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【レティシア5歳】
014.騎士の宣誓
しおりを挟むそれは、騎士になって10年目にして、初めてアンドレが報われた瞬間だったのかも知れない。
それまで彼は、これほど真っ直ぐに全霊を込めた感謝をされたことがなかった。もちろん日々の任務で感謝される事は多かったし、今回のように獣や魔獣から人の命を救ったことも一度や二度ではない。
けれど、一旦は自分の命を諦めてしまった5歳の幼女から「命の恩人だ」と言われ、「生涯をかけても恩を返す」とまで言われた、その言葉の重みは桁が違ったのだ。
アンドレは無言のまま、レティシアをそっと地面に下ろした。そして彼の突然の行動にやや戸惑うレティシアに向かって、彼は片膝をついて拝跪した。
「あの、きしさま?」
「レティシア公女殿下」
「は、はい……」
「私はただ今より、貴女様の騎士となりましょう」
捧げられた言葉の意味をにわかには図りかねて、レティシアが大きな瞳をさらに丸く見開いた。
「貴女様の剣となり、盾となり、御身を護り、御前に立ちはだかる全ての敵を打ち払い、その道行きを照らす光とならんことを誓いま──」
「ダメだダメだダメだーーーーーーっ!!!!」
騎士が姫に対して行う正式な“騎士の宣誓”は、寸前で遮られた。
肩を怒らせ、荒い息を吐いて駆け寄ってきたのは誰あろう、ノルマンド公爵オリヴィエだ。
「貴様ッ!何を勝手に僕の可愛いレティシアに誓いなど立てようとしているんだっ!」
オリヴィエは呆気に取られるレティシアに駆け寄り、ギュッと抱き締めてアンドレを睨みつける。
「お前なんかなあっ!ぜーーーーーったい認めてやらないからなっ!」
レティシアも、アンドレも、離れて見ていたセバスチャンもジョアンナもその他の使用人たちも、全員が唖然とする中、髪を振り乱したオリヴィエはアンドレに指を突き付けてそうはっきりと宣言したのだった。
「……………………旦那様」
そんな中、最初に我を取り戻したのはやはりセバスチャンだ。
「今のブザンソン様の宣誓は、“求婚の宣誓”ではなく“騎士の宣誓”だったように思うのですが?」
「………………………………………えっ?」
「ですから、“騎士の宣誓”でございます」
騎士の宣誓。
それは、正規騎士が自ら仕えると心に決めたたったひとりの主──これは一般的に淑女であることが多い──に対して、生涯その専属となり死ぬまで忠誠を誓う、その決意を表明する口上である。
これは騎士が生涯に一度しか行えず、宣誓を受け入れた者も他の者からの宣誓を受けることができなくなる。
ただしそれは、宣誓を受け入れた場合に限る。受け入れられなかった場合は宣誓自体が無効になり、騎士も淑女も他の相手と改めて宣誓することが認められる。
そういう性質を持った儀式であるがゆえに、近年ではプロポーズの言葉代わりに安易に口にする男も多い。
つまりオリヴィエは、アンドレがレティシアに求婚したと思い込んだのだ。そりゃあ焦りまくって無理やり割り込んで止めさせもするはずである。
だが本来、騎士の宣誓とは永遠不滅の主従関係を結ぶための口上である。婚姻とは何の関係もないのだ。
というか本来的な意義においての騎士の宣誓はむしろ逆で、主従関係は婚姻関係のように対等な関係ではないのだから、婚約者や配偶者にはならないと表明する意味合いを含むのだ。だからオリヴィエが邪魔さえしなければ、彼の望んだ通りにレティシアとアンドレは婚約できなくなっていたはずだったのに。
「………………もしかして僕、早まった?」
「まあ旦那様がお嬢様のことに関して我をお忘れになるのは、いつものことではありますな」
次第に青褪めてカタカタ震え始める娘バカの公爵の姿に、自分もちょっと我を忘れて早まりかけたと心中密かに反省するアンドレ。まだ彼女は5歳の幼女なのだ。そんな早くから彼女のこの先長い人生を縛り付けることもあるまい。
もう少し冷静に、慎重に、一時の感情だけで早まらないようにしよう。この小さな姫様をお護りするために。
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