年代記『中つ国の四つの宝玉にまつわる物語』

天愚巽五

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第二夜

年代記『五公国記 盆地の王と獅子の歌姫』

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 砂塵は舞い上がり、粗末な幌を強かに打ちつけている。轟音が幌の中にいる者たちの不安を駆り立てていく。そこにいた二人は幌の中に否応なく入り込む砂から目や口を守るために顔を隠すようにしていた。
 砂粒が幌にあたる音がようやく小さくなる。幌が開かれ顔に綿布を巻いたヴィスが顔をのぞかせた。

「ようやくおさまりました」
「ありがとうヴェス」

 声を出し綿布をずらしたのはビョークであった。日に焼けた様子もないその顔は場違いなほどに幼い。長旅にの疲れた様子はみじんも見せていなかった。

「あとちょっとで大陸行路にでれるそうです」

 結局ヴェスはフーローズを抜けてからも二人についてきていた。湿地帯の南に広がるデンサ山脈の麓を抜けるルートはかなりの大周りになった。フーローズの宗族に所属する邑がいくつか点在していた形跡が残されていたが、ユリシア家の滅亡と共にフーローズの支配力が弱まったためなのか、どの邑も廃墟か住人が極端に少なくなっていた。
 身を隠すには丁度良く、そのままフーローズ領を抜け大陸行路に出るところで、砂嵐に遭遇してしまったのである。

 紅の月の中ごろにデンサ山脈で砂嵐は珍しかった。普段であれば黄の月に変わるころに北風がウル・アリーシャとサウル盆地の砂を巻き上げ盆地の南東を覆いつくすのである。冷たい砂嵐が春を運んでくるのが、ローハン周辺に居座るサルビム・スタルメキア人の原風景である。

 綿布を口元からずらしケイラが息を吐き出した。雷のような砂の当たる音はようやく穏やかになっている。

「ヴェスさん。こんなところまで本当にありがとう」

 ケイラの顔はわずかに焼けてきている。盆地の日差しは勢いを失っていたがそれでも連日日中を旅する者達に降り注いでいた陽の光は、皮膚をわずかずつだが焦がしていく。白かったケイラの顔もわずかばかり赤くなっていた。
 ヴェスの顔の傷もすっかり治っている。フーローズを無事抜けたいまヴェスが彼女らについていく理由はなくなっていた。サウル盆地にも冬の気配が漂い始めている。パリス以南で雪は降らないが、乾燥し冷え切った空気はすぐそこまで感じられるようになっている。

「俺一人ならパリスに戻るくらいわけないです」
「しかし…」

 ビョークはヴェスのわきを抜け幌を開いた。デンサ山脈から果てしなく続くサウル盆地が広がっている。赤茶けた色の靄が少しづつ晴れて、眼下に広がる湿地と荒野、その中を流れるアル・エインの流れが紅の月の高くなった青空に反射して、はっきりとした原色の風景を見せていた。
 澄み渡り冷えた空気の中にビョークは足を踏み出す。東の方角を指さすとそこには人の住む集落群と城壁がうっすらと見えていた。

「モーテシアです」

 ビョークの声に少しだけ疲労の音色が混じっていたようにヴェスは受け止めた。パリスを出てからもう半月以上たっている。フーローズから大陸行路を使えば半分で済んでいたであろう旅路も終わろうとしていた。旧ユリシア領はオルギンの草刈り場となっている。経済・産業・そして人全てをオルギン家はわがものとしようとしているようであった。
 オルギンのかき集めた富はローハンに送られそして数倍になり他国へと売られていくのである。治安はオルギンの利益を守るためだけに担保され、ユリシアに住む民は置き去りにされている。ユリシア家に仕えた宗族たちもオルギン・スカージの被保護下へ入り、細々と生きながらえているのが現状であった。

「うまくいきますかね? その商人の親分さんが街にいたらいいが…」
「おそらく大丈夫でしょう。悲観的になってもしょうがありませんよ。ハルハック一家はモーテシア出身ですが、スパキオを介してローハンの交易をしていますね」

