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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
10.合同訓練
しおりを挟むそれから2日後。
パッツィ率いる第一小隊が夜番を明けて休日となる本日は、分隊の合同訓練の当日である。
合同訓練はパッツィが分隊長になり、同時に第一小隊長を兼務するようになって新たに設けた訓練日である。週に一度、つまり月に三度の割合で組まれている。それまではこうした訓練の日程はなく各隊が、あるいは隊員たちがそれぞれ個別に、勝手に稽古や鍛錬を重ねていた。
だから中には全くと言っていいほど鍛錬をしてこなかった隊員もいる。騎士とも思えぬほど太っている第三小隊のトードや、すぐサボりたがる第一小隊のスラッカーがその悪例である。
パッツィの始めた合同訓練は、そうした隊員たちの気を引き締めると同時に分隊内の規律を保ち騎士としての技能を維持し、さらにパッツィ自身を分隊員たちに見てもらい、認めてもらうことを意図している。分隊長として率先して奮励努力する姿を見せれば、そのうちにきっと認めてもらえる日も来ると彼女は信じている。
まあそのために、貴重な休みを半日潰される第一小隊員たちにとってはたまったものではないだろうが、そこはもう諦めてもらうしかない。通常業務を取りやめてまで鍛錬の日程を組んだなら、必ずやそれを見計らったように物盗りや空き巣が横行するはずだから。
カムリリアからもアングリアからもワケありの人間が流れてくるこの町では、そうした治安を乱す者もまた多い。戦など遠い昔の話になった今なお分隊が本部のあるチェスターバーグに引き上げないのは、主にそれが理由なのだ。
ちなみにパッツィが分隊長に就任してから導入したものはもうひとつある。それが各小隊ごとに開く懇親会である。最低でも月に一度、小隊長を含めた6名の小隊員たちを集まらせて飲み会を開かせているのだ。
これは要するに、パッツィ=パトリシアの感覚で言うところの“お茶会”である。王都で主に貴族令嬢たちの間で開かれるそれは、内実はともかくとして表向きは参加者の親睦を深める名目で開かれる。だから平民の多い分隊員たちにとっても、互いに胸襟を開き腹を割って話し合う、いい機会になればと彼女は考えたわけだ。
それはさておき、合同訓練である。
騎士としての基礎となる剣術、槍術、馬術、体術などの鍛錬のほか、分隊員同士の試合や基礎体力の維持向上のための走り込みや身体鍛錬など、なかなかみっちりと組まれている。そのせいで一部の分隊員たちからの不満も漏れ聞こえてくるが、パッツィはそれには一切耳を貸さないことにしている。
言論は比較的自由にさせても、騎士としておろそかにしてはならない部分まで好きにさせるつもりは彼女にはない。そして、尚武の気風を尊ぶ旧ポウィス王国でも武門の誉れ高いカースース侯爵家の娘として育ったパッツィの課す鍛錬は、なかなかに厳しかったりする。
「型稽古、はじめ!」
昼下がり、騎士隊詰め所に隣接して設置された鍛錬場にて。パッツィの号令以下、30名の分隊員たちが隊列を組み一斉に木製の模造剣を振り始める。
と言いたいところだが、合同訓練の時間中に通常業務を全て取りやめるわけにもいかないので、日中業務担当の三小隊から2名ずつ計6名が訓練を外れて通常業務に当たっている。そのため参加者は総勢で24名といったところ。現在は第四小隊に欠員が出ているので、今鍛錬場にいるのは23名である。
本来なら、分隊は総勢で32名いなければならないのだが、もう3年ほど2名欠員のまま回している。2名までなら分隊長と分隊副長が小隊長を兼務すれば事足りるため、現在の30名体制でも特に支障はないわけだ。だが今回、新たにひとり除隊者が出てしまったため、早急に補充要員を回してくれるよう本部に督促を出している。
模造武器を使った型稽古のあとは、走り込み。ゴロライの町を囲む城壁の周りを2周、全員で走るのだ。
「では次。外周走、行くぞ!」
パッツィの号令にトードがあからさまに嫌そうな顔をする。
ゴロライの町の城壁は、年々増える人口を加味した上で余裕をもって築かれているため比較的綺麗な円形をしている。だがそのせいで現在の人口規模に比しても外周がやや大きく、一周がおよそ1ミリウムと2スタディオンほどある。トードは毎回、まともに走りきれたためしがないので、鍛錬を免除されて通常業務に回される組に入れてもらえないのだ。
まあ通常業務に回されたところで、それは3回に1度だけなのだから、結局のところ走らなくてはならないわけだが。
詰め所敷地を出た段階で走り始め、大通りを北門に向かって2スタディオンほど走る。北門を出てまず東回りで一周、北門で折り返して西回りで一周し、北門まで戻ってきてゴール、である。全員が戻ってくるのを待ち、あとはクールダウンを兼ねて詰め所まで歩いて帰る。
毎回、トードやネイティ、フィーリアあたりが遅れがちだから、早めに戻ってこれた面々はその分多めに休めたりする。
「よし、では次⸺」
そして、全員で詰め所の鍛錬場に戻って隊員同士の模擬試合を始めようかというその時に、事件は起こった。
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