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しおりを挟むアンドレ・ブザンソンは騎士である。
貧乏子爵家の三男として生まれ、幼い頃から小さな所領で領地の平民の子たちに混じって成長した。家を継ぐことのない気楽な立場の彼は、長じるにつれて騎士を目指した。
理由は簡単。
人並外れた巨躯の持ち主だったからである。
思えば生まれた直後から大柄な子だった。そのあまりの大きさに彼を産んだことで体力を使い果たしたのか、母は彼を産んで1年と経たずに世を去った。
父も兄たちもそのことで彼を責めず、むしろ母の愛を知らずに生きるしかない彼のことを哀れみ慈しんで育てたが、彼はそのことにずっと引け目を感じていて、それをひた隠しにしたまま少年時代を過ごした。
10歳を過ぎたあたりで早くも父の背に並んでいた彼は、首都ルテティアの国立学園に入学する13歳の頃にはもう現役の騎士たちにも引けを取らないほどの体躯を誇っていた。
そんな巨体だったから、幼い頃からよく人に怯えられた。女の子はもちろん、男の子にも、大人たちにさえ。
だからそんな彼が騎士を目指したのは必然だったと言えようか。むしろ、それ以外に取るべき進路などなかった、とも言えた。
学園の騎士科を卒業した彼は晴れて騎士に叙任され、地方騎士団のひとつに配属となって、生まれ故郷から遠く離れた任地へと旅立っていった。
それからおよそ10年。地道な働きが認められ、アンドレは小隊のひとつを任せられるようになっていた。
体躯は騎士となってからも成長を続け、並ぶもののないほどの巨体に鋼のような筋肉を備えた、巌のような大男になっていた。
なんと身長が111.5デジ、体重が236リブラ。
人間の成人男性の平均が90デジ、80リブラほどのこの西方世界にあって、間違いなく一、二を争う巨躯であろう。
殺しても死ななそうだ、巨人族とのハーフではないか、あの男なら灰熊でも格闘で絞め殺せそうだ、いやもう何頭か仕留めたと聞いているぞ。
様々に噂されたが、反応するのも面倒なので彼は否定も肯定もしなかった。
だって下手に反応したら、怯えられ怖れられまた噂になるだけだったから。彼に怯えないのは故郷の家族や友人たちを除けば、付き合いの長い街の人たちや小隊の仲間、上司など、ごく僅かに過ぎなかった。
そんなアンドレが配下の小隊を率いて街道を定期巡回している時に、それは起こった。
獣の咆哮と、脚竜の断末魔。そして何かが破壊される物音。異変を聞きつけ麾下の小隊を率いて現場に急行した彼が見たのは、爪を立てられ引き倒された脚竜と、横倒しになった馬車ならぬ脚竜車、そして脚竜を貪り食らう灰熊だった。
その周りには投げ出され倒れて動かない馭者と、やはり倒れ伏して動かない護衛たち。脚竜車はひと目で仕立てのよい高級車だと見て取れ、護衛たちの装備もしっかり整っていたことから、貴人の一行だとすぐに知れた。
アンドレは直ちに配下に指示し、5名の隊員のうち2名を周囲の警戒と斥候に当て2名を脚竜車内の確認に向かわせた。そして自身は小隊でもっとも腕の立つ隊員とともに、灰熊を討伐するべく動く。
灰熊は大型かつ獰猛な肉食獣で、熟練の冒険者であっても「出会ったら逃げろ」と言われるほどの難敵だ。立ち上がると巨躯を誇るアンドレよりもさらに一回り大きく、さすがに彼も一人で相対出来るとは考えなかった。
最初はふたりで、すぐに脚竜車の確認を終えた2名のうちのひとりが応援に加わって3人がかりで、それでも倒せずに周囲を確認して他に危険はないと判断した斥候の2名までも加わって、騎士5人がかりでようやく倒すと、アンドレはすぐに脚竜車から救い出された貴人の元へ駆け寄り跪いた。
それが、当時まだ5歳だったレティシアだ。身を挺して彼女を守った血だらけの侍女に抱きしめられながらも、幸いにしてその身には傷ひとつ付いていなかった。けれど侍女の治療や亡くなった護衛たちの搬送などの必要もあってアンドレは部下たちに指示し、本部や近隣の街に連絡して応援を要請し、そして迎えが到着するまで鎧を脱いで、怯える幼いレティシアを抱きかかえる羽目になった。
彼女は怯えてはいたものの、それは脚竜車を襲った獣に対してであり、アンドレの大きな身体に包まれて安心したのか、すぐに眠ってしまった。アンドレは自身に怯えられなかったことに安堵しつつ、報せを受けて駆けつけてきた迎えの人々に彼女を託すと、名も名乗らずに小隊とともにその場を立ち去った。
別に恰好をつけたわけではない。
それが業務で、ただするべき仕事を果たしただけなのだから、誇ることも褒美を求めることも良しとしなかっただけだ。
貴人の少女の素性についても彼は何も詮索しなかった。やんごとないご身分なのは見てすぐ分かったし、高貴な方々と必要以上に関わり合いになってもロクなことはない。自分はただ、与えられた職務をこなして定められた俸禄を貰えばそれで充分なのだ。
だというのに、後日ノルマンド公爵家から礼状と大量の下賜品が届いて彼は仰天する羽目になる。それで初めて彼は、あの時助けた相手がノルマンド公爵家のレティシア公女だったと知ったのだった。
しかもそれだけではなく、レティシア公女自らが自分に直接会ってお礼を述べたいと希望されている、と騎士団長に呼び出されて聞かされたアンドレは、拒否することもできないまま首都ルテティアに送り出された。騎士団副団長の先導と監視、というおまけ付きでだ。
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