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三章・チョウシュウ王子との婚約破棄編
45話・ヒロインモードのスズカとケンカします
しおりを挟む「……天気は曇り空か。夜には雨が降りそうかも。ま、雨だろうが雷だろうがいいんだけどね」
自宅のアヤカハウスで目覚めた私は、二階の窓から外の天気を見たわ。鏡の前で前髪とツインテールを作ってから、ピンクのパジャマから黒の魔女服に着替えるの。そうして、一階で朝ごはんを作ってくれるスララの所へ行く。
「おはようスララ。今日はコーン野菜炒めとバタードングリスープ。そして時計仕掛けのブドウパンね」
「おはようですスズカ殿。今日はニートさんの異世界野菜畑から採れた野菜をもらったのでコーン野菜炒めがオススメでし! 時計仕掛けのブドウパンは焼きますか?」
「うん。お願いね」
そうして私は顔を洗ってから朝食を済ませ、髪型のチェックをしてから毎日恒例のタロット占いをする。
「スララ。タロットよろしく」
「御意。スララースララースララーラ!」
ぴょん! と飛び上がるとスララの口からタロットカードが飛び出したわ。
「太陽の……逆位置か」
今日のタロットカードは太陽の逆位置。そこそこ上手く行くという事。そのパーセンテージが低くても構わない。私が補えばいいだけだし、今回はあくまでキッカケになればいいだけだから。そうして、出かける準備をするの。
「スララ。今日は戻るのは遅くなるかも知れないわ。スズカとのバトルをしてくるから。クエストクラスから降格するかも知れないからヨロシク」
「ハヒ!? そんなヨロシクは受けられないです! アヤカ殿! 一体どんなバトルを……」
「女の戦いよ。これは私とスズカの戦い。スズカを救う為にも逃げられない戦いなの」
強い覚悟でいる私をスララは察してくれたわ。最後まで説明をしなくてもわかってくれるのは、スララとも付き合いが長くなって来てるからね。
「では、スララはバタードングリクリームアップルパイいちご乗せを作ってアヤカ殿の帰りを待ってるでし!」
「完成されたデザートにクリームとかいちごとか混ぜない方がいいとも思うけど、完成されたモノを壊すのもアリね。私もこれからそれをするんだから。ありがとうスララ。なるたけ早めに帰るわ」
そして、強い意思を持ってバクーフ王宮へ向かったの。
※
バクーフ王国は一つの発表をしていたわ。
バクーフ王襲撃事件の犯人は魔族の男という事実が判明した事で事態は収まってはいる。婚約イベント中にこんな事件をわざわざチョウシュウ王国が起こす事もしないだろうという考えもあり、バクーフ王国としては婚約イベントを続ける事を決定していたの。
そして、チョウシュウ王国の人間達も兵士以外の人間は監視下ではあるものの、ある程度の自由は許されたの。婚約イベントを続ける上でも必要だしね。兵士達は軍事演習も行えないので、南地区のカジノに行かせてストレス発散させているわ。発散が破産に繋がらないといいけどね。
私はスズカの私室にいた。
もうチョウシュウ王国の軍事演習の時にケガしたねんざも完治し、問題無く歩けるようになっている。顔色の血色も良く、茶色の長い髪も艶やかで、耳の横の髪を左右に編み込んでいる。なんて事無い部屋着である白のワンピースも似合い過ぎるSSS級の美少女姫ね。私はこのヒロインの仮面にヒビを入れないとならないの。
「あらアヤカさん。お話って何ですの? 私もチョウシュウ王子と会う予定があるのでお早目にお願いしますわ」
「それはアナタ次第よス・ズ・カ」
わざとスズカ姫をいつものように呼び捨てにしたわ。
これでもイスに座るスズカは笑みを崩していない。私も対面側のイスに座り足を組む。ここからは一人の女としての戦いよ。
スズカの友達としての私と、ヒロインモードの偽スズカとの一騎打ち。勝たなければいけない戦い――。
「ねぇ、スズカ。先のバクーフ王襲撃事件において、アナタは父であるバクーフ王のお見舞いにも行っていないそうじゃない。しかも、チョウシュウ王子とは会っている。緊急事態が終わるまでは自分の父親の方が大事なんじゃないの?」
私はバクーフ王襲撃事件の後にスズカは国王の元にもいかない事を問い詰めた。これがヒロインモードの仮面にヒビを入れる一太刀になると思ったから。女のカンでね。
「わかってないですね。アヤカさん。私は婚約イベント中は相手国の王子と婚約する事を最優先に動いてるのですよ。それは父上も承知の上です」
