鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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未来のために

子供達の方か大人

二人で会うようになってから、一年が過ぎようとしていた。

最初は短いお茶の時間から始まった関係は、季節が巡るたびに少しずつ形を変え、今では週に数度、当たり前のように顔を合わせるようになっていた。

子どもたちとも、自然に言葉を交わせるようになった。
ティモシオとは時折真面目な話をすることもあり、リヴィオとは小さな冗談を交わして笑い合う。
カタリーナとの間にも、かつて失ったはずの安心とぬくもりが、静かに育っていた。

だが
それでも、口にできない言葉がひとつだけあった。

(いつ言えばいい……?
 もう一緒に暮らしませんかと──)

迷いがないわけではなかった。
だが、慎重になりすぎている自分にも、どこかもどかしさを感じていた。

カタリーナの微笑みを見るたびに、彼女を守りたいという想いは強くなるばかりなのに、いざその想いを口にするには、まだほんの少しだけ勇気が足りなかった。


その日、カタリーナは久しぶりに子どもたちと一緒にキッチンに立ち、三人で夕食の準備をしていた。

「ねえ、母様。今度またダリオさん、来るの?」

リヴィオが包丁を握りながら、ふとそんなことを聞いてきた。

「うん。来週の日曜、昼に。ティモシオの好きなあのパスタが食べたいって言ってたわ」

「ふーん。……だったら、お昼じゃなくて、朝から来てくれればいいのに」

「……朝?」

「うん。だって、朝ごはんも一緒に食べたら、もっと家族っぽくない?」

カタリーナは思わず手を止め、ティモシオと顔を見合わせた。
ティモシオはすこしだけ照れくさそうに笑いながら、ぼそりとつぶやいた。

「俺も……そう思ってた。最近、リヴィオのほうが先に言うけどさ」

それを聞いたとき、カタリーナの胸に何かあたたかいものがこみ上げてきた。

家族っぽく。

かつて遠くに置いてきたはずのその言葉が、今、こんなにも自然に、目の前の小さな日常にあふれている。
それを聞いたとき、カタリーナの胸に、じんわりとあたたかいものがこみ上げてきた。

それはきっと、
子どもたちも「もう一緒に居てくれていいよ」と、
ダリオの存在を受け入れてくれているということなのだろうか。

明確に言葉にされなくても、その思いは確かに、胸に届いていた。


***

その夜。
リヴィオとティモシオが眠ったあと、カタリーナは静かに便箋を広げた。

書こうと思っていたのではない。
けれど、無意識に手がペンを取り、言葉がつむがれていく。

《リヴィオが、“朝ごはんも一緒に食べたい”って言ったんです。
その言葉が、胸に残っていて……。
きっと、あの子たちなりに、あなたのことを大事に思ってくれているんだと思います。
私も、そうです。》


書き終えた便箋を胸に当てながら、カタリーナは目を閉じた。

夜の静けさの中で、もう迷いはなかった。

カタリーナから届いた手紙を、ダリオは何度も読み返していた。

《リヴィオが、“朝ごはんも一緒に食べたい”って言ったんです。
その言葉が、胸に残っていて……。
きっと、あの子たちなりに、あなたのことを大事に思ってくれているんだと思います。
私も、そうです。》

文字の一つひとつが、彼の胸にやさしく染み渡っていく。
まるで、時間をかけて丁寧に編まれた毛糸のように、言葉が心をあたためていく。

(……俺は、何をぐずぐずしてたんだろう)

子どもたちは、もうちゃんと答えを出していた。
“来てほしい”という気持ちを、まっすぐに言葉にして、母に伝えていた。
それなのに自分は、何かあったらどうしようと、うじうじと慎重になりすぎていたのだ。

(感謝しなきゃな……リヴィオにも、ティモシオにも。
 俺よりずっと素直に、大切なことを言ってくれていた)

思わず笑みがこぼれた。

(……本当に、男らしくないよな。いつまでも迷ってばかりで)

それでも今なら言える。
今なら、心から伝えられる。

(すぐにでも、カタリーナのところへ行きたい)
その想いが、胸の奥からあふれ出す。
気づけば手は、ジャケットに伸びていた。

彼は小さく息を吸い、玄関に向かった。
もう迷いはない。伝えたい言葉が、胸の中にしっかりとあった。

日が傾き始めた午後遅く、カタリーナの家の門前にダリオの姿があった。
緊張がないわけではない。けれど、心は不思議と静かだった。

今回は、迷いがなかった。

扉を開けたのは、カタリーナ本人だった。
驚いたように目を瞬かせ、すぐに微笑む。

「……どうしたの?」

「手紙を読んで、いても立ってもいられなくなって。」

ダリオはまっすぐに彼女を見つめて、少し息を整えた。

ダリオはまっすぐに彼女を見つめて、少し息を整えた。
けれど、すぐには言葉を発さなかった。

その代わり、ほんの少しだけ微笑んでから、静かに切り出す。

「今度、僕の休みの日に……少し、出掛けませんか?」

「……え?」

カタリーナがきょとんとした表情を見せると、彼はゆっくりと続けた。

「ちょっと遠出になるけど、雰囲気のいい場所なんだ。前から、あなたと行けたらいいなって思っていた。二人きりで、少しゆっくり話したいこともあって」

「……うん。わかったわ」

少し不思議そうにしながらも、カタリーナは頷いた。

その頷きに安堵しながら、ダリオの胸には、まだ言葉にしていない想いが静かに灯っていた。

あの日、もう会えないと思っていた人に、再びめぐり逢えた奇跡。
それは偶然なんかじゃない。運命と呼べるほどの再会だった。

だからこそ、今度こそ伝えたい。

“これからは、片時も離れず、ずっと一緒にいたい”

その想いを、言葉だけじゃなく、形にもして伝えるために
彼は数日前、カタリーナのために一つの指輪を選んでいた。

それは華美なものではなかったが、彼女の指に一番似合うと感じた、優しくて静かな輝きだった。

彼女がそれを受け取ってくれるかどうか、今はまだわからない。
けれど、想いを込めて伝えることだけは決めていた。

(ずっと一緒にいたいと、思っているんだ)

ダリオの中で、その言葉はもう、何度も何度も繰り返されていた。

あの時も、同じだった。

まだ若くて、不器用で。
想いをうまく伝えられなかったあの頃。
ただ傍にいたい、それだけだったのに、言葉にする勇気が足りなかった。

そして、時は流れ、ふたりは離れた。

けれど今は違う。

もう後悔はしたくない。
伝えたい言葉がある。今度こそ、まっすぐに。

(あの時の想いは、消えてなんかいなかった。
 むしろ、今のほうがずっと強く、確かにここにある)

何年も心の奥にしまっていた想いが、ようやく陽の光の下に出てくるようだった。

カタリーナの手を取り、そっと指に指輪をはめるその瞬間を想像する。
それは、未来へとつながる“はじまりの証”になるだろう。

彼女と子どもたちと、同じ屋根の下で過ごす毎日。
それはもう夢ではなく、目の前にある現実なのだと。


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