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第五章【蛇王討伐】

5-28.リ・カルン創世神話(1)

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 ということで[翻言]を覚えたレギーナたちは、早速めいめい書物を手に取り読み始めた。
 レギーナがまず最初に手に取ったのは、『王の書シャー・ナーメ』と題された分厚い一冊である。

「『王の書』は天地開闢てんちかいびゃくからの通史を記した叙事詩になります。ただ成立は比較的近年になってからですので、古代語で書かれているわけではありません」

 ダーナによれば、『王の書』は人類最初の王朝であるピシュダディ朝から、現在のリ・カルンの直接の前身にあたるアリヤーンシャフル朝までの数千年の歴史が記されているという。
 目次を改めると、10を超える王朝名とその歴代王の名がズラリと並ぶのが目に入る。その中で最初の方、ピシュダディ朝第三代の“賢王”イマの名のあとに、僭主ダハーグという王の項目がある。

「その僭主ダハーグが、現在伝わっている蛇王になります」
「……ホントに人の王だったのね」
「はい。残念ながら」

 ダハークの項目を開いて読んでみると、元は大河西岸の小国の王子だったとあり、魔術を習い覚える過程でその師に唆され、父王を謀殺して国を乗っ取ったらしい。
 まあそこまでは、世界の東西を問わずではある。ダハークが異なっていたのは、その小国で力を蓄え時期を待ち、大河を挟んだ大国ピシュダディ朝のイマの治世が乱れたのを見逃さず、大河を渡って攻め込んでイマを放逐したことにある。民心が離れていたイマはなす術なく玉座を追われ、遠く東の果てまで逃れたものの結局捕まって、ダハーク自らの手で討ち取られた。

「……『これにより賢王イマの七百年に及ぶ治世は終わりを告げ、僭主の千年にも及ぶ暗黒の時代が始まった』……このイマって“賢王”と称されるほどの優れた王で、この大国を七百年も治めていたのよね?」
「その通りです。賢王の時代に人々の生活は大きく向上し、人口が爆発的に増えて人類が世界に満ちたと言われています。ピシュダディ朝の最初の全盛期は、間違いなく賢王の時代ですね」
「……そんな優れた偉大な王が、国が乱れたからといってそんなに簡単に小国に追い落とされるものかしら?」
「その疑問は、賢王の項をご覧になれば解決するかと」

 ダーナにそう言われて、レギーナは賢王の項を開いた。それによると賢王は、人類で最初に拝炎教の最高神と直接言葉を交わした人間だとある。
 最高神はイマの前に姿を顕し、自身の教えとその教義を世界に広める者としてイマを選んだという。だが彼は事もあろうに『私はそんなことのために生まれてきたのではない。私の魂の使命はもっと他にあるはずだ』と拒否したという。

「…………神をも恐れぬ所業ね……」
「現代の解釈では、イマもまた神格を持つ神に近しき者だったから可能だったことだと考えられています」

 自身の提案を拒否されたことに最高神は怒るでもなく、宣教しないのであれば人類を導き繁栄させるよう命じたという。そしてイマもそれならばと受諾し、そうして彼は王位に就いた。最高神は人類を統率する王権の証として、黄金の矢と光輪フワルナフを人類で初めてイマに与え、イマもまたそれらを適切に扱い人類に君臨した。
 こうして天地には光が満ち溢れ、世界は苦しみから解放され地上には楽園が現出した。動植物も人類も繁栄を享受しその数を大きく増やし、それを導いたイマは“賢王”と讃えられた。

「これほどまでに偉大な王が、そんなアッサリと敗れて滅ぼされるものかしら……?」
「もう少し先までお読みになれば」
「書いてあるのね?」
「はい」

 地上に楽園を築き上げた賢王は、だがいつしか神に与えられた光輪フワルナフの加護を自らの力と過信するようになった。彼は臣下イブリースの勧めに従い、天地への祭祀を取りやめて自らを祀るよう世界に命じた。
 それを見た最高神はイマから光輪フワルナフを剥奪すると決めた。光輪は光の鳥となってイマの元から飛び去り、それをもって地上の楽園は終わりを告げた。光の鳥は輝神ミスラがこれを捕らえ、以後は輝神が管理することとなる。

「ちょっと待って!?」
「いかがなさいましたか」
「ミスラって、ミスラ……よね?」
「はい。真竜のひと柱、“輝竜”ミスラです。時代や地域によってミトラースとも、ミフルとも呼ばれますね」

「蛇王って確か、世界の終末の時には“悪竜”に変じるのよね」
「そう言われています。“悪竜”アジ・ダハーカもまた、真竜のひと柱ですね」
「ダハーグ……アジ・ダハーカ……まさか」
「お気づきの通りです。アジ・ダハーカ、それこそがダハーグの正体です」

 つまり神格を持つ賢王イマを倒せたのは、ダハーグもまた“神”であったからなのだ。

「そしてこの『臣下イブリース』って」

 レギーナはページをめくり飛ばす。イブリースの名に見覚えがあったのだ。

「……やっぱり!ダハーグの魔術の師匠!」
「はい、ですね。我が国の神話学においては、イブリースという者は最高神の永遠の敵対者である悪神の化身だとされています」

 つまり悪神に唆された事により賢王は堕落し、小国の王子もまた悪の道に堕ちたのだ。
 悪をもって堕落を駆逐し、世を混沌へと導く。イブリースの行動からはその悪意が透けて見えるようである。





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