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4章 思い
18話
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真理子はドアの前で目が覚めた。
昨日と同じ制服姿。
ベッドに入ることなく、そのまま寝てしまったのだった。
いつも以上に母とは顔を合わせたくないから、ずっと引きこもっていたい。でもそういうわけにはいかない。朝ご飯を食べて、学校にいかないと。
真理子はシャツを着替えて、恐る恐る部屋を出る。
「……おはよう」
リビングで出会ってしまうが、母は不機嫌な顔をしているものの、怒鳴ったりしなかった。返事もしなかったが。
当然、「あんたはまた勝手なことをして! どうしてお母さんに従えないのよ!」という言葉を、顔を合わせるなりぶつけられるんじゃないかと、頭の中で何度もシミュレーションしていた。
何もしなかったのは不思議だったけど、考えてみれば簡単だった。
改心したからとかじゃない。きっとそれをしたことで、娘の心が自分から離れてしまい、逆効果だと思って抑えているのだ。案外打算的なところがある。
テーブルにつくと、淡々と朝食を用意してくれる。
やがてスーツに着替えた父もやってきて、朝食が始まる。
会話は何一つなく、ひたすら気まずい時間が続いていた。
緊張で胃が痛くて、味噌汁でさえ飲むのに苦労するし、味もわかったもんじゃない。
残したら何を言われるかわからないから、無理矢理ご飯を流し込んだ。
さっさと切り上げて席を立とうとしたとき、
「二度と会うんじゃないよ」
こっちを見ることなく、母がぽつりと言った。
志田のことを言っているのは明白だった。
「うん……」
とりあえず返事をして、志田は食器を流しに持っていく。
そしてそのまま逃げるように、バッグを手に取って家を出た。
「ひどい顔……」
学校につくなり、トイレで鏡を見てみると、目がすごく腫れていた。
楽しいことがいっぱいのはずだけど、今日は厄介なものを持ち込んでしまった。
せっかく家という地獄を脱出したんだから、気持ちを切り替えて、生徒に、そして先生に頼られる優等生真理子になりたい。
でも、こんな顔を見せたら、みんなに驚かれて心配されてしまうだろう。
そう、こういうふうに。
「真理ちゃん、どうしたのその目!?」
第一発見者は美紀。
「あはは……。昨日、怖い映画見ちゃってさ。泣いちゃうわ、眠れないわでもう大変」
本当のことなんて言えないのでウソをつく。
「真理ちゃんも!? あたしも怖いの苦手なんだよね! トイレ行くのも怖くて我慢しちゃう!」
オールデイズハイテンションガール美紀。
ちょっとめんどくさいときはあるけど、今日ばかりは美紀を見習わなくちゃと思う。いつも明るく笑顔で。
「にしても、めっちゃはれてるね。あたし、アイシャドウ持ってきてるよ。ちょっとはマシになるかも!」
そう言って美紀は自分のバッグからコスメポーチを取り出す。
「ほら、塗ってあげるから!」
その強引さになされるがまま、美紀に自身の顔を預ける。
「ほらできたー!」
あっという間に完成。
鏡を見ると、厚ぼったくなっていたまぶたが、赤みがかったアイシャドウでだいぶ自然に見えた。
「すごい……。美紀、ホント器用だね」
「へへへ。真理ちゃんに褒められるとうれしいね! 泣いたときはマッサージして、冷やしたほうがいいよ」
「そうなんだ? 詳しいね」
「ただのテレビ知識だけどね! 自分でやったことなーい!」
美紀は涙と無縁なのかもしれない。
でも、そんなことはないはず。いつも笑ってるけど人知れず泣くことも、美紀にだってあると思う。
(ありがと、美紀。いつも気遣ってくれてるよね)
美紀が笑顔なのは、自分が笑顔なことで周りにいい影響を与えられることを知ってるからだと思う。
