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05.運命の選択

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「そなたは、ヒロインあの子を虐めていると聞いたぞ。本当か?本当ならば今すぐ止めるんだ」

 久々の婚約者とのお茶会。必ず開くから時間を空けろと命じて、久々に顔を合わせた。ここ最近の悪い噂に関して、婉曲に伝えたところできっと誤魔化されると思ったから、ハッキリとキッパリと告げる。
 質問の体を取ってはみたが、虐めているのは分かっている。だから命じてでも止めさせるつもりだ。

「殿下。わたくしは彼女に、『婚約者のある異性にみだりに親しくしないように』とお伝えしただけですわ」

 なのに。彼女は澄ました顔でそんな事を言う。
 そんなわけがあるか!目に涙を浮かべて震えていたのだぞ!?

「身に覚えがないとでも?」
「はい。噂はどれも事実無根ですわ」

「止めるつもりはないのだな」
「わたくしは虐めなどやっておりません」

 なんと強情な。素直に非を認めれば、まだしも手心を加えてやろうと思っていたが。

「後悔しても知らんぞ?」

 そう言い捨てて席を立つ。この場で謝罪し、直ちに非を改めると誓うならば穏便に済ますつもりだったが、そちらがそういう態度ならやむを得ん。

「殿下」

 不意に彼女がこちらを見て、立ち上がった私を真っ直ぐ見据えてきた。
 久々に見た深い澪色の瞳。何の曇もなく、静かに揺蕩うようなその瞳に、思わず息を呑む。

 ひどく懐かしい、そして心の奥に沁み込んでくる感情。
 この感情は一体何なのか。

「そういえば、最近殿下は日記をつけておられると伺いました」

 日記?──ああ、そういえばつけていたな。最近はもうすっかり忘れて、開くこともしていなかったが。
 しかし、彼女にそのことを伝えていただろうか?まあいい。ここで口にするということは伝えておいたのだろう。

「とてもよい習慣だと存じます。わたくしも殿下を見習って、日々の出来事を書き留めておりますのよ」

 だから何だというのだ。虐めの証拠をわざわざ残して、ひとり見返して悦に浸ってでもいるというのか?

「殿下が“影”にお命じになり、わたくしに引き継がせた件も、滞りなく進んでおります。ご安心下さいませ」

 “影”に命じて引き継がせた?──ああ、そういえば何かを押し付けたような。何だったか、全く思い出せないが。

「話はそれだけか」
「ええ。たまには殿下も、過去の日記でも読み返して見られると良いのではないでしょうか」
「ふん、余計なお世話だ」

 彼女が目線を落として、カップに残った紅茶を飲み干した。静かに揺蕩う瞳が逸らされたことで、ようやく身体が動くようになり、私は彼女の見送りも待たぬままその場を後にした。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 いくら考えても、婚約者かのじょが何を考えているか全く分からない。以前はもっと、きちんと意思疎通が図れていた覚えがあるのだが。
 いや、きっとのだ。もう以前の関係では、私たちはなくなってしまったのだろう。

 ふと、書物かきもの机に目が向いた。
 城内の公的な執務室でも、学園の生徒会室でもない、私の個人的プライベートな空間である王宮のこの私室に昔から置いてある、年季の入った机。父王陛下も、祖父王陛下も使っておられたという由緒正しき品だ。
 そういえば、日記を読み返せと言ったか………?確か、この机の鍵付きの引き出しに収めていたと思うが。

 いや、そんなものを読み返して何になる。私はゆくゆくは王位を継ぎ、国王として臣民を導いていくのだ。過去を振り返っている暇はない。

 そう思ったのに、気付けば引き出しの鍵を開けて日記を取り出していた。


 わざわざこのために作らせた、表紙の分厚い、だが手帳サイズの日記帳。機密を書き込むことも想定して、余人に開かれないよう魔術的防護も施したのだったか。この表紙を見るまではそんな事も忘れていた。

 手を伸ばし、躊躇う。躊躇ってまた伸ばし、止める。
 なんだ、なぜ私は今さら日記など読み返そうとしている?
 いや、これは
 何故だ、何故そんな事を考える?


 ひとしきり逡巡したあと、気付けば私の手には日記が握られていた。
 ポウ、と日記全体が一瞬だけ淡く光って消える。私の魔力を認証して正常に魔術トラップが解除された証拠だ。

「日記………」

 何故なのか、何故読まねばならないと感じるのか。
 頭の中に靄がかかったように思考が上手く働かない。
 なにか、とても大事な何かを忘れているような、いないような。

 それでも、気付けば私は書物机に座ってその表紙を開いていた。





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