「それはアナタの意思なの。それともスズカの意思なの?」
すると、スズカの赤いヒロインモード時の瞳が暗闇の空洞のように見えたの。それは錯覚ではないリアリティで私の神経を刺激していた。冷めた紅茶を飲むスズカは言う。
「私は私でしかありませんよアヤカさん。もしかして私とチョウシュウ王子の婚約する事で嫉妬してるんですか? クエストクラスの方の恋愛事情は知りませんが、何なら私がいい人を掛け合ってみましょうか?」
「自分の男は自分で決めるからアンタなんかに決められたくは無いわ。私は欲しい男は自分の力で奪う悪役令嬢ですから」
その凄みにもスズカは涼しい顔をしている。イラつくけど、ここで無駄なエネルギーは使えないわ。どこまでも冷静でヒロインなスズカは淡々と事実を語って来る。
「私はチョウシュウ王子との婚約が最優先。バクーフ王の護衛は私の仕事ではないですよ。事件が起きようとも、魔族が現れようともそれはバクーフ王国の姫である私の仕事ではありません。私の仕事は他国王子との婚約。それだけです」
「それが自分の父親に言う事なの? アナタは人間としておかしいわ。婚約する為の人形よ。こんな呪われた人形に負けているの? スズカは!」
「今までアヤカさんには二度も王子との婚約破棄をされてしまいましたからね。今回はそうはいきませんよ? 私とチョウシュウ王子はもうキスまでしてます。今回ばかりは悪役令嬢でも婚約破棄は無理なのでは?」
少し……確実に少しだけどスズカもイラつきを見せたわ。だけどヒロインの仮面はかなり硬そうね。それでも攻めの一手は緩めない――。
「結局キスをしていようが、たまたまチョウシュウ王子が婚約者というだけでしょ? スズカは誰でもいいのよ。それが婚約予定者ならどこの王子だろうが誰でもね。相手がバクーフ王の決めた他国の王族なら誰でもいい。自分の呪いに負けてる女なんてそんなものよ」
「……呪いに負けてる? この出会いは必然ですわよ。私と王子には確かな絆があるのだから」
「いえ、たまたま出会っただけ。そんな絆なんて見えないモノに頼って、縋っても貴女には何も残らない。ただ無意味で無価値なモノを肯定した自分の憤りを呪うだけよ。そうしたら永遠にヒロインの呪いは解けないでしょうね」
「誰でもいいと言うのは確かにそうかも知れないです。だって、私は婚約者を選べないわけですから。父上が決めた婚約予定者に会って、婚約するまでの流れ作業のような事を繰り返しているわけですから「誰でもいい」というのは当たっていますね。でもそれは誰もが同じでしょう?」
「同じなわけが無いわ。人の意思がある限りはね。アナタが本当に「誰でもいい」ならそれでいいわ。でも、自分の意思があるなら呪いだからって諦めてないでそれを乗り越えてみなさいよ。それがスズカじゃないの?」
フフフとスズカは笑っている。そうして立ち上がって窓の外を見つめた。もう私と話す気は無いと言わんばかりにね。
「アヤカさん。貴方のお話は飽きました。私はチョウシュウ王子との時間があるので下がって下さい。クエストクラスとして私の警護だけしてればいいのよ」
「自分にも飽きたら、死ぬしかないわよ?」
その問いにスズカは答えない。だけど、最後に言ってやるわ。微かに変化が見えたヒロインモードのスズカに最後の一太刀を――。
「スズカ。ヒロインモードを乗り越えてみせる必要もあるんじゃないの?五年待つより、自分で乗り越えて王様に「私は自由だ!」って言える覚悟が必要だと思うけど。どう思う?」
「いつか貴女とは決着をつけないとなりませんねアヤカさん」
半身になるヒロインモードのスズカは感情を剥き出しにして答えたの。それは今までに感じた事の無い不快な殺気とも狂気とも言える感情だった。
(ようやく、ヒロインモードのスズカの仮面にヒビが入った……)
この本音を聞いた所で、スズカは深い眠りについてしまったの。だから仮面のヒビを広げる事は出来なかったけど、私の目的は達成したわ。ようやく、スタート地点に立てたという感じがする。
眠りについて倒れるスズカをベッドに運び、何となく頬にキスをしたの。仮面のキズが私のキスで塞がれないように……というワケでもないけどキスをしたの。
そして、この翌日に婚約イベントを盛り上げる為のパーティーが開かれたわ。
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