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世界救済編
真白な己を始めても
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「かつて地上を焼き尽くした禁忌の結晶体、人の罪そのものです」
声が……出ない。とんでもない物が今なお在る。動いている。
嫌な仮定が立った。謎の枯渇が進むエレヅ、その最たる穀倉地帯。鳥一つ飛ばない異形が棲む荒地。わたしの頭の中を覗いたように、エウティミオの話は移る。
「この山の麓は、死んでいたでしょう。一番兵器の被害を受けた土地です。長い時を経てゆるゆると、実害が現れてきたのです」
「待て。では、エレヅ内の枯渇は全て、あの兵器が原因か」
「砲撃の着弾地なのでしょう」
「まだ動いている。何故破壊していないのだ」
「壊すすべが、解らないからです」
「何故……何故そなたはそんな事を知っている!?」
ローダーの咆哮に、それを聞きたくてしょうがなかったと思い出した。
「それは、わたしが古代大戦時代のエステレア皇子殿下と異界の星詠みさまの血を引く者だからです」
え……えーーー!?
「つまり……」
オージェが恐々とウラヌスを見る。当人は唖然とエウティミオを見ていた。
「おれの血縁……か……?」
だから、色が似ている……?
「はい。最初のエウティミオはこの地へ残り、ひっそりと歴史を受け継いできました。その甲斐はあったようです。下界では、大戦の記憶もアザー誕生の記憶も抜け落ちてしまったようですね。大戦後、人々はかつて聖地であったここを、穢れた地と厭ったそうです。彼らは大戦の記憶を忌み、忘却の彼方へ追いやったのでしょうか? それとも、幾度か文明が滅びかけたのでしょうか?」
「……君は末裔なのだな。ずっと、ここへ?」
「山を降りたことはありません。ごらんの通り、我々は砲撃の影響か独自の変化を遂げました。異形で頑丈……長い生。あなた方もこの地で世代を重ねれば、やがては同じになる」
そこまで話すとエウティミオはひと段落とばかりに一つ息を吐いた。そしてわたしを見る。
「代々のエウティミオの起源となる、異界の星詠みさま。同じ存在である、あなたと少しお話してみたいのです。……二人でゆっくりと」
「わ…わたしと……?」
ちらりとみんなをうかがった。ウラヌスも頷いてくれて、ならばと肯首する。そこで初めてエウティミオが少しだけ微笑った。
「ありがとうございます。どうぞ、こちらの部屋へ。みな様はごゆるりとお過ごしください」
案内された部屋からは白しか見えない。美しいとも、退屈ともいえる光景が青空と共に続いていた。
「先程の話には抜けがあります」
人形に魂が入ったかのように、突然語りに感情がこもったエウティミオ。
ゆっくり話したいと言うので、思い出話やたわいもない談笑かと思えば。二人になるやいなや、穏やかではない切り口で密談が始まった。
「え…?」
「我々がこの地に居続けたのは、大戦とアザー誕生の記憶を継ぐためではありません。あなたに大切な真実をお伝えするためです。よろしいですか、決して誰にも、エステレア皇子にも話してはいけません」
「な、何? 突然」
戸惑いにも構うものかとエウティミオは身を寄せて、ハッキリと告げた。
「異界の星詠みさまは、元の世界へ帰れるのです。お役目さえ終われば、望めば星が帰してくださる」
かえーーれる?
にわかには信じがたい言葉に、時が歪む。目眩にも似た感覚の後、徐々に鼓動が速まっていくのを感じた。
「ど……どうして言ってはいけないのですか?」
「それこそが我々がこの地へ逃れてきた理由だからです。大戦終結後、星詠みさまは帰りたがった。しかし周囲はこれを拒み、帰郷の儀式は上手くいかず。さらに星詠みさまはご自身が身籠ったことを悟りました。知られれば、ますます帰郷を拒まれると考え身重を秘して逃げたのです」
「……」
「幾人かの従者を連れ、辿り着いたのがこの地……。人々に忌み嫌われるここは絶好の隠れ家でした。ようやく落ち着いて儀式を執り行えると思った。ですがその前に、赤子が生まれたのです」
「……帰らな、かった?」
「いいえ。儀式は行った。けれど星はこの世界で生まれた子を異界の者とは認識せず、星詠みさまだけが帰されました」
その時の赤子が、このエウティミオに繋がるーー。
彼は名と記憶を継ぎながら、星詠みを待っていたのだ。星詠みだけに<真>を告げるために。星詠みのために。
「星は帰郷を、許してくれるのですね」
「そもそも、召喚はエステレアが独自に生み出した技術。星は呼び出される者のため、お力添えくださっているに過ぎません」
「…そう……なんですか……」
異界の星詠みが持つ力もまた、星詠みのために星が授けたものであったわけだ……。
大切にされるように。生き延びられるように。
「ーーありがとうございます。星は、わたしのためにここへ導いてくれたのですね」
装った平静の中に、動揺が混じる声。
帰れる。
帰れるのだ、異界の星詠みは。
元の世界へ。
「帰りたくなったら、ここを訪ねてください。我らで儀を執り行わせていただきます」
「……ありがとうございます」
なんと健気な存在なのだろうか。これを伝えるためだけに、気の遠くなる時をこの隔絶された世界で過ごしてきたなんて。
使命を果たし、誇らしげにエウティミオは笑んだ。
「旅のご多幸を祈っております」
星詠みを想う声。
その温度を耳に流しながら、吹き付ける風に白い息を吐いた。
声が……出ない。とんでもない物が今なお在る。動いている。
嫌な仮定が立った。謎の枯渇が進むエレヅ、その最たる穀倉地帯。鳥一つ飛ばない異形が棲む荒地。わたしの頭の中を覗いたように、エウティミオの話は移る。
「この山の麓は、死んでいたでしょう。一番兵器の被害を受けた土地です。長い時を経てゆるゆると、実害が現れてきたのです」
「待て。では、エレヅ内の枯渇は全て、あの兵器が原因か」
「砲撃の着弾地なのでしょう」
「まだ動いている。何故破壊していないのだ」
「壊すすべが、解らないからです」
「何故……何故そなたはそんな事を知っている!?」
ローダーの咆哮に、それを聞きたくてしょうがなかったと思い出した。
「それは、わたしが古代大戦時代のエステレア皇子殿下と異界の星詠みさまの血を引く者だからです」
え……えーーー!?
