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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
07.第三小隊
しおりを挟むパッツィが騎士隊詰め所のエントランスを抜け、二階に上がる階段に向かって廊下を歩いていると、階段向こうのドアを開けて騎士の一団が出てくるのが見えた。
昨夜の夜番を務めた第三小隊だ。そこは休憩室代わりのラウンジの扉だから、おそらくは夜番上がりに休んでいたのだろう。
先頭を歩いてくるのは第三小隊長を兼任している分隊副長のドルーグだ。分隊でも数少ない貴族の子弟で、いつでも糊を利かせた小ざっぱりとした騎士服に身を包み、頭髪もきれいに撫で付けて一分の乱れもなく整えている、伊達男気取りの人物だ。
その彼が、パッツィに気付いた。
「よう、分隊長サマではないか」
「…………っ」
パッツィはこの男が苦手だ。前分隊長の息子で貴族家の跡取りで、それを鼻にかけいつでも尊大な態度を隠さないから。
そしてドルーグはまた、パッツィが分隊長になったことを快く思わない隊員たちの筆頭でもあった。
「オレ様たちはようやく仕事終わりだというのに、今頃出勤か。いいご身分だな」
そう言われても、特に遅刻したわけでもないし責められるいわれはないはずだ。だからここは、分隊長らしく振る舞うことにした。
「夜番ご苦労だった、ドルーグ副長。今日はゆっくり休んでくれ」
「⸺ハッ」
だというのに、鼻で笑われた。
「澄ました顔しやがって。何様のつもりだ」
「何様もなにも、私は分隊長だ」
分隊長が隊員を労うのは当然のことだし、嫌いな相手を目の前にしても表情が動かないのは侯爵家令嬢として身につけた技能のひとつだ。どちらもパッツィ、パトリシアにとっては当たり前のことである。
「……ふん、偉そうに」
だが、ドルーグにはそれが大層気に入らないらしい。
「いくら前分隊長のお気に入りだったからって、ちょっと調子に乗りすぎじゃないっすかねえ?」
「そもそもどうやってウヘルガロン隊長に気に入られたんだか」
「おおかた、身体でも使ったんでしょうよ。見目だけは美しいですからな!」
「ハハハ、違ぇねえや!」
「グフフフ。オイラも相手して欲しいもんだナア」
聞き捨てのならない侮辱を、小隊員たちまで口にする。
ずる賢く卑怯な振る舞いの目立つ痩身のウィーゼル、思慮に欠け分別の足らない中背のアノエス、醜いあばた顔で小柄ながら知恵だけはよく回るモルヴラン、粗野で気が荒く大柄な第三小隊副隊長のヴィアイズ、そして脂ぎった巨漢のトード。
今では全員がドルーグの取り巻きと化している。アノエスやモルヴランなどは最初はそうではなかったはずなのだが。
それはそれとして、聞き捨てのならない発言だけは訂正しておかねばならない。だからパッツィは口を開いた。
「前分隊長の名はイヘルガロン卿だ。間違えるんじゃない」
「だとよ!」
「ハハハッ!」
「南部の女は言うことが違うっすねえ!」
「へええ?身体を使ったってのは認めるんですねぇ?」
「じゃ、じゃあオイラも!」
「誰もそんなことは言っていないだろう」
敢えてスルーしただけだ。
パッツィは自身への誹謗中傷なら甘んじて聞き逃すこともやぶさかでない。だってそれが事実無根だと自分自身が分かっているのだし、きっとこいつらは否定すればするほど『図星を突かれたからムキになった』と言い募るだけだから。
だが、取り立ててくれた恩ある前分隊長の名前をわざと間違う侮辱は看過できない。
「貴様こそ間違うな。親父の名はウヘルガロンだ」
しかし、息子であるドルーグでさえもがそう言うのだ。
「前分隊長は、南部出身の奥様に配慮して敢えて南部の発音に改めたのだと仰っていたが?」
「そうとも。それこそが親父の柔弱さの証明だ!」
アングリアの支配と統治を受け入れてからおよそ三百年。かつて文化的にも言語的にも大きな隔たりがあったカムリリアの北部と南部は、今では文化も経済も交流が進み、特に下位貴族や庶民の間では移住や婚姻などの人的交流も盛んになっている。
だがそれでも、北部でかつてはカムリリア統一に王手をかけたこともある旧グウィネズ公国は伝統を頑なに守り、アングリアの文化風俗にすっかり染まってしまった南部の旧グウェント王国を目の敵にしている。ゴロライのある旧ファドク王国も北部地域だから、どちらかといえば伝統重視の考え方が根強い。
要するに、北部の発音に従えばウヘルガロンになるのだ。それを妻のためと翻した父に対して、ドルーグは常日頃から軟弱だの北カムリの誇りを捨てただのと、手厳しく批判しているのだ。
「そもそもオレ様の名だってそうだ!恥知らずにも流行りなぞ追いかけてこんな名前を付けやがって!一生背負わされるこっちの身にもなれってんだ!」
それはまあ、確かにそうだ。パッツィもこればかりは同情せざるを得ない。
というのも、ドルーグの名はカムリリア語でズバリ「悪」を意味する言葉なのだ。ちょうど彼の生まれた前後、具体的には約30年前からおよそ10年ほど、子供に敢えて悪い意味の名前を付けることで真逆の人間に育つよう願掛けする風習が流行ったことがある。
これもアングリアから入ってきた流行りのひとつだった。アングリアと国境を接する北部のファドクや中部のポウィス、南部のグウェントの一部地域でそうした名を付けられた子が一定数いて、その子たちが今の20代半ば、つまりドルーグたちの世代なのだ。
「悪」を意味する名のドルーグが24歳。
「野蛮」「凶暴」という名のヴィアイズが26歳。
神話に登場する、人とも思えぬ醜男で有名な男の名を付けられたモルヴランが27歳。
「愚かで分別が足らない」という意味の名のアノエスが23歳。
全員が、その風習の犠牲者とも言える。
なおトードとウィーゼルはアングリア人なので、その風習による名付けとは特に関係ないだろうと思われる。まあそもそもゴロライにやって来ているアングリア人など、本名を名乗っているのかすら怪しいものだが。
ちなみにトードの名はアングリア語で「ヒキガエル」、ウィーゼルは「イタチ」を意味する。
「そうだ、貴様からも親父に言ってやってくれよ。『あんな名前のドルーグさんが可哀想ですぅ』ってな!」
「……分隊長どのは、それに関しては確かに後悔なさっておられた」
「今さら遅えっつうんだよ!」
前分隊長イヘルガロンの執務室で、パッツィも何度も聞かされたものだ。名前と真逆の子になって欲しいと付けたのに、名前の通りに育ってしまった、と。
まさしく、『後悔は、した時にはもう遅い』ということわざの通りである。だが今さらどうにもならない。
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〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
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