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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
04.ダメな彼女と一途な彼と
しおりを挟む「わ、私は、そこまでガサツに生きてるつもりはないんだがな?」
オッサンくさいと言われるのはさすがに沽券に関わるとばかりに、パッツィが反論の声を上げる。いくら男女と住民たちにまで揶揄されていようと、彼女は自分が女であるという自覚まで捨てたつもりはなかった。
「じゃ、ひとつひとつ全部確認してみましょうか」
「う、そ、そうだな、ひとつお手柔らかに頼む」
パッツィの言葉を受けてウィットが挑発的な目を向ける。それに内心怯みつつも、受けて立つパッツィである。
「さっきのエール呷ってプハァとか、メシ食いすぎてのゲップとか」
「うっ」
「酒場に入ってまず出てくるおしぼりで、みんなと一緒に顔拭いてますよね」
「だ、ダメなのか!?」
「僕もネイティもそんなことしませんよ」
「ぼくはネイトですけどね。でも確かにしないですね」
「ダメなのか……」
「それから、シャツの裾から手突っ込んでよく腹掻いてますよね」
「うぐっ」
「去年とか暑季の暑いさなかに、シャツまくり上げてヘソ出してましたよね?」
「ううっ」
「挙げ句にその格好のまま、分隊長室の応接ソファで昼寝してたでしょ」
「ちょっと待ってくれ!?なぜ君がそれを知っているんだ!?」
「分隊長室に小隊の経理書類持って行った時に見ました」
「起こしてくれても良かったじゃないか!」
「その格好で寝てる状態で男に起こされても良かったんですか?」
「う……いや、それはダメだが……」
「あとそれから」
「まだあるのか!?」
「ひとつひとつ全部、って言いましたよね?」
「わ、分かった!悪かった!私が間違っていたから、だからもう止めてくれ!」
「えー、どうしようかな。まだまだ両手の指に余るくらいはあるんだけどな」
「ウソだあああああ!!」
パッツィ完全敗北。
確かに彼女のオッサン化は、本人が思っていた以上に深刻だったようである。
「お前マジで容赦ねえな」
「これも分隊長のことを思えばですよ」
横でエイスもうんうん頷いている。どうやらパッツィの味方にはなってくれない模様。
「もうやめたげて頂戴。これ以上はパッツィちゃんの霊炉が止まっちゃうわよ」
さすがにトラシューも助け舟を出してきた。その割に「まあ、アタシもさすがに無いわぁって思ったけどねえ」などと追撃しているが。
ちなみに「霊炉が止まる」とはこの世界において死亡することを意味するが、この場合はむしろ肉体的ではなく精神的な死を意味している。主に若者たちの間でスラング的に「もう死にそう」つまり瀕死の状況を指す言葉だ。
「でも、暑季の一番暑い時って確かにお腹出したくなりますよね」
「アーニー!?」
背後からかけられた声に驚いて振り返ると、アーニーが苦笑を浮かべつつ立っているではないか。
「き、聞いていたのか!?」
「はい、仕事も少し落ち着いてきたので」
見れば確かに、ほぼ満員だった店内にちらほら空席が増えてきていた。いつの間にかゴージャスも帰ってしまったようでキラキラが消えている。
「え、どのあたりから聞いていたんだ……?」
「ええと、おしぼりで顔を拭くってあたりから」
「ほとんど全部じゃないかあああ!」
ある意味一番聞かれたくなかった相手に、普段のダメな様子を余さず暴露されてしまった。これはもうさすがに駄目だろう。
「でも、僕は分隊長さんの良いところもたくさん知ってますから」
かと思いきや、まさかの援護射撃が。
「えっ?」
「分隊長さんは美人だし、気立ては穏やかだし」
「そ、そうか……?」
「町のお年寄りや子供にも慕われているし」
「ま、まあ、職務だからな」
「いつだったか、雨季の夜に仔猫拾って連れて帰ったこと、ありますよね」
「あ、ああ、うん。覚えがあるな」
確かに3年前、帰り道で二尾猫の仔猫を見つけて連れ帰ったことがある。残念なことに衰弱が激しくて、数日で死んでしまったが。
「ていうかどうしてそれを知ってるんだ!?」
あの日は帰りがずいぶん遅くなって、誰ともすれ違わなかったはずなのだが。
「とある人に教えてもらいました。誰から聞いたのかは、ちょっと」
にこやかに答えるアーニーだが、パッツィの目には微妙に目元が笑ってないように見えてならない。
「他にも、笑顔が爽やかで素敵で」
「そそそそんなことは……!」
「いつでも元気で明るくて」
「ききき気のせいでは……?」
「僕にとって天使のような人です!」
「うわあああああ!もうやめてくれえええ!」
みるみる真っ赤になり耐えられなくなって、顔を覆って突っ伏してしまうしかないパッツィである。
本日二度目の完全敗北。しかも先ほどとは真逆の意味でだ。
「かっ!」
「……か?」
「かっ、帰る!もう帰るっ!」
「まあまあ、もう少し飲んでいきましょうよ」
顔を真っ赤にしたまま立ち上がったパッツィを、あろうことかウィットが引き止めた。
「そうですよ、僕ももう少しお話したいです」
そしてアーニーがそれに乗る。
「う……、そ、そうか……」
となると、パッツィも振り切ってまで帰れなくなってしまう。勢いをなくした彼女はすごすごと座り直すしかない。それを見てニッコリ笑ったアーニーが、すぐにエールの新しいジョッキを持ってきた。
「じゃ、ごゆっくり。後でまた来ますから」