 ハウル・ローの陥落とユリシア家の断絶は商人たちにも影響を及ぼしている。はしこい商売人はすでにローハンに取り入っていた。スカージ家を宗主とするローハンの氏族と諸都市の宗族は旧ユリシア領の商家にも食指を伸ばしている。富とは土地だけではない。殖産産業とそれを専門に商売している商家もまた富を生み出す源泉なのである。切り取り自由となった旧ユリシアの産業にどの宗族も我先へと手を出しているのである。
 ヴェスはユリシア領内で起きていることに想像がまわらない。そこまで見識があるはずもなく、ローハンの臣従する宗族と聞いただけでわずかばかりに拒否感が生まれていた。

「そのスパキオってのはスカージ家の子分なんじゃないんで?」

 ビョークは一瞬の間を置いて、可愛らしい笑顔をヴェスに見せた。

「スパキオは都市の名ですよ。スパキオの宗家はコルネス家です。ケイラさんを送り届ける叔父様のがコルネス家と懇意にされているそうなのです。わたしもハルハックに頼ろうと考えたのはコルネスの名を義兄弟のお二人から聞かされたからなのです」

 ビョークにしてみたらあてはあった。パリスに来る前は都市スパキオに滞在していたこともある。コルネス家に知人はいなかったが、青の歌い手であるビョークの横のつながりはかなり広かった。土地に縛られない彼女たちが生き抜くのに中つ国は非情に過ぎている。
 ヴァルドほどの繋がりは持ちようもなかったが、ビョークがサウル盆地でここまで生きてこれたことはこの人と人との繋がりに助けれられていたことが大きな理由であった。


「さぁ行きましょう。これ以上悪くはならないくらい悪いんです。今更迷っていても仕方ありませんよケイラさん」

 ビョークの言葉にケイラは黙ったまま頷いた。



 この年、サウル・ローハンは比較的気候が安定し、ビョークとケイラの旅はそれほど困難なことは起きなかった。それでも都市スパキオに到達するのは青の月の終わりになってしまうことになる。パリスに戻ったヴェスはマッシュハガ家の統治に陰鬱な日々を過ごすことになるのであるが、それはまた後日の語りとなるであろう。
 パリスはメルシゴナの反乱に悩まされ、ローハンのスカージ・オルギンの介入を受け入れることとなる。パリスの政治腐敗は下層民だけでなく残されたパリス市民に不平等と理不尽を強いることとなり、小さな恨み辛みが積み重なり煮えたぎる怨嗟となる。それは同時にパリスの破局を運命づけていた。




 冷たい青の月がローハンを照らしている。アルザスには雪が振るローハン盆地にある王都にもうっすらと雪が積もり、それが反射して街を奇妙な明るさに包んでいた。
 
 その部屋は白粉と人のアドレナリンと薄い香水の匂いに満ちて、人を酔わせる何かがあった。歳の頃は20代の中ごろであろうか、細身で背の高い男が部屋の扉の前に佇んでいる。髪は灰青色をしてサルビム人っぽくなく色白で顔立ちもどこか北方の民族の風を漂わせていた。男の名はケイプレス・ラヴェリン・オルギン。オルギン家先代宗主カイオー・パリヴィス・オルギンの最後の庶子でこの年22歳であった。
 ケイプレスは華やかな半地下の空気を大きく吸い込み木戸を開く。半地下部屋の住人は巨大な寝台にだらしなく弛んだ体を横たえ、両手には幼い顔立ちの妓女を抱いていた。

「なんだ? こんな時間に」

 寝台の男は禿げあがり左右にわずかに残った頭髪を伸ばしている。椿油で固めた泥鰌髭に重たそうな二重。首か顎がわからないほど弛んだ顔にでっぷりと突き出た腹を見せていた。寝台の女は華奢な上半身に何も着けていない。肉の塊のような男の腕に頭を乗せて、羽毛布団で見えないが下半身に手を添えているようである。

