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運命と番
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左手で身体強化を弱める効果を追加した雷撃の魔法陣を紡ぎながら、右手で剣を振る。
血と脂で切りにくくなった剣を、呪文を詠唱することで浄化しながら、四方から襲い掛かってくる獣を次々に切り捨てた。
巨大な獣にしか見えないそれが、本当はただの獣ではないことなぞ当然理解していたけど、少しでも気を抜けば取り返しがつかないことになるかもしれないのに手加減なぞできるはずもなかった。
幼い頃から美しいと讃えられていたウェーブがかった金色の髪が、返り血で赤く染まっていくのがわかる。髪だけではない。顔も、体もどこもかしこが血まみれだ。剣を握る真っ赤な人の形の塊の中に、唯一空のように青い瞳が浮かんでいる姿は、さぞ不気味だろうなんて、明後日な思考が脳裏を過る。
「っ」
慣れ親しんだ魔力が接近する気配と共に、血濡れた戦場に遠吠えが響き渡った。途端、俺の周りを囲っていた獣たちが動きを止め、頭上を見上げる。
崖の上から、こちらを見下ろすのは一匹の白銀の狼。
狼は金色の鋭い双眸でこちらを睨みつけると、人の足では到底降りることができない絶壁を難なく駆け降り、宙を舞った。
地響きと共に、俺の目の前でその巨躯を地に着けた狼は、不機嫌そうに鼻の付け根に皺を寄せてその身を震わせた。
次の瞬間、その狼の姿は二メートル近いたくましい体躯の偉丈夫へと変わる。
……ふん。フルチン降臨でもなお、絵面が間抜けに見えないあたり、相変わらず嫌味なくらい美しい奴だ。
尻尾と耳以外は全て人型に変じた男は、長い白銀の髪を靡かせて立ち上がった。鋼のような筋肉の下では当然ご立派な局部も丸出しなのだが、本人は一切気にする様子もないし、この場でそれが気になるのは、人間である俺ただ一人だろう。
とはいっても、互いの裸身なぞ見慣れているのだから、乙女のように恥じらい目を伏せる必要はないのだが。……いや、そもそも男同士だから恥じらうという考えがある時点で間違っているか。大概俺もこいつに毒されちまったな。
元ノンケ、いや、今でも精神的にノンケだと思っている俺としては実に遺憾である。
「……エディ」
全裸の男……アストルディア・セネバが、聞き慣れた俺の愛称を呼ぶ。表情こそ、いつも通り感情が表に出ない鉄仮面のままだったが、掠れた声には哀願のような感情が滲んでいて。
震えそうになる体を抑え込み、俺は不敵に笑って剣を掲げた。
「――我が名は、エドワード・ネルドゥース。ネルドゥース辺境伯家嫡男にして、国境の守護者。我が民を守る為ならば、喜んでこの命を捧げよう」
それが俺が生まれた意味で、俺が生きる指針だから。たとえお前であっても、譲ってやれないみたいだわ。アスティ。
「アスティ……俺は選んだぞ。ギリギリまで足掻いて、運命に逆らって。そのうえで俺は今、獣人の血に塗れてここに立っている。今度はお前が選ぶ番だ」
選んでくれ。どうか、どうか、俺の望みを叶えてくれ。
物語のヒーローではなく、俺の唯一として。
たとえそれが――運命に逆らうことであったとしても。
「俺とここで殺しあうか。俺と……腹の子と共に生きるか選んでくれ」
かつての親友にして、番で……本来の物語では殺しあう運命にある男に向けたその笑みは、きっと泣きそうに歪んでいたことだろう。
―十二年前―
「ああ、エドワード様! なんて美しい……まるで絵画で描かれる、天使のようだ」
……うるせえ。
「あの美しさに加えて、全属性持ちと聞いたぞ。剣の腕もそこらの大人を圧倒するほどで、まだ八歳とは思えぬほど聡明だとか。……まさに、女神に愛された方だ。【国境の守護者】の後継ぎとしてふさわしい」
うるせえうるせえうるせえ黙れ黙れ黙れ。
「きっとあの方ならば、セネーバの獣人どもを抑え、我がリシス王国に繁栄をもたらしてくれるはずだ……!」
どいつもこいつも……八歳のガキに重い期待しすぎなんだよ!
