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初恋は気づかぬまま散った(10年後。さ何とか君視点)
初恋は気づかぬまま散った10
しおりを挟む業者待合室は一部ガラス張りで、扉を開けずとも外からでも中の様子が伺える設計になっている。
だから、近くに差しかかった瞬間、すぐにその姿が視界に飛び込んできた。
「………っ」
待合室にいた業者は、三人。
あからさまに忌避の眼差しを送る他の業者を一顧だにすることもなく、その高い背を壁に預けながら、凜と佇むその姿に、息を呑んだ。
『………あー、最悪だ。今日も畑仲の営業と待合室で会っちまった』
『気持ち悪いよなあ。あいつ。Ωの癖に、αみたいな見かけで。……ったく、ΩならΩらしく、家に籠もって旦那のαに寄生していろっつーの』
何故、さっきの男達は、あんなことを口にできたのだろう。
気持ち悪い等と、顔を顰めることが、できるのだろう。
俺は、咄嗟に待合室から見えない角の壁に背をつけると、片手で口元を覆った。
顔が、熱くて、心臓がうるさい。
10年ぶりに見た翔の姿は………何というか、「美しかった」。
基本的には、あの頃とは何も変わっていない。高い背も、引き締まった体も、男らしい端正な顔立ちも、昔のまんまだ。
だがそれでも………匂いが無くても分かるくらいに、今の翔はΩだった。αには無い、Ω特有の艶と柔らかさが、全身から滲んでいた。
普通なら同時に持つはずがない「α的な部分」と「Ω的な部分」を、両立させている翔の姿は、一目で視線が引き寄せられる程異質で………だからこそ、どうしようも無く惹きつけられた。
異質だからこそ、普通とは違うからこそ、よけいにその姿は美しく見えた。
俺がαだから、そう感じるんだろうか? ……いや、βだってきっと、その辺りの美的感覚は変わらないはずだ。嗅覚が作用していないセントラルディスタービングシステム下なら、なおさら。
それでも、なお、この姿を気持ち悪いと評したのはーーもしかしたら嫉妬からだったのかもしれない。
自分ではけして手に入ることがない「美」を持つ翔を、貶め、その顔を醜く歪ませて溜飲を下げたい一心だったのかもしれない。
そんなことを、本気で思うくらい、俺は十年ぶりに見る翔の姿に、心奪われた。
大きく深呼吸して、心臓を落ち着かせてから、何事もなかったように、待合室の扉を開いた。
ぎょっとしたような他の営業を無視して、俺が入って来たことに気づいて、姿勢を正した翔に向きなおる。
「……久しぶりだな。翔」
思っていたよりも、自然にその言葉は口から出た。
俺の言葉に、翔は小さく笑った。
「ああ。………久しぶりだな。猛」
ああ。………やっぱり、翔だ。
Ωの要素が滲んでいても、十年経過していても……やっぱり根本的には、俺が知る翔のまんまだ。
「つーか。わざわざ待合室来ないで、普通に呼び出してくれて良かったのに。俺は営業で、お前は大事な取引先の医者なんだから、お前がこっち来んのはおかしいだろ」
「……いいんだよ。俺は面子も何もねぇ、下っ端医なんだから。それに……」
「……それに、医者と営業として、じゃなくて、幼馴染みとして話がしたかった?」
言い淀んだ言葉を、良い当てられ、心臓が跳ねた。
狼狽する俺に、翔は苦笑した。
「里見の親父さんから、事前に言われてるよ。礼儀とか気にしないで、あくまで幼馴染みの体で営業の話をしてくれって。……じゃなきゃ、いくら相手がお前でも、こんな馴れ馴れしく話さねぇよ。少なくとも、クリニック内では」
親父が事前にそんな根回しをしてくれていたのか……。確かに、ここで他人行儀な敬語を翔に使われてたら、かなり凹んでいただろうから、ありがたいと言えばありがたい。
……だけど、この昔みたいな態度も、翔の意思からではないと思ったら少し複雑だ。
「……で、まさかここじゃ話さねぇだろ? 移動しようぜ」
翔の言葉で、ようやく他の営業の存在を思い出した。
明らかに狼狽しているその姿に、小さく舌打ちを漏らす。
「そうだな。移動しよう。……部屋、取ってるから」
そう口にした瞬間、同室にいた営業が激しく噎せこみ始めた。
一瞬の間の後、自分がとんでもない誤解を招くようなことを、口にしてしまったことに気がついた。
「ち、違うからな! 会議室! 空き会議室予約してるってことだから! 今の発言に、変な意味は一切ねぇからっ!」
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