【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
220 / 366
第四章【騒乱のアナトリア】

4-68.虎人族の娘(1)

しおりを挟む


 アナトリア皇城地下の奥深く、隔離され厳重に警戒を施された薄暗い地下牢。城の地下にいくつか存在するうちのひとつのエリアの、長い通路に厳重に封じられた小部屋が並ぶその最奥の一室に、彼女は捕らえられていた。
 両手首と両足首、それに首にまで[封魔]の術式が施された特別製の鋼の枷が嵌められ、その上で手足をそれぞれ人の腕ほどもある太い鉄鎖で石壁に固定されている。鉄鎖は立ち座りができる程度には余裕が持たせてあるが、横になることまではできそうにない。そして座るための椅子は用意されてはいるものの座面の真ん中に穴が空いていて、つまりそれは尿瓶しびんである。

 地下にあるがゆえに窓などない。そして光源になりうるものも室内にはない。まるで暗闇に閉じ込めること自体が収容される罪人に対する罰であるかのようだ。


 その牢の重い鉄扉が、軋みながら開かれる。開くと同時に通路から差し込んでくるまばゆい光にしばらくぶりに身を晒されて、彼女は眩しそうに目を眇めて顔を上げた。

『気分はどうだい?⸺まあ、こんな場所で拘束されて気分がいいはずもないだろうけど』

 入ってきたのはいかにも冴えない男だった。の体格の良し悪しなど分からないが、大した手練でもないのはひと目見て分かる。だがこの男はを受けてなお、一撃で事切れなかった。それを考えると、見た目で侮るのは危険だろう。
 それに何より、この男は母の名を口にした。そのことについて、是非とも聞き出さねばならない。

『君も聞きたいことがあるだろうし、こちらも聞かなくちゃいけないことがあるんだ。どうだろう、情報の交換といかないか?』

 だがこちらが何か言う前に、その男は人好きのする笑みを浮かべながら、でそう言ったのだった。
 その提案に乗るのはやぶさかではない。だが残念ながら、それに応じられない事情がこちらにある。

 黙したまま応えずにいると、男は困ったような顔をして頭を掻いた。

『じゃあ質問を変えようか。君はね?』

 肯定なら首を縦に1回、否定なら横に2回振れと言われたので、肯定してやる。情報を貰わねばならんのだから、このくらいは教えてやってもいいだろう。
 そう。忌まわしきはこの身に施されただ。われ抗魔こうまがなんの役にも立たなかった程には強力で、そして強制力も高い。これさえなければ、あのような卑劣な奇襲などこの吾が成すはずもなかったというのに。

『華国語を解するはそなただけか?この城はずいぶんと大きいようだが、他に誰もらぬのか?』

 発言自体を封じられているわけではないと示すために、敢えて当たり障りのないことを言ってみる。実際、言葉が通じないことは不便この上ない。唯一理解していそうなこの男も、おそらくは平易な言い回ししか解さぬであろう。

『居らぬなら居らぬで、[翻言ほんごん]の使い手ぐらいように』
『あー、[翻言]は、こっちの世界ではあまり必要ないんだ。各国で通用する世界共通語があるからね』

 翻言とは、理解できぬ言語を解析して術者に理解できる言語に自動通訳する術式である。大半の地域で現代ロマーノ語が通用する西方世界ではほとんど使われないが、民族も国家の数も多く言語的統一性のない東方世界では重宝される魔術だ。

『ほう。西の国々はかつてひとつの国だったという、その名残か』
『よく知ってるね。その通りだよ』

 ならばやむを得まい。河東とは事情が違うということだ。

『時にそなた、驪国りこく語はどうだ』
『リ・カルンの言葉は覚えてないんだ。現代ロマーノ語で通用したし、華国語は気功を理解するのに必要だったから覚えただけで』
『そうか。ではその華国語と気功は誰に習った?』

 吾がもっとも知りたいのはそこだ。
 もしこやつが、母の教えを受けたと言うのなら。

『残念だけど、そこから先はとの交換になるんだ』

 チッ。上手く言いくるめられなんだか。

「ってことで、そろそろ何か分かったかい、ミカエラさん?」

 と、男が不意に後ろを振り返って誰かに何事か声をかけた。
 すると開いたままの入口の陰から、ひとりの女が姿を現した。青い縁取りと金糸の刺繍の施された白い法衣に青い羽織ケープを纏った、紅い髪の娘。
 この娘はあの時も勇者とやらの側にいたな。ではこの男ともども勇者の取り巻きということか。

 娘は憎々しげな目を向けてきていたが、しばらくするとため息とともにその目が逸らされた。

「[解析]は済んどる。⸺[隷属]に[制約]、ようある奴隷契約ばってん、組成が既知の術式とは全然ちごうて仕組みのよう分からんね」
「そんなに強い術が?」
「そこまで強力な術式やなかけど、どうも西方世界の術式やないごたるみたい。ばってんまあ、ひとまずそれはどうでもよか」
「そうだね。どうでも良くはないけど、レギーナさんを襲わせたのが誰なのかさえ分かれば」
「そういうこったいな」

 法衣の娘は、そこで嫌そうに顔をしかめた。
 何を話しているのか分からんが、あの顔は自分の意に沿わぬ事を言わねばならぬという顔だ。

「術式が難解やけんが、解除するより命令権ば上書きする方が楽ったいね」
「そうなのかい?」
「そやけんくさ、⸺おいちゃん、この奴隷ば引き取っちゃらん?」

「…………は?」

 今度は男の方が唖然とした顔になった。
 どうやら、何か思いもよらぬ方向へ話が進んでいる気がするのだが?





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...