「ジロンより報告がございました」
「田舎の些細な揉め事をわしに聞かせに来たのか?」

 ケイプレスの表情は変わらない。精悍な顔をした青年は目を伏せて探りを入れさせなかった。

「ウル・アリーシャ高地の城塞都市パリスとの交易の件、首尾よくいきそうとのことでございます。イシドロ様」

 イシドロと呼ばれた男は手に持った葡萄酒を一気に呷る。
 イシドロ・パリウィスカ・オルギニアン・オルギン。はるか昔にイェンライと呼ばれ今はオルギニアと名を変えた城塞都市の太守で、スカージ家宰相オルギン家の現宗主の男は、つまらなそうに末弟の報告を聞くことにした。

「ほう」
「かの都市は絹と綿の織物が…」

 激した様子もない。しかしいきなりイシドロは手に持ったギャマンの盃をケイプレスに投げつける。獣の毛皮をなめした敷物に盃があたりケイプレスの足元に転がった。

「つまらん。例の物はどうした!?」

 イシドロは苛立ちを隠さない。ケイプレスは答えをしなかった。

「有ったのか? 無かったのか?」

 パリスにオルギン家の息がかかった交易商グァンジ一家がパリスに入ったのが一年にも満たない。その状況でパリスの現状をつぶさに調べ上げろと言うのは不可能である。しかしオルギン家宗主はその無理難題を当たり前のように求めてきた。

「存在するのかどうかも調べがついておらんのか?」

 なじり捻じ込むような声は、イシドロの人間性が垣間見れる。傲慢さだけではなく生まれたときから他人を使役することに慣れ過ぎたために自分の意思が達成されないことが、すぐに不満となって表れている。

「交易商のグァンジ―からは…」
「名などどうでもよい。下賤の輩の名などに意味はなかろう。ファルカオンの遺物に残されたものが本物かどうかだけでよい」

 先走るイシドロ、唾を飛ばしてケイプレスを無能と決めつけるかのようになじる。庶子に対する宗主の態度とはいえ行き過ぎているようにも見えた。しかしケイプレスの態度は変わらない。イシドロを含めオルギン家の嫡出子が庶子に対する振舞いにケイプレスは幼いころから慣れきっていた。

「宗主、ようやく交易交渉に入ったまででございます。かの地にファルカオンの石板に残された記述通りのものがあるか、それを探るには少々時間がかかりましょう」

 イシドロはケイプレスに気圧された。怒りの中に小心なオルギンの本性が見え隠れしている。憮然として右手を振った。しかしケイプレスは下がろうとしない。

「件の宝珠、探索にはいささか暇も手間もかかりましょうぞ。石板の解読もまだままならぬようでございますからな。そこで宗主…」
「貴様の言う事はわかっておる。どうせ大陸行路のことであろう」
「御意」
「わかった。フーローズから先を急がせろ。交易交渉は貴様に任せる。王にはわしから伝えておく」

 ケイプレスはニンマリとした。若い庶子の中にあるどす黒い気が吐き出されたようであった。イシドロはその表情に満足した。庶子であるケイプレスを重用しているのはこの底暗い欲望を隠さないところが気に入っているからである。ケイプレスのいやらしい笑みを見るとなぜかイシドロは安心して任せる気になり、そしてその仕事をケイプレスは間違うことなく全うしてきている。

「半年だケイプレス。半年で始末をつけろ。宝珠もだがまずはその田舎町をオルギンで独占してみせろ。いつでも仕掛けれるようにな」
「御意」

 ケイプレスの返答にイシドロは再度手を振った。要件は終わったとイシドロは意志を示した。




 半地下を抜け出しオルギン宗家の館から黒い影がゆらりと出てくる。灰褐色のコートを頭からかぶったケイプレスは乾いたローハンの風を顔にうけていた。満足したその顔から一瞬に表情が消える。指先には小さな青石の指輪がはめられ夜の闇に溶け込んだようなどす黒い瑠璃色をたたえていた。
 ケイプレスはオルギン宗家に上る坂を下りる。その先には巨大な神殿が見えていた。坂を降りきると乾いた大地が続いている。古来この場所に湖があったと言われても想像もつかない。

