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三章・チョウシュウ王子との婚約破棄編

44話・バクーフ王襲撃犯を追跡します!

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「全裸のくせに逃げ足だけは早いわね。この入り組んだバクーフの街の構造を理解してるの?  人が邪魔で追いつけないわ!」

 現在、自分の多くの寿命と引き換えにケガや身体錬成魔法・リバースエンドを使った魔族を追跡しているの。一度捕獲したけどリバースエンドを使われて元の身体を捨てて逃げられる失態をしたのよ。悪役令嬢らしく徹底的に痛みつけてやれば良かったわ。

 その全裸の青い肌の魔族は、すれ違う人間達に驚かれながらも逃走を続けている。その途中で魔族は落ちていた布を拾って腰に巻きつけたの。魔族は東地区のバクーフ森の方面に向かって逃走しているわ。警備の薄い森の中を抜けて外壁を登って脱走するのかも知れない。

「外壁から逃げても国の外にはバクーフ騎士団がいるわよ。たった一人でどう逃げるっていうの?」

「逃げようなんて色々あるさ。それに、リバースエンドを使ったから、元の身体は腐って毒になるぜ?  俺を追跡してたら街は死ぬぞ!」

「何ですって!?」

 まさか、リバースエンドにそんな副次効果があるなんて知らなかった。バクーフ王が襲撃されて混乱している王国内で毒ガス事件が発生したら、十万の市民がパニックになるわよ……。

「追跡は諦めるしかない。近くに騎士団もいないし、まずは魔族の死体から発生するガスをどうにかしないと……」

「……」

 その魔族は私が追跡を諦めた事でほくそ笑んでいたわ。ムカつくけど仕方ない。毒ガス事件まで発生させるわけにはいかないからね。来た道を引き返す覚悟をした私は言う。

「次は必ず捕まえるわよ魔族」

「次は貴様を殺すぞ……ぐへぁ!?」

「?」

 変な奇声が上がり、逃げる魔族の方を見たわ。誰かに足元を引っかけられたのか魔族は地面に転んでいたわ。そして、青い服を着た金髪サラサラヘアのブルーの瞳の男がそこには立っていたの。

「ニートさん!」

「逃げるのと全裸においては僕の方が得意かな。魔族がバクーフの街中で何をしてるやら」

「確かにそうね……じゃなくて、その魔族は魔王軍の男よ!  離れた方がいいわ」

 すると、魔族の男は立ち上がりニートさんを殴ろうとしたの――。

「これが定めのはずはない。人間風情がこの魔軍……ぐへぁ!?」

 と、魔王軍の魔族はカウンターをくらってどこかへ飛んで行ったわ。見事なカウンターを見て驚いているのは私だけでは無かった。

「強く殴り過ぎた……」

 ブッ飛び過ぎて魔族の男はキラーン☆  と星になって消え去ったわ。これで、魔族の男の正体はわからずじまいになった。けど、今は毒ガスになる死体の処理が最優先。

 私はニートさんに事情を説明しつつ、毒ガスになる死体を凍らせてからバクーフ森に運んだの。そして火炎魔法・マグマドラグーンに捕食させて体内で消滅させて毒ガスを出ないように処理した。そうして、ニートさんと今回の事件を話したの。

「街の方がウルサイから何の騒ぎかと思いきや、まさかバクーフ王が襲撃されているとはね。しかも魔王軍の魔族までいる。バクーフの婚約イベントを狙った作戦としか思えないな」

「そうね。そこは間違いなくそうだと思うわ。とりあえずバクーフ騎士団には王宮と街の警戒に当たってもらっているわ。魔族はもう逃走してるだろうけど念の為」

「どうやら魔王復活は近いようだ。封印した魔王は今度は倒さないとならない」

 やけにニートさんは気合いが入っているセリフを言うわね。自分が魔王と戦うわけでもないのに。さっき、魔族の男を殴った事でテンションを上げたのかな?

