【完結】王家の血統〜下位貴族と侮るなかれ〜

杜野秋人

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貧乏子爵家と謗られて婚約破棄されました

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 王宮の正門前に、続々と煌びやかな馬車が横付けされていきます。そしてその中から艶やかに着飾った、そうそうたる高位貴族のご当主夫妻やご子息ご令嬢がたが降りられて、王宮内部に案内されてゆきます。
 本日は王宮主催の大晩餐会。国内の主だった貴族たちが招待されて、華やかなひと時を過ごす一夜です。もちろんわたくしも、貴族の令嬢として招待されています。

 むしろ、主賓と言ってもいいかも知れません。

 ですが……。

「やっぱり、気になるかい?」
「アロルド様……」

 わたくしの横には公爵家のご次男であるアロルド様が乗っていらして、わたくしの手をそっと握って下さいます。
 わたくしは今、アロルド様の馬車に同乗させて頂いて、馬車の列で降りる順番を待っています。彼のお父様である公爵閣下と夫人は別の馬車でいらっしゃるご予定で、まだ到着されておりません。

「まあ無理もないけどね。婚約者がエスコートを拒否するなんて、前代未聞だよ全く」
「……いいのです、お兄様」

 ある意味で分かっていたことなのですから。

 アロルド様はわたくしの婚約者ではありません。婚約者にエスコートをして頂けないわたくしのために、わざわざエスコート役を買って出て下さったお優しい、お兄様なのです。
 彼はわたくしの父方の祖母の兄を祖父に持つ、はとこに当たります。幼い頃から親しくさせて頂いていて、わたくしは親しみを込めて2歳歳上の彼を「お兄様」と呼ばせて頂いているのです。

「まあ彼が何を考えているか、だいたい分かるけどね」

 まあ、そうですね。もうかなり噂になっていますものね。

「それでも婚約者なのだから、最低限の務めくらい果たすべきじゃないのかな」

 アロルド様はさっきからお腹立ちです。それもそのはず、わたくしの婚約者というのは彼の従弟なのですから。わたくしもアロルド様も彼のことは幼い頃からよく知っていて、だからこそ彼の性格も、普段から何を考えているのかも、だいたい分かってしまうのです。

「今さら言っても詮無いことですわ」
「まあそうなんだけどさ。それでも腹立たしいじゃないか」

 わたくしのために怒って下さるアロルド様。貴方がそうして私のためを思って憤激なさって下さるだけで、わたくしは心が穏やかに落ち着いていくのを感じます。貴方のその優しさが、わたくしの傷ついた心を癒やして下さいます。
 本当に、なんと感謝してよいやら。

「あっ、でもベスは気にすることないからね。どうせ僕にも婚約者はいないんだし、僕もエスコートできる女性を得られて、むしろ良かったよ」

 パッとこちらを振り向いて、輝くような笑顔を見せながらそんな事を仰るものですから、わたくしもつい笑顔になってしまいます。
 本当にありがとう、お兄様。

「うん、やっぱりベスは笑顔が一番だね。⸺さ、順番が来たようだ。そろそろ降りるよ」
「ええ」

 そうして馭者が馬車の扉を開けて、お兄様が先に降りてサッと手を差し伸べて下さいます。

「お手をどうぞ、お嬢様」
「ありがとうございます」

 少しだけはにかみながら、わたくしはそのお兄様の手にそっと自分の手を重ねます。ほのかに火照った赤い頬を見られないように、俯きながらステップを降り、スマートに差し出された彼の左肘にそっと右手を預けます。
 そうして到着コールを受けながら、私たちは王宮の中へ歩み入りました。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 主催者たる国王陛下のお言葉を受けて始まった夜会は、それはそれは豪華絢爛なものです。ダンスのお得意なご当主様やご夫人、ご子息やご令嬢がたが思い思いに踊っていらして、わたくしを含む下位貴族のご当主や子女たちはめったに食べられないご馳走やお菓子を味わうのに余念がありません。
 アロルド様はお父上の公爵閣下と合流されて、親しい貴族家の皆様の元へ挨拶回りに行かれました。わたくしも我が家の馬車でいらした両親と一旦合流し、けれど両親の挨拶回りには付き添わずに料理のテーブルのそばで壁の花になっています。そんなわたくしを嘲るささやき声が聞こえるのは、何食わぬ顔で無視します。いちいち相手などしておれませんもの。

