騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】

03.ゴロライ分隊の愉快な隊員(なかま)たち

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「あそこで食ってるの、ガネットだよな?」
「あ、そうっすね」

 トラシューに連れられてトイレに行ってしまったパッツィを待つ間、飲み食いを進めながらオーサムとウィットは酒場を見回している。この店はこの町唯一の酒場だから、独身者の多い分隊員たちも多くがお世話になっている。つまり、ここで飲み食いしているのはパッツィたちだけではないということだ。
 そしてオーサムが目を留めたのは第五小隊員のガネットだった。彼は大きな身体からだを揺らして、皿を積み上げながらモリモリと食い進めている。

「あいつ、あんなに食って金足りるのかよ」
「いつも月末には給金使い果たして、みんなに金借りまくってますよ」
「少しは食うのを控えたらいいのにな」
「だいたいいつ見てもなんか食ってますからね」

 第五小隊最年少のウィットにとって、ガネットは先輩騎士のはずなのだが。微塵も敬意が感じられないのは気のせいだろうか。

「……で、その横で怒鳴ってんのが」
「グウィルト先輩っすね」
「あいつ、いつ見ても怒ってんな」
「あの人、態度も言葉も荒すぎなんすよね。怒んなくていい時にまで怒ってるし」

 グウィルトもまた第五小隊員でウィットの先輩である。だが微塵も敬意が(以下略)。

「……今日は、ドルーグたちは来てなさそうだな」
「あの人たちいると気分悪くなるんでいなくていいっす。ってか第三小隊、今日は夜番っすよ」
「おっと、そうだったな」

 ドルーグは第三小隊長である。前分隊長の息子であり、男爵家の嫡男でもあるため常に偉そうな態度で我が物顔に振る舞うので、分隊員の多くに密かに嫌われている。ドルーグだけでなく、彼の率いる第三小隊が全員彼の取り巻きと化していて、それで全員揃って嫌われていたりする。
 ちなみに分隊の普段の業務は、町の中央を東西に分ける大通りの東部の巡回、西部の巡回、町周辺の警戒、夜番、というのが基本業務になる。夜番をこなした隊は翌日は非番になり、その翌日には東部巡回に入るというローテーションだ。分隊には小隊が5つあるため、これでちょうど上手く回っている。

「お前、なかなかハッキリ言うよな」
「だってオーサムさんも嫌いでしょ、あの人」
「まあな」
「ってかメイストルさんも見ないっすね」
「あー、は酒が次の日に残るからってんで酒場ここにゃ来ねえよ」

 メイストルは分隊最年長の騎士である。爺さんと呼ばれた通り、定年間近になってわざわざ本部からこのゴロライ分隊に異動してきた奇特、いや物好、いや少し変わった人物だ。
 ただ長きに渡る騎士生活で培った経験や技術は目を見張るものがあり、30歳以下の若手が多い分隊員にとっては手本とすべき人物でもある。なお本人は至って好々爺然としていて、いつでも鷹揚に「ふぉっふぉっふぉっ」と笑いながら顎髭を撫でている。

 その時、酒場の入口から目を潰さんばかりのキラキラした光がしてきた。

「おっとこいつぁ」
「ゴージャス先輩っすね」
「アイツ、いっつもムダにキラキラしてるよな」
「単に派手好きなだけっすよ。キラキラっていうかギラギラっすね」
「お前、ホント言いたい放題だな」
「だって事実っすもん」

 そんな話をしている間にも、ゴージャスはテーブルのひとつを占拠して、猫人族ケット・シーの給仕娘ミリに「おい、エールくれ!」と声をかけている。

「相変わらず眩しいニャー!」
「ああ、いいよミリ。僕が持っていくから」
「お願いするニャ!あの人苦手だニャ!」

 モテたくてやってるゴージャスのキラキラは、残念なことに猫には通じなかった。

「……あれ、ゴージャス先輩と一緒にネイティもいる」
「あー、ありゃどうやら捕まって逃げられなくなったみてえだな」

 ウィットがふと気付くと、ゴージャスの横にネイティ、入隊2年目のネイサニエルがちょこんと座っている。
 ネイサニエルはゴージャスと同じ第四小隊員で、ウィットの後輩に当たる。というかウィットの後輩はネイサニエルとフィーリアだけだ。ウィットが3年目、ネイサニエルが2年目、そしてフィーリアが今年入ったばかりでまだ半年ほどである。
 なおウィットは19歳だがネイサニエルは17歳、そしてフィーリアは16歳である。何故ウィットが「4年目」ではないのかと言えば、彼の入隊時年齢が17歳だっただけのことである。

 ウィットが右手を上げて、特徴的な動きでヒラヒラと振る。最後に指をパチンと鳴らせば、それに気付いたネイサニエルがそろりと席を立ち、オーサムとウィットのテーブルに逃げてきた。

