 第五騎士団は最初に接敵した隊であるため、第七との交代にあたって引き継ぎが発生している。スレヤが伝令役であるのなら、一時的にアルタンの指揮下にも置かれているのだろう。

「じゃ、スレヤを呼んで頂戴」
「居室の方へ行くよう指示しておきます」

 今この場でスレヤの扱いに異議を唱えても詮無いことだ。だからレギーナはミカエラやクレアとともに大広間から居室へと足を向ける。案内は控室までついて来ていたべステだ。

「レギーナさん!」

 と、そこへ声をかけてきた男がいて、見るとアルベルトが駆け寄ってくるではないか。彼はもうすでに愛用の革鎧を着込んで準備万端、腰にはこれまた愛用の片手剣ショートソードも提げていて、大きな背嚢まで背負っている。

「え、あなたも来たの?」
「だってこの感じ、瘴脈が湧いてるんだよね?だったら戦い手は多いほうがいいと思って。それに騎士たちは対人戦闘には慣れてるだろうけど、対魔物は不慣れなんじゃないかな?」

 つまりアルベルトは、魔物相手なら冒険者としてキャリアの長い自分が役に立つと言っているのだ。
 確かに、そう言われれば一理ある。

「そうね。じゃ、あなたはアルタンの隊と一緒に一足先に向かっておいてくれる?」
「うちの隊が最前線に出るんで、サポートしてもらえるのなら有り難い」
「分かったよ。じゃあ急がないと」
「魔族が既に一匹突破してきているから、油断しては駄目よ。他にもいるかも知れないわ」
「了解。何とか頑張ってみるよ」

 そうしてアルベルトはアルタンとともに地下へ、レギーナたち蒼薔薇騎士団は上階の居室へと、それぞれ駆け出した。





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