騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】

08.この町で生きる覚悟

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 パッツィを後任に抜擢してくれた前分隊長イヘルガロンは、ゴロライ分隊長を15年務め上げてチェスターバーグの本部に栄転していった。現在は本部に四名しかいない中隊長のひとりである。
 パッツィは分隊長として本部に顔を出す用事もそれなりにあるため、その際に時間が取れればイヘルガロンともなるべく会うようにしている。

「⸺おっと、“黒き獅子”サマのお出ましか」

 パッツィの背後に猛烈な殺気が立ち上る。その瞬間にドルーグが首をすくめておどけてみせた。
 振り返ると、全身から溢れ出る殺気を隠そうともしないでエイスが仁王立ちになっている。

「エイス、落ち着け」
「おお怖い怖い。殺される前に逃げ出すとしようか」
「『刃先には触らぬのが一番だ』ってやつっすね小隊長!」
「ったく、アングリア人は短気でいけねえや!」
「アンタがそれ言っちゃオシマイでしょ副隊長。グフグフ」
「分隊長、どうやら“黒き獅子”ともただならぬ仲にありそうですねえ……?」

 ドルーグ率いる第三小隊は、口々に嘲りの言葉を吐きながら退散していった。追いかけようとするエイスをパッツィは押し留め、二階に上がって執務室の窓から詰め所の敷地を出てゆく彼らを見送り、そっとため息をついた。

「……奴ら、になんたる侮辱を」

 パッツィに従って執務室に上がったエイスが、音が鳴りそうなほど強く歯噛みしている。

「落ち着きなさい。私のことは構わないから」
「しかし、パトリシアお嬢様⸺」
「外ではその名で呼ばないで。人に聞かれたらどうするの」

 第一小隊の小隊長も兼務する分隊長パッツィこと侯爵家令嬢パトリシア。第一小隊副隊長を務めるエイスは実は、彼女の実家であるカースース侯爵家から専属護衛として差し向けられているである。無論、これは前分隊長イヘルガロンも承知のことだ。

 そもそも、パッツィが入隊6年目にしてベテランのオーサムやイヘルガロンの息子ドルーグなどを差し置いて、何故分隊長に抜擢されたのか。それは彼女の出自が最大の理由だ。
 つまり、彼女が実家や元婚約者の家などに無理やり連れ去られるのを防ぐための措置である。イヘルガロンは自分がいなくなり彼女を庇護できなくなる事態を懸念して、彼女自身を分隊長の地位に押し上げたのだ。
 辺境騎士団はこれでもカムリリア国邦カントリーの正規軍組織であり、小隊長以上の役職者は地位と身分が保証される。つまり任命時はもちろん、解任や辞任にもカムリリア大公の承認と許可が必要になるため、勝手に辞めさせられないのだ。

「申し訳ありません。つい激昂のあまり」
「貴方がそうやって憤ってくれるだけで私はとても嬉しいわ。だけどね」

 そう言ってパッツィは、再び窓の外を見た。
 すでに第三小隊の姿は町中に消えていなくなっており、窓の外にはいつもの統一感のない、こぢんまりとした町並みが広がっている。

「この小さくて雑然とした町で、静かに暮らせればそれでいいの。侮辱されることよりも、騒ぎを起こしてこの町にいられなくなることの方が嫌だわ」

 この7年の騎士生活で、すっかりこの町が気に入ってしまった。堅苦しく、肚の読み合いや婚約者からの侮辱で疲弊するばかりだった王都の生活よりも、今の毎日のほうがよほど楽しいとパッツィは感じている。
 もちろんこの町でだって嫌なことくらいあるが、それはどこに行っても同じこと。多少のことくらいは耐えなければ。
 この町を見つけ、仕事を用意し、そこで生活できるよう整えてくれた父と、自分の素性を知った上で受け入れてくれた前分隊長。密かに守ってくれるエイスと、令嬢時代と変わらずに仕えてくれる使用人たち。多くの味方に感謝しながら、パッツィはこの先もこの町で生きていくつもりだ。
 それに何より、この町にはアーニーがいる。

「……分隊長の身は、命にかけても必ず守ります」
「ええ。よろしくお願いするわ、エイス」
「ハッ!」

 すっかり冷静さを取り戻したエイスが、ピシリと敬礼して執務室を出てゆく。それを見送り、朝の全体朝礼を行うために、パッツィもまた執務室を後にした。


 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【訂正】
第3話で「町の中央を南北に分ける大通り」とあるのを「東西」に変更しました。ゴロライの町の北側にあるチェスターバーグからの道が北門に至り、町の中を大通りが南北に通っている、というイメージです。
なお南門はありますが、その先に道はない(=行き止まり)、という設定です。そういう理解でひとつよろしくお願いします。



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