「ニートさん。もし、魔王軍と戦争になったらニートさんはどうするの?」

「戦うよ。僕なりの方法でね。魔王軍は魔王がいない今は軍内も一枚岩とは言えないと思う。そもそも魔王軍は数の暴力で攻めてくる連中だよ。それがこんな小細工をするようになっていると言う事は、魔王軍内部でもイザコザがあるに違いない」

「おそらく想像の推理だろうけど、やけにリアルな意見ね。まるで魔王軍の内情を知っているよう」

「僕も異世界ジパング大陸は全て回っているからね。それぞれの国の事情とかも見てきたし、強い王がいない国は国が二分されてイザコザが起きてるのも見てきたからさ。でも、魔王は復活しないとならない。必ずね」

 突然、ニートさんはとんでもない事を言い出したわ。魔王を復活させないとならないなんて!  それじゃ魔族の考え方だわ!

「ニートさん……何故魔王は復活しないとならないの?  あり得ないでしょう?」

「魔王は今度こそ倒さないとならない。魔王が倒されないと、世界のモンスター達の邪気は増す一方だ。酷い決断だけど、魔王が消えないと人間はやがてモンスターのエサになる。魔王とはいつの時代も倒されるべき存在なんだよ」

「……」

 その言葉に何も答えられなかったわ。
 青い瞳が強く輝くニートさんの言葉を私は受け止めていた。
 その言葉には怒り、悲しみ、苦しみが混ざり合っていたから。

 そして、私はニートさんを抱き締めていたの。自分でもわからない行動だけど、何故かニートさんが泣いているように見えた。夜空を見上げるニートさんは泣いていないのに、私には泣いているように見えて抱き締めた。

『……』

 そのまま私達の時間は止まる。
 互いに何も言わず、心臓の音がやけに感じられるわ。すると、私の背中は少し発光したの。


(背中が……痛い?)

 私の背中にある勇者様の烙印が疼くわ。どうやら勇者様が近くにいるような反応をしている。

(近くにいるなら出てきてよ勇者様)

 星がきらめく夜空を見上げ私は祈った。
 すると、一つの流れ星が流れたから心が安らいだわ。





 その後、バクーフ王国は一応の安定を取り戻して翌日になったわ。私はまだ別の魔族がいる可能性も考えて魔族の調査をスララにさせているの。人間モードとスライムモードを使い分けて、バクーフ王国に危害を加える存在への対処をしないとね。婚約発表の日まで邪魔をさせるわけにはいかないから。

 そうして、今はねんざをしたスズカの警護をしているわ。チョウシュウ王国の人間達は宿屋での待機命令は解かれて無いけど、チョウシュウ王子だけはある程度の自由は許されているの。だからスズカのお見舞いに来ている。

「そういえば今日のタロットカード占いは吊し人の正位置。幸福を掴み取る為の試練とも言える時ね。確かに今は試練の時だわ。婚約破棄に魔族との争い。二つに勝たないとならないのは、試練でしかないわね。部屋の中の二人は上手く行っているようだし」

 どうやら、スズカとチョウシュウ王子は上手く行ってるようなの。もうねんざの痛みも無いだろうから明日には外に出られるはず。けど、スズカはこの状況を利用してチョウシュウ王子に甘えている。

(今の様子だとチョウシュウ王子とスズカは婚約するわね。恋に盲目になってるチョウシュウ王子なら破断をさせる理由も無い。特に今はチョウシュウ王国そのものが疑われている時期でもあるし。外交と婚約を成功せずに王子が帰還するとは考えられない。外交は結ばせても、婚約だけは結ばせない。それが私の仕事。それが悪役令嬢よ……)

 二人の甘い時間を潰すのが悪役令嬢である私の仕事。けど、それをする気持ちにはなれなかったわ。私の背中にある勇者烙印の疼きが止まないから、私は私で会えない勇者様の背中を心の中で追いかけていたから。

(このタロットカードは燃やす。試練なんて燃やし尽くしてやるわよ)

 手に持っている吊し人のタロットカードを燃やした。タロットカード占いの吊し人の結果は幸福を掴み取る為の試練。その事を信じていたから、私は今日は何もしないままその日を過ごしたの。明日は自分なりの試練に挑んでみせるから。
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