黒き死神が笑う日

神通百力

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給食

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「皆が大好きなカレーだ……わぁっ!」
 沙織さおりはつまずき、カレーをぶちまけた。カレーは黒板や床に飛び散った。
「お前、何カレーをぶちまけてくれてんだよ! 今日の給食はカレーだけなんだぞ! 白ご飯だけで食べろってのかよ! まあ、それだけでも十分美味しいけど、カレーの口になっていたところに白ご飯だけという現実を突きつけられたら、がっかりする」
 私は床にぶちまけられたカレーに思いをはせながら、無事に教室にたどり着いたご飯に視線をやる。ただし、ご飯の鍋を持ってきた静香しずかはカレー塗れで無事ではないけれど。
 沙織の前にいたから、もろにカレーを浴びてしまっている。しかし、動じることなく、平然とお椀にご飯をよそっている。何という精神力だ。カレーが輝いているようにさえ見える。
「大丈夫だよ。三秒ルールがあるからね」
 沙織は詫びることなく、グッと親指を突き上げた。ほんの少し殺意が沸いた。
「土足で踏み歩いているんだぞ。三秒以内であったとしても、砂塗れのカレーなんて食べたくねえわ」
「大便だと思って食べればいいんだよ。ほら、カレー味のウ〇コとウ〇コ味のカレーならどっちがいいってあるでしょ?」
「何が悲しゅうてカレーを大便だと思って食べなきゃならないんだよ」
 そんな心持ちでカレーを食べる勇気なんて私にはない。カレーはカレーだと思って食べたい。カレーを大便だと思って食べたくない。そもそもウ〇コ味って何だよ。どんな味なんだよ。これといって味がしないのなら、カレー味のウ〇コよりはウ〇コ味のカレーの方がまだマシかもしれない。見た目はカレーなわけだから。
「大便って……意外と下品なんだね、鈴子すずこは」
 沙織は信じられないという目で私のことを見てきた。殺意の度合いがワンランクアップした。
「お前が言い出したことだろ!」
「え? そんなこと一言も言ってないよ? ね、皆?」
 沙織はクラスの皆に同意を求める。
『うん』
 あろうことかクラスの皆は即答した。私の味方は誰一人としていなかった。
「てめえらグルか!」
『え? 違うけど』
 クラスの皆はポカンとした表情で私のことを見つめる。それもそうか。沙織を含めて誰もこんな状況になるとは思っていなかったはずだ。クラスの皆は沙織のノリに乗ってあげたに過ぎない。
「カレーを大便だと思って食べたくない鈴子に提案です。私が今朝食べたものをあげる」
 沙織は口に手を突っ込んで、今朝食べたものを吐き出そうとする。私は慌てて沙織を止めた。
「吐瀉物を食べるくらいなら、砂塗れのカレーを食べる方がまだマシだ」
「え? でも砂に塗れていないし、食べ物だよ?」
「胃液に浸かったものを食べろってのか? 自分の吐瀉物でも嫌なのに、他の奴の吐瀉物なんて食べれるかよ」
 それに嘔吐する姿なんて見たら、私まで吐いてしまいそうだ。
「でも吐瀉物って見た目はシチューにそっくりだし、ほんの少し見た目が荒いシチューだと思えば大丈夫だよ」
 全然大丈夫じゃない。シチューは美しい白だが、吐瀉物は濁ったような白だ。同じ白でも輝きが違う。シチューの白が十の輝きだとすれば、吐瀉物の白はゼロの輝きだ。つまり輝いていない。料理において見た目の美しさは重要だ。
「そういう問題じゃない。人が口に入れたものを食べたくないんだよ」
「……鈴子って潔癖症なんだね。でもね、生きるか死ぬかの状況なんだよ。そんなわがままが通るとでも思っているの?」
「そんな状況じゃないから言ってるんだよ。さすがに生きるか死ぬかの状況なら、吐瀉物でも何でも食べるよ。ってか潔癖症じゃねえし」
 潔癖症とか関係なしに誰でも吐瀉物は食べたくないと思う。何か食べなければ死ぬ状況でもない限り、進んで吐瀉物を食べようとはしないだろう。
「そっか。でも、昼食はどうするの? 砂塗れのカレーを食べるか吐瀉物を食べるかくらいしかないよ。あとはあんまりおすすめできないけど、白ご飯を食べるしかないよ」
「それが一番おすすめできるだろ。その中でまともに食べれるのは白ご飯だけだ。カレーは砂さえついていなければ食べれるけど。吐瀉物は論外だ。こんなのは食べ物じゃない。かつて料理だったものの残りカスだ」
 沙織がつまずきさえしなければ、今頃美味しいカレーを食べれていただろうに。なんで何もないところでつまずいたりするんだ。
「残りカスなら食べれるんじゃないの? 的外れなことを言うかもしれないけど、皿に残った野菜の切れ端やお椀に残ったご飯粒みたいな感じじゃないかな? もしそうなら食べれるでしょ」
「見た目の問題があるだろ。あの見た目では食欲が失せる」
「ああ言えばこう言うんだから……ん? どうしたの、静香?」
 静香は沙織の肩を叩いていた。手にはお椀を持っている。白ご飯がふんわりと盛られていた。
「私も砂塗れのカレーは食べたくないけど、吐瀉物なら食べれるかもしれない。砂はついていないし、食べ物だから。そこでお願いがあるんだけど、白ご飯の上に吐いてくれないかな?」
「うん、いいよ。その代わり、静香の吐瀉物を私にくれる?」
「うん、あげるよ」
 沙織は静香のお椀に、静香は沙織のお椀に吐いた。吐瀉物が腕を伝って、ご飯の上にビチャリと落ちた。
 私は二人の行動に寒気を感じずにはいられなかった。まさか、本当に吐瀉物を食べるつもりなのか?
「オエッ!」
 私は嘔吐してしまった。しかし、吐瀉物が床に着地することはなかった。何を思ったのか、沙織はお椀で私の吐瀉物を受け止めていた。
「鈴子の吐瀉物を食べたい人は手を挙げて」
『はい!』
 男子が一斉に手を挙げた。男子の変態ぶりに引いたが、少し嬉しくもあった。私の吐瀉物を食べたいと思ってくれている男子がこんなにもいる。吐瀉物なんて汚いものなのに。だからといって恋愛に発展することはない。嘔吐を強要させられたら嫌だし。
「それじゃ、白野しらのくんにあげるね。白野くんは自分の吐瀉物を鈴子にあげてね」
「え? 私も食べるのか?」
「当たり前でしょ。自分の吐瀉物はあげといて、白野くんの吐瀉物を食べないのは失礼だよ」
 勝手にあげといて何を言っているんだ。嬉しい気持ちはあったが、吐瀉物は食べたくない。しかし、ここまで来たら食べないわけにはいかないか。
 私は静香からお椀を受け取り、白野に吐いてもらった。
「全員に吐瀉物ライスは行き渡ってる?」
『うん』
 沙織の問いかけにクラスの皆は頷いた。まずそうなネーミングだが、まさにそうだから、しっくりくる。
『いただきます!』
 私は意を決して吐瀉物ライスをパクリと食べた。
『……意外にイケるかも』
 思っていたよりも不味くなく、私も含めて全員完食した。

 翌日から給食のメニューに吐瀉物ライスが書き加えられた。


 ※黒板や床にぶちまけられたカレーはスタッフ(給食のおばさん)が美味しくいただきました。
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