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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
11.模擬試合(1)
しおりを挟むパシリ、と何かが身体に当たった感触があり、パッツィは足元を見た。
そこに、白い手袋が片方、落ちていた。
「おい分隊長サマよ」
続いてかけられた声に顔を上げる。
そこにいたのは分隊副長兼第三小隊長のドルーグだった。
「貴様に決闘を申し込む。分隊長の座を賭けてオレ様と勝負しろ!」
思いもよらない副長の言葉に周囲の分隊員たちがざわめく。驚く者、眉をしかめる者、この先の展開を予想してニヤつく者、反応は様々だ。
ニヤついているのは主に第三小隊の面々だが、それ以外にも何人か見受けられる。つまりはそれが、パッツィが分隊長であることを良しとしない者たちなのだろう。
パッツィは一度目を閉じ、心持ち顔を下げて、明確に分かるようにため息をついてみせる。その上で顔を上げてドルーグの目を真っ直ぐ見つめた。
「隊員同士の私闘はいかなる理由があろうともこれを禁止する。⸺分隊副長ともあろう者が、辺境騎士団隊規すら守れないのか」
パッツィやドルーグたちの所属するゴロライ分隊は、チェスターバーグに本部を置く辺境騎士団の一部隊である。そして辺境騎士団はテゲイングル州の正規軍組織であり、具体的にはテゲイングルを治めるフリント伯爵家に仕える組織だ。
それはつまり、フリント伯爵家を通じてカムリリア大公の支配下にあるということ。末端とはいえパッツィもドルーグも大公閣下の駒、つまり大公の命令なく勝手に損耗してよいものではないのだ。
「ハハッ、隊規を盾に逃げようとは姑息な奴め。そんな事だから分隊長として相応しくないと皆に思われているのが分からんのか」
だがドルーグに引く様子はない。言っても無駄だと思いつつ、それでも翻意を促すしかパッツィにできることはない。
「そんなに不満なら、本部に異議願いを提出すればいい。それが通れば大公閣下の任命状が届くはずだろう」
「そんなもの待っていては何ヶ月かかるか分からんだろうが!」
パッツィは知っている。ドルーグが再三に渡り異議願いを提出し、全て却下されていることを。彼女を分隊長に推したのは彼の父イヘルガロンであり、異議願いが提出されるたびにイヘルガロンが諮問され、そして毎回彼によって不適の回答がなされていることを。
そしてカムリリア大公はカムリリア全土を治める主権者だが、それは同時に連合国であるアルヴァイオン大公国の公太子、すなわち次期アルヴァイオン大公の儀礼称号でもある。つまりカムリリア大公はカムリリア国邦内にはおらず、一方で政治や治安維持は全てカムリリアの国邦内で処理される。大公へは報告書や各種決済書類が届けられるだけで、大公はそれに署名するだけなのだ。
要するに、カムリリアの北辺を慣例的に守るだけの辺境騎士団人事のような些事で、大公の手を煩わせるわけにはいかないのだ。イヘルガロンの異動のような通常の昇降任人事ならともかく、一隊員のワガママなど通るわけがないのである。
ドルーグは他にもこの1年の間、あの手この手でパッツィを分隊長の座から引きずり下ろそうと様々に画策し、そして全て失敗に終わっている。異議願いを提出し、ゴロライやチェスターバーグの市街に彼女の悪評を流し、分隊内に自分の派閥を形成し、それでもなおパッツィは分隊長のままなのだ。
それも全ては彼の父イヘルガロンが、父としても上司としてもドルーグをチェックし、その上で彼を「分隊長として相応しくない」と判断したからこそのこと。前分隊長のその決定があり、それを辺境騎士団本部も了承しているのだから、ドルーグが何をどうしたところで彼は分隊長にはなれない。それこそ心と態度を入れ替えて励まない限りは。
もういい加減に諦めればいいのに、とパッツィは内心呆れるばかりだが、それでも彼は我慢ならないのだろう。そうしてとうとう、強硬手段に打って出たわけだ。
「重ねて言う。隊員同士の私闘はいかなる理由であれ禁止だ。ゆえに私がそれを受け取ることはない」
パッツィの足元にはドルーグの手袋が落ちたままだ。これをパッツィが拾い上げない限り、彼女が同意したとはみなされない。
「ハッ。要は無様に負けるのが怖いんだろう」
今度は挑発にかかってきた。だがそれに乗るほどパッツィも愚かではない。
「なんと言われようとダメなものはダメだ。さあ、模擬試合をやりたい者はいるか。日頃の鍛錬の成果を見せるチャンスだぞ」
「おう、じゃあ一番手は俺⸺」
「決闘も受けられん怯懦が、我ら分隊を率いるなど認められるか!」
ドルーグを半ば無視したパッツィが模擬試合の応募を求め、それにオーサムが声を上げたその瞬間。声高に叫んだのは第三小隊副隊長のヴィアイズだった。
分隊内でも気性が荒く、粗暴で他人を物理的に傷つけることにためらいのない男だ。だがこれでも彼は、隊内でも上位に数えられる剣の腕を持つ。
その彼が明確にパッツィを認めないと宣言したことで、場の空気が変わった。
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