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星聖エステレア皇国編

心より生きる

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 男達がキャビンの幕を捲る。その下にはあったのは檻そのもので、中にはソイル王廟で見たよりも幼い少女が囚われていた。
 もう黒だ。
 隣にいたオージェが飛び出そうとして、ノーヴに止められる。

「待ちたまえルジー! 奴等はあくまで売買人。ここで奴等を捕らえても諸悪の根源は逃げるだろう」
「だから泳がせろってか! あの子、見るからに衰弱してるぞ。その間に死んじまう!」
「しかし大元を叩かねばこの光景は繰り返されるだろう。これからも、今まで通り。我々の選択肢は二つだ。今ここで少女を救うか、大元を突き止めるか」

 それは事実上、少女を救って大勢を見捨てるか、少女を犠牲に大勢を救うかということで。

(そんなの、そんなの……厳し過ぎる!)

 檻の中では、いとけない女の子がぐったり柱にもたれ掛かってる。表情まではうかがえないけれど、彼女は奇妙なぐらい身じろぎをしない。
 一方、男達が何か話している様子が見られる。でも内容までは聞き取れない。

「…ノーヴ、もう少し近付けないかな。ひとまず彼らの話を聞いてみたいの。あの子の様子もよく見たい」
「ではもう少しだけ」

 ノーヴに続いて樹々や岩の陰を上手く使いながら、男達の背後へ忍び寄る。生い茂った草がかえってわたし達の足音を消してくれた。

「チッ! このガキ何も食おうとしやがらねぇ」
「押し込むか。……いや、買人(かいにん)もまだ来ないようだし、一旦中に入れるのはどうだ。星詠み同士で安心して食い出すかもしれんぞ」
「手間かけさせやがって」

 聞こえてきた話は真っ黒もいいところだった。
 一人が檻の扉を開き、まるで荷物みたいに女の子を抱えて下ろす。どこにでもいそうな少女の格好だ。言われなきゃ星詠みだなんて分からない。
 中っていうのはきっと岩穴の先の事だ。
 固唾を飲んで見守るわたしに、ノーヴが囁く。

「貴方の旅だ。貴方が決めると良い」

 ……わたしの旅……。
 ウラヌス達のためになる事がしたい。なら、よりたくさんの人を救った方が良いはず。だけどあの子にまだ犠牲を強いるの?
 分からない。ウラヌスならどうするだろう。彼なら……。
 焦る気持ちがわたしを思考の渦に落とそうとする。その時、ふいに女の子が小さく身じろいだ。

(え……)

 流れた髪の隙間、その奥から覗いたあどけない瞳が、わたしを見る。そしてーー薄っすらと力なく微笑んだ。
 わたし達に、気付いてる。
 気付いていて、助けを求めてこない。とても怖い状況に置かれているはずなのに。

(……ウラヌス、ごめんなさい。わたし、これ以上あの子を放って置けない)

 静かな表情のノーヴと、固い表情のルジーに向いた。

「あの子を助ける! でも大元も、叩きたい!」
「良しきた!」
「おっしゃると思いました。ちょうど買人も来たことですし、制圧しますか」

 わたしの返事に待っていたとばかりに二人は売買人へ向かって行った。気付いた男達が戦いの構えを取ろうとしたけれど、それより早くルジーが殴り、ノーヴが蹴り伏せる。
 あっという間だった。鮮やかな技術で男達は大地に寄り添っていく。

「貴様等、何モンーー!」

 言い掛けた最後の一人は、ノーヴの掌底が顎に命中して宙に舞う。彼が地に伏せると、伸びた売買人の群れが完成した。

「大丈夫!?」

 解放された女の子に駆け寄って抱き起こす。見た目よりさらに身体が軽くてびっくりした。
 女の子はわたしに寄り掛かって、わたしを一心に見つめる。そして小さな口を懸命に開いてくれた。

「きてくれるって、しってた……」
「え……?」
「おねえちゃん」

 ふくふくの手がわたしに縋り付く。初めて会ったのに、安心しきった表情で。
 膝を突いて女の子を見下ろしたオージェが感心した声を上げる。

「星詠みさまは未来を視るって、本当だったのか!」
「未来を…? この子はわたし達が来るって知ってたって言うの?」
「ああ。エイコが自分を見捨てないって、知ってたんだ」

 わたしが助けるって分かってた。そしてその未来は変わらないと信じていた。ずっとその時を、待ってくれていたんだ。この子は。
 疲労と極度のストレスからか顔色が悪い。頬を優しく撫でると擦り寄ってきた。
 ……これで他の星詠みの人達への道は遠のいてしまったんだ。でもこの子を助けたことに後悔はない。
 自分の中に、ウラヌスやオージェのためだけじゃない想いが湧いてくるのを感じる。わたし……怒ってる。

「許せない……平気で他者の尊厳を奪う人達」

 ルジーとオージェが売買人を縛ってくれている中、女の子をそっと寝かせて穴に入る。
 とても暗くて湿っぽい。でも中は狭くて、すぐに頼りない灯りに照らされた牢が見えた。

「……だれ?」

 無音の空間に響いた、似つかわしくない幼い声。パライオ大森林は何処を切り取っても生命に満ち溢れているのに。ここに在るのは無機質な冷たい檻。
 その向こう、小さなランプと毛布だけを置かれた粗末な場に、表の女の子とそう変わらない年頃の男の子がいた。

「……っ、助けに、来たよ」

 胸が詰まって上手く言葉が紡げない。
 どうしてこんな小さな子達が犠牲になるの? 星詠みって、そんなに貴重なの? 誰が求めているの?

 ーーエステレア城にいた<異界の星詠み>はあんなに大事にされている様子だったのにーー。

 男の子は事を理解していない様子でわたしを見上げている。その頬は痩けていた。

「きみはいつからここにいるの?」
「わかんない……」
「…前はどこにいたの?」
「……ここみたいなところ……」
「……お姉さんと出て行こっか。帰ろうね」

 わたしの言葉に彼の心が動いた様子はない。閉ざして、しまったのかな。
 女の子を抱えてルジー達が入って来る。ノーヴは鍵を持っていて、ようやく牢は開かれた。男の子を抱き上げても抵抗されない。というより、無気力だ。
 でも女の子を見て目を瞬いた。女の子はつらいだろうに優しく微笑む。

「こんにちは、わたしカシアペ。おうち、かえれるよ。いっしょにかえろ」
「……かえれるの? ママのとこ、かえれるの……?」
「うん。かえれるよ」
「…!!」

 大きな瞳がみるみる潤んでいく。泣き出した男の子を抱き締めて、わたしはただ震えた。
 今すぐに、全てを救いたい。そんな事出来るはずがない。でもこれは、第一歩だ。この世界でのわたしの第一歩。

(もっとこの世界のこと、知りたい)

 他ならぬわたしの人生を、歩むために。
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