シチューにカツいれるほう?

とき

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3章 戸惑い

13話

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「そろそろ帰るか?」
「うん、長居してごめんね」
「いつものことだろ」

 ほんといつものこと。毎日のように甘えてしまって、毎日のように迷惑をかけてしまっている。
 志田には感謝しかない。
 地獄と天国を行き来する生活に、ちょっと緩衝材が入った感じ。大げさかもしれないけれど、生きているのが楽になった。いつか何かの形でお返ししたい。
 真理子は心からそう思った。
 片付けが終わり、帰ろうとしたところ、突然スマホがなった。
 その音が鳴った瞬間、真理子の顔が凍り付く。

「出ようか?」

 すぐに志田が言った。
 電話を掛けてきたのが真理子の母と判断。志田は代わりに電話に出ようかと提案してくれる。
 でも、これ以上、頼るわけにはいかない。
 元気をもらった分、頑張らなくちゃ!

「大丈夫」

 真理子は志田にニコッと笑い、すぐに覚悟を決め真剣な面持ちで通話ボタンを押す。

『何やってるのよ!! 早く帰って来なさい!!』

 真理子が何かを言う前に、いきなりスマホから怒号が響く。
 このままスマホを切ってしまいたくなるけれど、逃げてもいられない。

「……ごめんなさい。委員会の仕事が長引いていて……。ご飯は食べたから大丈夫。すぐ帰るから」

 真理子はそれだけ言うと、すぐに通話を切った。
 けれどすぐにまた着信音が鳴り響いた。
 呆然。
 その言い訳では許してくれないらしい。
 あの母に対して、あと何ができるだろうか。

「はい、志田です」

 真理子が電話に出るべきか悩んでいると、志田が真理子の手からスマホを奪い取っていた。

『誰よあんた!! 真理子を出しなさい!!』

 すぐさまヒステリックな女性の声が響く。
 言うまでもなく、それは真理子の母のもの。
 真理子はその声を聞いて反射的に身をびくっと震わせる。毎日のように聞いているからこそ、反応してしまう。
 攻撃的な発言に志田もたじろいでしまうのかと思ったけれど、そうじゃなかった。

「アイザワさんの帰りが遅くなってしまって申し訳ありません。委員会の仕事が片付かなくて、アイザワさんに手伝ってもらったんです」

 熱い怒りの籠もった声に、志田は淡々と丁寧に対応する。

『そんなこと聞いてないのよ! なんなのあんた! 何の権利あって真理子を拘束してるの!? 早く帰しなさいよ!!』

 しかし真理子の母はさらに加熱されている。
 他人の事情なんて関係ない。己の存ぜぬところで物事が動いているのが気に食わず、とにかく吠えてしまっている。
 そして何より、真理子への執着心。
 自分の娘を操れるのは自分だけ。他人が娘にアクセスするのは絶対に許せることじゃない。

「本当に申し訳ありません……。すぐに切り上げますのでどうか……」

 真摯に謝る志田。
 人の子に対して暴言をはく母を信じられなかった。そして志田に申し訳なかった。
 私がしっかりしていれば母を制御できたはず。
 ……いや、やっぱ無理かもしれないけど、少しは変わったかもしれない。
 志田は母をこれ以上逆上させないように、慎重に答えていた。でも、びびったり萎縮したりせず、常に冷静だった。
 自分だったら怯えてしまって、何も言えなくなってしまう。反論はもちろん、返事すらできない。

(どうしよ……なんとかしなきゃ……)

 本当なら志田に母の相手をさせるべきじゃない。電話を取り返して、自分で母の暴走を止めなきゃいけない。
 でも、手が伸びなかった。
 石のように固まってしまっている。ホント何かの呪いみたいに。
 意識下でも無意識下でもこわい。それに母とちゃんと話せるわけがないし、暴走を押さえることなんてできるわけがない。
 無理で無理で無理。不可能。
 これまでずっと避けてきたんだから、今日も立ち向かえない。

「あの、一つよろしいでしょうか」
『何よ! いいわけないでしょ!! 勝手にしゃべらないで!!』

 取り付く島もない。

「……では独り言なので聞き流してください」

 志田はそこで大きく息を吸ってから言った。

「お前、何様だよ? いい加減、子供離れしろよ。子供は親の所有物じゃねえんだよ!」

 豹変。
 切れた。志田が切れた!
 それを聞いた真理子は口を大きくあんぐりと開けて、顔を真っ青にする。

『な、な、なんですって!? 今どこにいるの!? すぐに行くから待ってなさい!!』

 母の怒りが頂点に達し、すべてを吐き出すかのような絶叫。
 けれど、志田はすぐさま通話をポチッと押して、通話を切ってしまった。
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