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第五章【蛇王討伐】

5-29.リ・カルン創世神話(2)

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「……それだったら、このイブリースをこそ倒すべきじゃない?」
「それが残念ながら、最高神と悪神との盟約があるためのです」

「そこんところは、こっちの本に書いてあるばい」

 ここで、別の書物を読み進めていたミカエラが口を挟んできた。

「ミカエラ様が今お読みになっておられる書物は『炎の書アータシュ・ナーメ』ですね。拝炎教の教義をまとめた書物で、教義の元となった神話に関しても詳述されています」

 『炎の書』によれば、この世界を創造した原初の創造神が、善と悪のふたつの概念をもとに最高神と悪神を生み出したという。創造神は善も悪も否定せず、どちらが世界を統べることわりとなるのか、両者で決めるように言い残して世界を去ったのだという。
 以来、善神たちを率いる最高神と悪魔たちを率いる悪神とが、世界を二分する争いを続けているのだという。

「最初の五千年はどちらも総力を挙げて争ったらしいばい。ばってん決着が付かずに、次の五千年は一旦最高神に任せることにしたとげなんだって
「その五千年の間、悪神は地下深くの奈落で休眠していると伝わっています。今がその休眠期に当たると言われていますね。そして休眠中で直接出てこれない悪神は、化身たちを地上に放って様々に最高神の妨害活動をしているとされています」
「……その化身のひとりが、このイブリースってことね」
「その通りです。ですから倒したところで、イブリースは悪神の力でいくらでも復活するのです。だからこそ、のだと言われています」

 なんとも壮大な話だが、それをのならば確かにイブリースを討つ意義は薄そうである。人の悪意にはキリがないというのは現実的に見ても肯定せざるを得ないし、であれば当初の目的通りに蛇王の討伐のみに注力すべきなのだろう。
 だが根本の悪意はイブリースでありその本体である悪神である。それを放置していていいものだろうか。

「そこの部分は、ユーリもずいぶん思い悩んでいたよ。多分ロイ様や、それ以前の勇者たちも同じだったんじゃないかな」

 別の書物を読んでいるアルベルトも言葉を添えてきた。先代勇者も同じ悩みを得ていたと聞いて、レギーナはバーブラの顔を思い浮かべた。
 バーブラは勇者ロイの前、勇者フィリックスのパーティでも蛇王を討伐している。おそらくは思い悩む若きロイたちを見守る、今のアルベルトのような立ち位置だったのだろう。
 アルベルトやバーブラが、なぜ何も語ろうとしなかったのか。それはおそらく、新たに蛇王討伐に赴いた勇者にそれぞれ個別に経験を積ませ、思考と苦悩を経て自らの考えで結論を出させるためだったのだろう。

「自分たちで一から調べさせるのって、そういう意味があったのね」

 改めて、勇者に課された試練とは何なのか、その一端を垣間見た気分のレギーナであった。

「それはそれとしてこの光輪フワルナフだけど、これ古代語よね?」
「そうですね。記述内容が古代のことなので、平文はともかく具体的な固有名詞はほとんど古代語がそのまま記述されています」
「……現代語だと?」
光輪クヴァレナですね」

「やっぱり!“宝剣”のひと振りじゃない!」

 世にわずか十振りしかないとされる、神々が鍛えたと伝わる宝剣。そのうちのひと振りがレギーナの持つ“迅剣”ドゥリンダナであり、先代勇者ユーリの持つ“旋剣”カラドボルグである。そして“輝剣”クヴァレナもまた、そのひと振りであった。

「“輝剣”クヴァレナは我が国に伝わる伝説の剣ですね。それが世に伝わる限り、世界の繁栄は約束されると言われています」
「現存してるわよね?今の継承者は国王陛下かしら?」
「今は我が国の諸将のスパーフベダン・スパーフベドであるロスタム卿が継承しています。初代継承者である英雄王フェリドゥーン以来、我が国で最高の剣士が継承するものとされていますので」

 この国の重臣のひとりであるロスタムという人物が継承しているのなら、そのうちに顔を合わせる機会もあるだろう。というか英雄王フェリドゥーンの愛剣を受け継いだというのであれば、むしろ積極的に会っておかねばならないかも知れない。
 レギーナが直接会ったことのある宝剣の継承者は、先代勇者ユーリ以外だと先々代勇者パーティのザラックだけであり、手合わせしたことがあるのはユーリだけである。もしもロスタム卿に会えたなら一度手合わせを願ってみたいと、ちょっと思ってしまったレギーナである。
 剣技をこよなく愛し、剣の道に生涯を捧げる覚悟をするほどにレギーナは剣で戦うことが大好きである。同じ宝剣の継承者がいるのなら、手合わせしたいと考えるのは自然なことであった。

「…………待って?クヴァレナってなの?」
「今伝わっている宝剣は“剣”ですね。ただ剣士でなかった賢王が所持していたものは文字通り“光の”だったと伝わっていますし、伝説上の英雄であるサームやロスタムが所持していたものは鎚矛メイスだったとされています」
「……時代や人によって、姿を変えているってこと?」
「まあ神から与えられた権能の一種とも考えられますからね。賢王の元から飛び去った時には光の鳥と化したようですし」

 そう言われれば、確かに『王の書』にもそう書いてあった。

「……ま、今が剣の形をしてるならそれでいいわ」

 手合わせの途中で形が変化したりするようなことがなければ、レギーナとしては何も問題ない。いやまあ別に手合わせが決まったわけではないのだが。


 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【注】
「ロスタム」という人名が二ヶ所出てきますが、それぞれ別人です。伝説上の英雄にあやかって同じ名を付ける、というやつですね。



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