「なんだ今の?」
「最近流行ってる遊びっす」
「わああ~ん、助かりましたぁウィット先ぱぁい!ぼくもうどうしようかと……!」

 逃げてきたネイサニエルはしおしおとテーブルに突っ伏した。見るからに甚大なダメージを受けていそうである。

「いやお前、犬耳と犬尻尾引っ込めろ」
「えっ、ぼく人間ですよ?犬人族コボルトじゃありませんよ!?」
「いや見えてんだよネイティ」
「愛称で呼ぶならにしてって、いつも言ってるじゃないですかオーサムさぁん!」

 そんなこと言われても、どう頑張っても彼の可愛らしい雰囲気はネイティのほうが相応しく思えるのだから仕方ない。実際彼は町の人たち、特に女性に大人気だが、彼女たちからはひとりの例外もなくネイティと呼ばれている。

 ネイティが可愛がられる理由はなんと言ってもやはり、犬熊イヌを思わせるその愛くるしい容姿にあるだろう。男子にしておくにはもったいないほどの可愛さなのだ。
 ちなみに犬熊とは、仔熊のようなコロリとした愛くるしい姿の中型犬である。しかもそれで成犬なので、ペットとして人気があり中流以上の家庭でよく飼われている。愛くるしいだけでなく人に忠実で番犬としても役に立つ、なかなか優秀な動物である。

「見た目はひたすら愛くるしくて」
「実は案外頼りがいもある……」
「やっぱ犬熊イヌだな」
「っすね」
「違いまぁす!イヌじゃありませぇん!」
「もうそのイントネーション自体がイヌっぽいよな」
「ワン、って鳴いてみ?」
「鳴きませんよ!」

「おや、ネイティじゃないか」

 とここで、パッツィがようやく帰還を果たした。

「あああ分隊長ぉ!聞いてくださいよ、この人たちぼくを犬扱いするんですよぉ!」
「え、ちがうのか?」
「えっ?」
「えっ」

 あとはまあ、お察し案件である。
 要するに、不貞腐れたネイサニエルがパッツィたちのテーブルに居座り、彼が居なくなったことに気付いたゴージャスまでやってきてパッツィに追い払われたり、嫌がるガネットをグウィルトが無理やり引きずって酒場から連れ出して行ったりとまあ、いつもの日常が繰り広げられたわけだ。

 そして今、テーブルにはネイサニエルだけでなく第一小隊員のエイスが増えている。元からいたパッツィ、トラシュー、オーサム、ウィットに加えてネイサニエルとエイスで、席がちょうど全部埋まった形だ。

「で、エイスはどうしたんだ?飯食いに来るには遅い時間だろう?」

 もう陽はとうに落ち、外はすっかりと暗くなっている。基本的に晩食というものは日没前後の時間帯に食べるものと相場が決まっているので、エイスは食事ではなく酒を飲みに来ただけかも知れない。

「いえ、分隊長のお帰りが遅いので」
「過保護か」

 エイスはパッツィが小隊長を兼任している、第一小隊の副隊長でもある。パッツィがもっとも信頼する、いわば懐刀と言えようか。

「あのなエイス。私ももう23なんだから……」
「年齢の問題ではなくてですね」

 普段から他の隊員たちが分隊長のお側にいるから私は控えていますけど、あまり夜遊びが過ぎると邸の皆も心配しますし、何より翌日の仕事にも響きますから……などとクドクドと言われて、あっという間に無条件降伏に追い込まれてしまったパッツィである。

「ですから⸺」
「ああもう、分かったから!私が悪かったから!」
「……ご理解頂ければいいのです」

(マジで過保護だな)
(過保護っていうか、これ、聞き分けのない子を躾ける……親?)
(それだ)
(それだわね)

 いやそこは、せめて「兄」くらいにしといてはもらえないだろうか。パッツィが彼らの内心を覗けたなら、確実にそう言うはずである。
 実際、パッツィが23歳なのに対してエイスは29歳なので、親子というよりは兄妹と呼んだほうがしっくりくる年齢差である。

「分隊長さんって、皆さんに慕われてますよね」

 と、ここでアーニーが再び声をかけてきた。

「そ、そうか?そうだと嬉しいんだが」
「いや僕、オッサンくさいのはちょっと」
「えっ、ぼくは好きですけどね分隊長のこと」
「俺は嫁も子供もいるしな。悪ぃがパスだ」
「んまあ、アタシはいつでもウェルカムよぉ」
「……いつの間にか、人格の話ではなく女性としての魅力の話にすり替わってませんか?」
「いや最初はそういう話をしてたんすよエイスさん」

 どうやら、一周回って元の話題に戻ってきてしまったようである。





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