 ローハンはジャザナス湖に突き出た五つの丘に作られた城塞都市であったが、長い開発と人の流入によってその形を変えづつけてきた。城壁内に人が住み着き住居が狭くなるにしたがって外へ外へと居住区は広がりさらに城壁も伸ばされていったのであるが、その中心にある湖もまた開発されることとなる。
 黄玉と治水の技術により、ジャザナス湖はローハンの下層にある広場の一角で、湧き水のような姿でわずかに残っているだけであった。

 中産市民の居住区となった湖の底をケイプレスは早足に進んでいく。その先にはさらに小高い丘が姿を現した。丘の下には石造りの建築が隙間なく並び、その中央には石畳で敷き詰められた巨大な市場の入り口が目に留まる。ケイプレスの視線はその先にある丘、巨大な神殿へと注がれていた。
 ローハンのエル・アウラ・カー神殿は月明かりに照らされ奇妙なまでにぼやけた輪郭を闇の中に浮きだたせている。ユフラス中流から下流に広がる山岳信仰をハーン王と五人の男たちが持ち込み小さな祠を立てたところから、ローハンのエル・アウラ・カー信仰は始まっているとされているが、実際のところはよくわかっていない。宗家スカージもまたこの黄金の牡牛の姿をした神を信仰し、その神から神託をうけ王となった。
 どこまでが真実でおそらくほとんどが偽りなのであろうが、ローハンの民は皆それを信じている。

 ケイプレスは神殿を見上げ跪く。掌を空へ向け何かを捧げるような仕草を神殿に向かって行った。

「主よ…。我が主、我が導きの星…」

 埃まみれで土がむき出しの地面に額を着ける。非常に奇妙な姿であった。スタルメキア人だけでなく中つ国でこのような拝礼をエル・アウラ・カ―にする者はいない。最高神エル・アウラ・カーは神々の主神であり本来は山深い場所に神霊が存在するとされている。
 
 ローハンは中つ国のまさに中心のような都市国家で、多種多様な民族、部族、宗族が入れ替わり立ち代わり入城し、住み着きそしてどっかへと旅立つか途絶えることを繰り返している都市である。
 そんなローハンでもケイプレスの拝礼の作法はどこにもなかった。王に対する礼よりも深く長い。全てを投げ出したかのような姿で石のように最高神に祈りを捧げている。

「神託を…主よ。我が主よ、我に預言を…」

 ほとんど言葉にならないほど小さな呟きを地面に向けて吐き続けている。しかしケイプレスの祈りはどうやら届かなかったらしい。おもむろに額を地面から離すと立ち上がる。その表情はどこか恍惚としたものが浮かんでいた。




 スカージ歴776年、後世の歴史家たちの中にには、中つ国の歴史はこの年動き始めると自説を超え高に述べる者達もいる。
 ローハン・パリス間の交易が始まりウル・アリーシャにまでスカージ・オルギンの権益が広がったこととパリス宗家セリウィス家が自主権を失い、スカージ家の宗法の影響下に置かれる発端になった年という歴史の定義をきめつけているからであった。
 
 歴史の定義を論ずることにどれほどの意味があるかはわからないが、少なくともこの後、一年を待たず大陸行路はパリスまで繋がりサウル盆地南部が巨大な交易圏となる。
 旧ユリシア領の状況はそれほど変わらなかったが各所都市とその宗族たちは、平和と安定のためにますますオルギン家に付き従い仮初の平和を享受していく。しかしオルギンの貸した重税と賦役、各都市の統治者たちの妥協が生み出してしまった賄賂と依怙贔屓はサウル盆地の民たちにローハンに対する怨嗟をアルザスの雪のように積もらせていくこととなる。
 スカージ・オルギンへの恨みが解放者を望む声になるのにはそれほど時間はかからなかった。








 


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感想 1

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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.10.26 天愚巽五

ありがとうございます。ご感想に今ようやく気付くというやる気のなさですみませんw

解除

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