 陛下ご夫妻は開会の辞のあと早々にご退出なさいましたが、おそらく中盤あたりでもう一度ご登壇なさることでしょう。わたくしも贅を凝らしたお料理を頂き、お菓子を味わい、度数の低い上品なワインを堪能します。けれど程々にしておかなければ。次に陛下ご夫妻がお出ましになられた時に、はしたない姿は見せられませんもの。
 それに、きっと彼もいらっしゃるはず。


 そうして宴もたけなわになり中盤に差し掛かった頃。
 唐突にそれは起こりました。

「エリザベス!来ているのだろう、姿を見せよ!」

 ああ、この声はわが婚約者様。
 わざわざ探されるくらいなら最初からエスコートして下さればよいのに。それにそんなに大声ではしたなく怒鳴らなくても。わたくしの顔を知る者に探させれば済むだけのことですのに。

 ですが、呼ばれておいて無視するわけにも参りません。どれほど不仲でも、わたくしは彼の婚約者なのですから。

「お呼びでしょうか、コンラド様。エリザベスはこちらにおりますわ」

 会場の中央まで進み出て、王族専用の壇上で傲然と胸を張っておいでの婚約者様に淑女礼カーテシーでご挨拶申し上げます。これでも家格以上の教育は受けてきていると自負しておりますから、人前で披露するのに不様な挨拶にはなっていないはずです。

「そこにいたか」

 婚約者様はわたくしを見やると、獲物を見つけたような目をしてニヤリと笑みを浮かべました。
 そして右手を突き出し指を突き付けて、大声で宣言なさったのです。

「エリザベス!貧乏子爵家出身の貴様ごときが私の婚約者などと、もう我慢ならんっ!貴様との婚約なぞ、第六王子コンラドの名において、今この場で破棄してくれるわ!」

 目の前で、怒りに顔を歪ませてそう叫ぶのは、わたくしの婚約者様。そう、コンラド様はこの国の第六王子殿下であらせられます。
 そしてわたくしは、幼い頃から彼の婚約者としてお仕えしている、子爵家の長子なのです。

 そう、婚約者でした。
 たった今、それは破棄すると宣言なされたので、正式な手続きはまだですが婚約者ではなくなります。なにしろ一国の王子がその名にかけて宣言なさったのだもの。基本的にはそれは実現するものなのです。

 でもまあ、撤回なさるかも知れませんし、一応確認しておかなくてはなりません。

「殿下、本当に破棄なさるおつもりですか?」
「当たり前だろうが!そもそも子爵家の娘ごときが王家に嫁ごうなどと、思い上がるのも今日ここまでだ!」

 第六王子殿下は生まれ順が遅く、王位継承順位も低くていらっしゃいますが、王妃殿下のお子であらせられます。王妃殿下のお産みになった王子はお三方。王太子であられる第一王子殿下と第四王子殿下、それと第六王子のコンラド殿下です。そのためかコンラド殿下も、側妃を母に持つ異母兄の方々よりもご自身のほうが王位に近いと常々自負なさっておいでなのは存じておりました。
 ですが、それはそれ。
 そもそも、第六王子殿下は我が子爵家に婿として入られる方。ですからわたくしが『王家に嫁ぐ』わけではないのですけれど。国王陛下からも、宰相閣下や貴族院議長閣下などからもご説明をお受けのはずなのですけれど。

 やはり、ここでもう一度お伝えした方がいいのかしら。

「殿下⸺」
「ええい、うるさい!貴様に発言権などないわ!それ以上口を開くようなら不敬罪で捕縛してもいいのだぞ!?」

 そう言われてしまっては、閉口するしかありません。どうやら殿下は、この婚約の意味をきちんと理解されておられなかったようです。

 もうこうなっては、仕方ありませんね。将来の夫としてしっかりお支えしなくてはと思っていましたが、もう無理です。
 ですのでせめて、了承の意だけでもお伝えせねばなりません。

「畏れながら、発言をお許し下さいませ」
「ならん!とっとと去ぬるがいい!」

 お伝えすることは叶いませんでした。
 わたくしはせめてもと、礼儀正しく淑女礼カーテシーをして、王宮主催の晩餐会の会場を立ち去るほかありませんでした。





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