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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
06.実は私も
しおりを挟む髪が整い騎士服を着て朝食を手早くかき込んで、パッツィは執事や侍女たちに見送られながら邸を出る。ゴロライは小さな町だから、騎士隊の詰め所までは徒歩でもさほど時間はかからない。
これも最初の頃は執事のタルヴリンが馬車を出すと強硬に主張して譲らなかったが、ヒラの騎士が馬車通勤などできるわけがないと説き伏せたものだ。
「おっ、隊長さんおはよう」
「おはようございます」
「今日も決まってるねえ」
「ありがとうございます」
「あっ、お姉さまおはようございます!」
「ああ、おはよう」
「今日も凛々しくて素敵です!」
「褒めてくれて嬉しいよ」
徒歩なものだから、町民たちが次々と声をかけ挨拶してくれる。前分隊長から指名され職務を引き継いでそろそろ1年、今ではすっかり「騎士隊長パッツィ」として町に馴染んだ自覚がある。まあ正直、騎士としての実力はまだまだ未熟にもほどがあるのだが。
出勤途中、ついついアーニーを探してしまう。酒場はいつも深夜まで営業しているから、朝のこの時間に彼はベッドの中のはずで外を出歩いているわけがないのだが、それでも探さずにはいられない。
(あのアーニーに告白されたのよね、私)
まさかまさかの事態であった。よもや自分の妄想が高じて、ついに幻聴まできたしたのかと疑ってしまったほどだ。
というのも、実はパッツィもアーニーのことが好きなのだ。最初は可愛い歳下の男の子でしかなかったのに、年を追うごとに成長して爽やかにカッコよくなってゆく彼から、いつしか目が離せなくなっていた。
ただ、それに気付かされたのはつい最近のことである。それは7年ぶりに女性隊員としてフィーリアが採用され、先輩として彼女の世話を焼く中で仲良くなり、ある時雑談の中で問われたのがきっかけだった。
『分隊長って、誰か良い人いないんですかぁ?』
『今は特にそういう殿方はいないな』
いないと言いつつ、脳裏に浮かんだのはアーニーだった。職務上の関係を除けば、もっともよく話すのが彼だったから。
『あっ、今具体的に誰か思い浮かべましたね?』
『い、いや、そんな事はないよ?』
咄嗟に否定こそしたものの、それ以来彼の顔が脳裏から離れなくなった。その状態で毎日のように酒場で飲み食いして、彼とたくさん会話して、そして気付いたのだ。
彼との会話が全く苦痛じゃないということに。
なんならすごく楽しいということに。
彼は物腰穏やかで、立ち居振る舞いが爽やかで、そして笑顔が可愛い。ついでに言えば、騎士隊員からも町民たちからも男呼ばわりされるようなこんな自分でもきちんと女扱いしてくれる。それも性的な対象として見ることなく。
いや実際には見ているのかも知れないが、少なくとも女性が気付かないのだから、そういう目を向けてきていないのは明らかだし好感度が高い。
なんだ、パーフェクトじゃないか。一度そう感じたら、そこからは早かった。もう今となっては、そういう対象として思い浮かべるのは彼しかあり得ない。かつての婚約者なんてもう顔すら思い出せないというのに。
まあ、元婚約者で憶えているのなんて、尊大で高圧的で偉そうだった態度と、最後の時の嘲笑の声だけなのだが。それさえも綺麗さっぱり脳裏から洗い流してくれるから、アーニーの笑顔がやっぱり好きだ。
(……だけど、こんな私なんかがね)
アーニーは基本的に誰に対しても態度が変わらないから、今までは自分に対してもそうなのだと思っていた。そのうちに『僕達、今度結婚するんです』とかって恋人を紹介される妄想までして、妄想なのに枕を濡らしたことさえあった。まあ恥ずかしいので絶対誰にも言わないが。
その彼が、あろうことか自分を好きだと。女らしくないどころかオッサンくさいとまで言われる自分を好きだと、お付き合いして下さいと、ハッキリ言い切ったのだ。
(うわああああ!彼、本当に……!?)
「おっどうした隊長ちゃん、なんか顔が赤ぇぞ」
「えっ?⸺あ、いや、違う、これは何でもないから!」
「お、おう、そうか?まあ無理すんなよな」
「わわわ分かってる!」
そう、分かってる。きっと彼は自分に気を使ってくれたのだ。誰にもモテず嫁にも行けずに23歳になってしまった、可哀想な騎士隊長に夢を見させてくれているだけだ。
勘違いダメ、ゼッタイ。本気にしてもしも気のせいだったら、もうそこから立ち直れる気がしない。だが嘘でも気遣いでも、告白されたのは事実には違いない。だからそれさえあればこの先もちゃんと生きて行ける。
そう、そうだわ。どうせそのうちに実家を継いだお兄さまや大伯母さまあたりから縁談を命じられるのだろうし、そうなっても彼に告白された事実さえあれば私はきっと大丈夫。うん、大丈夫!
「あ、おはようございます分隊長」
「……えっ?⸺あ、ああ、おはよう」
妄想している間にいつのまにか、町政庁舎に隣接する騎士隊詰め所にたどり着いていた。門衛の敬礼を受けつつパッツィは中に入り、二階の分隊長執務室に向かった。
ちなみに門衛からも「顔赤いけど具合でも悪いんですか?」と聞かれてしまったから、昨夜飲み過ぎただけだと誤魔化して押し通した。
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