「つまり……」
オージェが恐々とウラヌスを見る。当人は唖然とエウティミオを見ていた。
「おれの血縁……か……?」
だから、色が似ている……?
「はい。最初のエウティミオはこの地へ残り、ひっそりと歴史を受け継いできました。その甲斐はあったようです。下界では、大戦の記憶もアザー誕生の記憶も抜け落ちてしまったようですね。大戦後、人々はかつて聖地であったここを、穢れた地と厭ったそうです。彼らは大戦の記憶を忌み、忘却の彼方へ追いやったのでしょうか? それとも、幾度か文明が滅びかけたのでしょうか?」
「……君は末裔なのだな。ずっと、ここへ?」
「山を降りたことはありません。ごらんの通り、我々は砲撃の影響か独自の変化を遂げました。異形で頑丈……長い生。あなた方もこの地で世代を重ねれば、やがては同じになる」
そこまで話すとエウティミオはひと段落とばかりに一つ息を吐いた。そしてわたしを見る。
「代々のエウティミオの起源となる、異界の星詠みさま。同じ存在である、あなたと少しお話してみたいのです。……二人でゆっくりと」
「わ…わたしと……?」
ちらりとみんなをうかがった。ウラヌスも頷いてくれて、ならばと肯首する。そこで初めてエウティミオが少しだけ微笑った。
「ありがとうございます。どうぞ、こちらの部屋へ。みな様はごゆるりとお過ごしください」
案内された部屋からは白しか見えない。美しいとも、退屈ともいえる光景が青空と共に続いていた。
「先程の話には抜けがあります」
人形に魂が入ったかのように、突然語りに感情がこもったエウティミオ。
ゆっくり話したいと言うので、思い出話やたわいもない談笑かと思えば。二人になるやいなや、穏やかではない切り口で密談が始まった。
「え…?」
「我々がこの地に居続けたのは、大戦とアザー誕生の記憶を継ぐためではありません。あなたに大切な真実をお伝えするためです。よろしいですか、決して誰にも、エステレア皇子にも話してはいけません」
「な、何? 突然」
戸惑いにも構うものかとエウティミオは身を寄せて、ハッキリと告げた。
「異界の星詠みさまは、元の世界へ帰れるのです。お役目さえ終われば、望めば星が帰してくださる」
かえーーれる?
にわかには信じがたい言葉に、時が歪む。目眩にも似た感覚の後、徐々に鼓動が速まっていくのを感じた。
「ど……どうして言ってはいけないのですか?」
「それこそが我々がこの地へ逃れてきた理由だからです。大戦終結後、星詠みさまは帰りたがった。しかし周囲はこれを拒み、帰郷の儀式は上手くいかず。さらに星詠みさまはご自身が身籠ったことを悟りました。知られれば、ますます帰郷を拒まれると考え身重を秘して逃げたのです」
「……」
「幾人かの従者を連れ、辿り着いたのがこの地……。人々に忌み嫌われるここは絶好の隠れ家でした。ようやく落ち着いて儀式を執り行えると思った。ですがその前に、赤子が生まれたのです」
「……帰らな、かった?」
「いいえ。儀式は行った。けれど星はこの世界で生まれた子を異界の者とは認識せず、星詠みさまだけが帰されました」
その時の赤子が、このエウティミオに繋がるーー。
彼は名と記憶を継ぎながら、星詠みを待っていたのだ。星詠みだけに<真>を告げるために。星詠みのために。
「星は帰郷を、許してくれるのですね」
「そもそも、召喚はエステレアが独自に生み出した技術。星は呼び出される者のため、お力添えくださっているに過ぎません」
「…そう……なんですか……」
異界の星詠みが持つ力もまた、星詠みのために星が授けたものであったわけだ……。
大切にされるように。生き延びられるように。
「ーーありがとうございます。星は、わたしのためにここへ導いてくれたのですね」
装った平静の中に、動揺が混じる声。
帰れる。
帰れるのだ、異界の星詠みは。
元の世界へ。
「帰りたくなったら、ここを訪ねてください。我らで儀を執り行わせていただきます」
「……ありがとうございます」
なんと健気な存在なのだろうか。これを伝えるためだけに、気の遠くなる時をこの隔絶された世界で過ごしてきたなんて。
使命を果たし、誇らしげにエウティミオは笑んだ。
「旅のご多幸を祈っております」
星詠みを想う声。
その温度を耳に流しながら、吹き付ける風に白い息を吐いた。
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