そう言って彼は一旦仕事に戻って行った。
(お前ホントに鬼畜だな)
(だって僕、3年働いてきて分隊長が乙女になってるとこなんて初めて見たんですよ?もう少し堪能したいじゃないですか)
(ホントいい性格してるわねえ、アンタ)
オーサムに引かれても、トラシューに呆れられても、ウィットはどこ吹く風である。
結局その後もパッツィは、調子のいいウィットや実は酒豪のオーサムらに飲まされつつ、酒場が閉まる深夜まで長居してしまった。
だがさすがにもう閉店時間である。
「ほらほら分隊長、帰りますよ」
「ウィ~、ヒック。もうろめらぁい」
「飲まなくていいから、ほら立って下さい」
「わらひはらぁ、みんらのらめうぉもっれららあ」
「……さすがに飲ませ過ぎちまったか」
「いいんすよ、この人普段から『みんなのため』って自分は我慢してばっかりなんすから」
すでにネイティやトラシューは帰ってしまって居なくなっている。彼ら第四小隊は今日は非番だったため、明日は北部巡回で朝から出勤だ。オーサムの第二小隊は明日は夜番で日中の仕事がないため、こんな時間まで平気な顔をして飲んでいたというわけだ。
なおウィットの第五小隊は明日は南部巡回で普通に仕事なわけだが、実は彼はパッツィに飲ませるばかりで自分は控えめにしか飲んでいないのでちゃっかりしたものである。エイスも残っているが、彼は合流してからほとんど飲んでいないのでこちらも平気な顔をしていたりする。
「おやっさん、僕、分隊長さんを送って行きます」
「おう、頼めるかいアーニー」
「はい、大丈夫です」
さも当然といった感じでアーニーがパッツィに肩を貸し、立ち上がらせる。見た目はヒョロい優男なのに、彼は意外とふらつくこともなく出口へ向かって歩き始めた。
「待って下さい、分隊長は私が⸺」
「騎士の兄ちゃんたちは残ってる酔っぱらいどもを送ってってもらおうか」
「おう、いいぜオヤジ」
「ちょ、オーサムさん、勝手に返事しないで下さいよ」
「この状況にしたくて最後まで居残ったんだろ?諦めて手伝え」
「ええええ僕明日も仕事なのに……」
「それは私や分隊長も同じですが?」
結局オーサム、ウィット、エイスの3人は手分けして、店内に転がる酔っぱらいたちを家まで送り届ける羽目になった。ちなみに送ったのは家庭を持っている男たちだけで、独身の客は全員その場に朝まで放置だ。
毎度のことだし、住民全員が知り合いのようなこの街では特に危険もないだろう。なおエイスは自分がパッツィを送ろうとしたのだが、酒場のオヤジから一番体格のいい木こりの親方を押し付けられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「分隊長さん、お邸に着きましたよ」
「うぅ~ん……」
アーニーは特に迷うことなく、町はずれのパッツィの邸宅まで彼女を背負ってやって来た。彼女の邸は町で一番大きな住居なので、よく目立つしある程度長く住んでいる住民なら誰でも知っている。
門扉の横に取り付けてある魔道具の呼び鈴を鳴らすと、すぐに邸内から侍従を従えた老紳士が出てきた。
「これはこれは。我が邸の主がご迷惑をおかけしたようで」
「いえ、迷惑だなんてとんでもないです」
「あとはこちらでお引き受け致しますゆえ、今夜はもうお引き取りを。謝礼は後日必ず致しますので」
「謝礼なんていいですよ。お客さんを無事にお返しするのも酒場の仕事ですから」
「ははは、相変わらずアーニー殿は真面目で職務熱心でいらっしゃる」
「それにお礼だったら、タルヴリンさんもアルセンさんも、また飲みに来てくれればいいですから」
「それは無論のことですな。では、本日はありがとうございました。お帰りはお気をつけて」
町に酒場は一軒だけなので、そこで働くアーニーは必然的に住民のほぼ全員と面識がある。そしてパッツィの邸で働く執事のタルヴリンも侍従のアルセンも、休みの日には酒場を利用する客のひとりだ。
背中で寝ているパッツィをアルセンに引き取ってもらい、アーニーはようやく自分の家に向かって歩き出した。
「……立派なお邸なんだよな」
帰りの道すがら、アーニーは改めてパッツィの邸を思い浮かべる。
平民の家としては大き過ぎる家だ。造りもしっかりしているし、建築様式もカムリリアでは伝統的な格式あるものだ。貴族の邸と言うには規模や使用人の数がやや物足らないが、平民の家としては破格だろう。これほどの邸宅など、近隣最大の都市チェスターバーグでもそう多くはないはずだ。
「やっぱり、貴族のお嬢さんなんだろうな」
周囲の酔客たちに茶化されて、つい告白なんてしてしまったが、おそらくこれが叶わぬ恋だと彼は知っている。平民の自分とは、彼女は住む世界が違うのだ。
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「想いを抱いたり、それを口にしたりするくらいなら、許されてもいいよね」
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あの当時まだヒラの騎士だった彼女はおそらく憶えていないだろう。だけど、もし憶えていてくれたなら⸺
「……いや、高望みしたって仕方ないや」
アーニーはゆるゆると首を振り、深夜の町を自分の家に向かって歩いて行くのだった。
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