だからいつも笑う。他の人がしんどいときは笑う。自分がつらいときも笑う。
「おい」
帰りのホームルームが終わったところで、志田に腕を掴まれる。
真理子が一日中、志田を避けるようにしていて、今も何も言わず立ち去ろうとしていたからだった。
「あ、どうも……」
「どうもじゃねえって。なんで避けるんだよ」
あまりにも昨日のことが申し訳なくて、気まずくて話しかけられなかったわけだけど、こう捕まってしまうと何も弁明できない。
「ええっと……」
志田を避けていたのは、母に言われたからじゃない。
これ以上、自分が志田に関わると、志田に迷惑がかかるからだった。
「リヒト!」
真理子と志田の間に、トラブルが起きたと思ったのだろう。そこに川上が止めに入ってきた。
「あん?」
急に部外者に割り込まれて、志田は不機嫌そのもの。
「やめろよ、アイザワさんが嫌がってるだろ」
「嫌がってる? 逃げてるだけだろ」
「それが嫌がってるというんだよ!」
噛み合っているようで噛み合ってない。
志田は「問題から逃げているから向き合えよ」と真理子に言っている。
川上は「真理子が志田から怯えて逃げているのは嫌がっているから」と目の前で起きていることを言っている。
真理子にはその食い違いがわかるから、あわあわと慌てることしかできない。
「お前と話すことはない。ちょっと来い、アイザワ」
志田は川上を無視して、真理子を連れ出そうとする。
けれど川上は志田の体を掴んで止める。
「リヒト、やめろって!」
「事情知らねえ奴が入ってくるんじゃねえ!」
志田が川上を突き飛ばし、川上が志田を引っ張る。
ついに揉み合いへと発展してしまった。
教室でケンカが起きたのかと、クラス中の注目を浴びしてしまう。
「真理ちゃん!!」
友達の危機は放っておけない。美紀は真理子の手を掴んで、教室から逃亡しようとする。
「え、ちょっと!?」
事件の当事者である自分が二人を放っておけるわけないのに、真理子は外へ連れ出されてしまった。
昨日と同じ制服姿。
ベッドに入ることなく、そのまま寝てしまったのだった。
いつも以上に母とは顔を合わせたくないから、ずっと引きこもっていたい。でもそういうわけにはいかない。朝ご飯を食べて、学校にいかないと。
真理子はシャツを着替えて、恐る恐る部屋を出る。
「……おはよう」
リビングで出会ってしまうが、母は不機嫌な顔をしているものの、怒鳴ったりしなかった。返事もしなかったが。
当然、「あんたはまた勝手なことをして! どうしてお母さんに従えないのよ!」という言葉を、顔を合わせるなりぶつけられるんじゃないかと、頭の中で何度もシミュレーションしていた。
何もしなかったのは不思議だったけど、考えてみれば簡単だった。
改心したからとかじゃない。きっとそれをしたことで、娘の心が自分から離れてしまい、逆効果だと思って抑えているのだ。案外打算的なところがある。
テーブルにつくと、淡々と朝食を用意してくれる。
やがてスーツに着替えた父もやってきて、朝食が始まる。
会話は何一つなく、ひたすら気まずい時間が続いていた。
緊張で胃が痛くて、味噌汁でさえ飲むのに苦労するし、味もわかったもんじゃない。
残したら何を言われるかわからないから、無理矢理ご飯を流し込んだ。
さっさと切り上げて席を立とうとしたとき、
「二度と会うんじゃないよ」
こっちを見ることなく、母がぽつりと言った。
志田のことを言っているのは明白だった。
「うん……」
とりあえず返事をして、志田は食器を流しに持っていく。
そしてそのまま逃げるように、バッグを手に取って家を出た。
「ひどい顔……」
学校につくなり、トイレで鏡を見てみると、目がすごく腫れていた。
楽しいことがいっぱいのはずだけど、今日は厄介なものを持ち込んでしまった。
