騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】

09.分隊長としての矜持

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「分隊長」

 朝礼を終え、各小隊が業務開始するためにそれぞれ個別に集まり始める。パッツィも麾下の第一小隊の元へ向かおうとして、低く太い声に呼び止められた。
 振り返ると、そこにいたのは第五小隊長のステヴニグだ。がっしりとした大柄の男で、職務に忠実かつ領主と騎士団長に無二の忠誠を誓う、質実剛健を絵に描いたような人物である。

「先ほどの騒ぎ、見ていたぞ」
「……見ていたのか。見苦しいものを見せてしまったな」

 他の騎士たちの姿は特に見えなかったから、誰かに見られていたとは思わなかった。だが後からエイスも来たのだし、そもそも廊下でやり合っていたのだから、他の騎士たちが声をかけずに様子を見ていたとしてもおかしくはなかった。

「そんなことはいい」

 そしてステヴニグの顔は、不満の色を隠そうともしていない。

「何故言い返さなかったのだ。あれほどあからさまに侮辱されておきながらなんの処分も与えないとは、一体どういうつもりだ」
「そうは言ってもな」

 前分隊長イヘルガロンは高潔な人格者で、こんなワケありの人間の吹き溜まりのようなゴロライの町にあって異彩を放つほどの人物だった。だがそれゆえに、分隊員から町のスラムのゴロツキまで、多くの人から敬われ慕われてもいた。
 だからこそ彼がゴロライを離れると知って惜しむ人は多かったし、後任のパッツィを彼に遠く及ばぬ未熟者として認めない分隊員もそれなりに多い。目の前に立つステヴニグもそうしたひとりだ。

「分隊長たる者、下に示しを付けずになんとする。隊の風紀を乱す者を放置などして、それで部下がついてくると思っているのか」

 ステヴニグの言は全くもって正論である。ああもあからさまに分隊長である、つまり上司であるパッツィを蔑ろにするような者たちには、懲罰を与えて然るべきであろう。
 だが同時に、ドルーグは前分隊長イヘルガロンの嫡男で、そのことを知らぬ分隊員などいないのだ。下手にドルーグを処罰などすれば、逆に不満を募らせる者も必ず出てくることだろう。

「彼はイヘルガロン卿の」
「だからどうした」
「……っ」
「イヘルガロン様のご子息だからと、特別扱いをするというのか」

 パッツィとしてはそんなつもりは毛頭ない。自分を軽んずる者がいたとて、よほどの事がなければ処罰するには及ばないと考えているだけだ。だから彼女は、今ここで面と向かって堂々と自分を批判してくるステヴニグを叱責するつもりもない。

は、分隊長の地位をなんと心得ている」
「私はただ、皆に認められるよう尽力するだけだ」

 ステヴニグが敢えて挑発しているのを分かった上で、だからこそパッツィは聞き流す。苦言を呈されるのはむしろ歓迎すべきこと。

「部下からの侮辱に言い返すこともできない奴が、部下に認められるはずがなかろう」

 今やハッキリと、ステヴニグの顔にもパッツィに対する失望と侮蔑の感情が現れている。
 分隊副長兼第三小隊長のドルーグと、第五小隊長のステヴニグ。彼らのように、小隊長クラスであってもパッツィを認めぬ者たちがいる。平隊員まで含めれば、そうした者たちはもっと多いはず。
 就任から1年経ってもまだなのだ。パッツィが分隊全てを掌握するまでに、あと何年かかるものやら。態度にこそ出さないが、内心で大きくため息をつかざるを得ないパッツィである。

「そう言われてしまうと、なかなかに耳が痛いな。先輩からの忠言、ありがたく拝聴させていただく」

 ステヴニグは今年で30歳。辺境騎士団に入隊して10年以上経つベテランで、ゴロライ分隊の小隊長としてももう5年ほど務めている。
 対するパッツィは23歳。騎士としては7年目のまだ若手で、ステヴニグやドルーグからすれば彼女は後輩のひとりでしかない。

「だったら少しは⸺」
「貴方の言うことは正しい」

 だから彼女は、の言を責めることもなく肯定する。

「全ては私の至らなさのせいであって、ドルーグ副長に非はないと考えている。ゆえに彼を罰することはしない」
「……愚かな」
「そしてそれは貴方もだ、ステヴニグ。貴方もまた、処罰の対象とはなり得ない。それが私の方針であり、決定だ」

 分隊長の決定という言葉に、ステヴニグが息を呑んだ。騎士団という組織にあって上司の決定は絶対であること、にもかかわらずその上司に自ら楯突いたことに、今ようやく思い当たったのだろう。

「……ふん。ではもう何も言わん」

 言わない、ではなく言えなくなったわけだが、それを認めようとしないステヴニグはそう言い捨てて踵を返した。そうして少し離れたところで待っていた第五小隊員たちを従え、彼は靴音を鳴らしながら詰め所を出ていく。
 それに付き従いながら、第五小隊員のウィットが気遣わしげな目を向けてきたので、何でもないと装って笑みを返しておいた。

「……分隊長、そろそろ」
「ああ。私たちも出るとしようか」

 先ほどのドルーグとのやり取りの後でしっかり釘を刺しておいたせいか、表向きは平静を装っているエイスが声をかけてきたので、パッツィはそれに応えて第一小隊を率いてやはり詰め所を出た。本日の第一小隊任務は、町周辺の警戒業務だ。

「……待て、スラッカーはどうした?」

 ふと気付けば、パッツィを除いて5人いるはずの小隊員が、この場には4人しか見当たらない。

「今日はまだ姿を見ていません」
「…………今日もサボってるのか、アイツは」
「おそらくは、診療所かと」

「仕方ないな。エイス、カフレディンと一緒にスラッカーをしてくれ。合流したら、そのまま南門から出て西側を頼む」
「ハッ。⸺聞いたなカフレディン。行くぞ」
「はい。でもスラッカーさん、いますかね」
「いなきゃ奴がいそうな場所を片っ端から当たるだけだ」
「えええ……面倒くさいなあ……」

 ぼやくカフレディンを連れて、一足先にエイスが詰め所を後にする。それを見ながらパッツィも、残る隊員のジャックとフィーリアに「私たちも行こうか」と声をかけ、北門に向かって歩き始めた。





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