せっかく家という地獄を脱出したんだから、気持ちを切り替えて、生徒に、そして先生に頼られる優等生真理子になりたい。
でも、こんな顔を見せたら、みんなに驚かれて心配されてしまうだろう。
そう、こういうふうに。
「真理ちゃん、どうしたのその目!?」
第一発見者は美紀。
「あはは……。昨日、怖い映画見ちゃってさ。泣いちゃうわ、眠れないわでもう大変」
本当のことなんて言えないのでウソをつく。
「真理ちゃんも!? あたしも怖いの苦手なんだよね! トイレ行くのも怖くて我慢しちゃう!」
オールデイズハイテンションガール美紀。
ちょっとめんどくさいときはあるけど、今日ばかりは美紀を見習わなくちゃと思う。いつも明るく笑顔で。
「にしても、めっちゃはれてるね。あたし、アイシャドウ持ってきてるよ。ちょっとはマシになるかも!」
そう言って美紀は自分のバッグからコスメポーチを取り出す。
「ほら、塗ってあげるから!」
その強引さになされるがまま、美紀に自身の顔を預ける。
「ほらできたー!」
あっという間に完成。
鏡を見ると、厚ぼったくなっていたまぶたが、赤みがかったアイシャドウでだいぶ自然に見えた。
「すごい……。美紀、ホント器用だね」
「へへへ。真理ちゃんに褒められるとうれしいね! 泣いたときはマッサージして、冷やしたほうがいいよ」
「そうなんだ? 詳しいね」
「ただのテレビ知識だけどね! 自分でやったことなーい!」
美紀は涙と無縁なのかもしれない。
でも、そんなことはないはず。いつも笑ってるけど人知れず泣くことも、美紀にだってあると思う。
(ありがと、美紀。いつも気遣ってくれてるよね)
美紀が笑顔なのは、自分が笑顔なことで周りにいい影響を与えられることを知ってるからだと思う。
だからいつも笑う。他の人がしんどいときは笑う。自分がつらいときも笑う。
「おい」
帰りのホームルームが終わったところで、志田に腕を掴まれる。
真理子が一日中、志田を避けるようにしていて、今も何も言わず立ち去ろうとしていたからだった。
「あ、どうも……」
「どうもじゃねえって。なんで避けるんだよ」
あまりにも昨日のことが申し訳なくて、気まずくて話しかけられなかったわけだけど、こう捕まってしまうと何も弁明できない。
「ええっと……」
志田を避けていたのは、母に言われたからじゃない。
これ以上、自分が志田に関わると、志田に迷惑がかかるからだった。
「リヒト!」
真理子と志田の間に、トラブルが起きたと思ったのだろう。そこに川上が止めに入ってきた。
「あん?」
急に部外者に割り込まれて、志田は不機嫌そのもの。
「やめろよ、アイザワさんが嫌がってるだろ」
「嫌がってる? 逃げてるだけだろ」
「それが嫌がってるというんだよ!」
噛み合っているようで噛み合ってない。
志田は「問題から逃げているから向き合えよ」と真理子に言っている。
川上は「真理子が志田から怯えて逃げているのは嫌がっているから」と目の前で起きていることを言っている。
真理子にはその食い違いがわかるから、あわあわと慌てることしかできない。
「お前と話すことはない。ちょっと来い、アイザワ」
志田は川上を無視して、真理子を連れ出そうとする。
けれど川上は志田の体を掴んで止める。
「リヒト、やめろって!」
「事情知らねえ奴が入ってくるんじゃねえ!」
志田が川上を突き飛ばし、川上が志田を引っ張る。
ついに揉み合いへと発展してしまった。
教室でケンカが起きたのかと、クラス中の注目を浴びしてしまう。
「真理ちゃん!!」
友達の危機は放っておけない。美紀は真理子の手を掴んで、教室から逃亡しようとする。
「え、ちょっと!?」
事件の当事者である自分が二人を放っておけるわけないのに、真理子は外へ連れ出されてしまった。
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