喉元まで出かかった罵声を飲み込み、無理やり口もとに笑みを浮かべる。人形のように美しいと評される母そっくりのその笑みに、周囲の大人たちがほおっとため息を吐いたのを気づかないふりをして、家庭教師が待つ勉強部屋へ向かう。
……わかってるさ。八歳とはいえ、辺境伯嫡男がこんなことを思うべきじゃないってことくらい。
実際俺ほどまでに恵まれた才能を持つ人間は、この国には存在しないってことも。
獣人が人間の奴隷として虐げられていた時代も、今は昔。
半世紀前の戦争で負けた人間は、土地の多くをぶん取られ、日々獣人国の侵略に怯えながら生きている。
今のところ、獣人側がこちらに対して完全不干渉を貫いているのが救いだけど、愚かなことに戦争で大敗してなお、いや寧ろますます強まった人間の獣人に対する差別意識。
そしてそんな情勢の中俺は、よりにもよって獣人国セネーバとの国境を守護する辺境伯嫡男として、類いまれなる才能と共に生まれてきてしまったのだった。
血と脂で切りにくくなった剣を、呪文を詠唱することで浄化しながら、四方から襲い掛かってくる獣を次々に切り捨てた。
巨大な獣にしか見えないそれが、本当はただの獣ではないことなぞ当然理解していたけど、少しでも気を抜けば取り返しがつかないことになるかもしれないのに手加減なぞできるはずもなかった。
幼い頃から美しいと讃えられていたウェーブがかった金色の髪が、返り血で赤く染まっていくのがわかる。髪だけではない。顔も、体もどこもかしこが血まみれだ。剣を握る真っ赤な人の形の塊の中に、唯一空のように青い瞳が浮かんでいる姿は、さぞ不気味だろうなんて、明後日な思考が脳裏を過る。
「っ」
慣れ親しんだ魔力が接近する気配と共に、血濡れた戦場に遠吠えが響き渡った。途端、俺の周りを囲っていた獣たちが動きを止め、頭上を見上げる。
崖の上から、こちらを見下ろすのは一匹の白銀の狼。
狼は金色の鋭い双眸でこちらを睨みつけると、人の足では到底降りることができない絶壁を難なく駆け降り、宙を舞った。
地響きと共に、俺の目の前でその巨躯を地に着けた狼は、不機嫌そうに鼻の付け根に皺を寄せてその身を震わせた。
次の瞬間、その狼の姿は二メートル近いたくましい体躯の偉丈夫へと変わる。
……ふん。フルチン降臨でもなお、絵面が間抜けに見えないあたり、相変わらず嫌味なくらい美しい奴だ。
尻尾と耳以外は全て人型に変じた男は、長い白銀の髪を靡かせて立ち上がった。鋼のような筋肉の下では当然ご立派な局部も丸出しなのだが、本人は一切気にする様子もないし、この場でそれが気になるのは、人間である俺ただ一人だろう。
とはいっても、互いの裸身なぞ見慣れているのだから、乙女のように恥じらい目を伏せる必要はないのだが。……いや、そもそも男同士だから恥じらうという考えがある時点で間違っているか。大概俺もこいつに毒されちまったな。
元ノンケ、いや、今でも精神的にノンケだと思っている俺としては実に遺憾である。
「……エディ」
全裸の男……アストルディア・セネバが、聞き慣れた俺の愛称を呼ぶ。表情こそ、いつも通り感情が表に出ない鉄仮面のままだったが、掠れた声には哀願のような感情が滲んでいて。
震えそうになる体を抑え込み、俺は不敵に笑って剣を掲げた。
「――我が名は、エドワード・ネルドゥース。ネルドゥース辺境伯家嫡男にして、国境の守護者。我が民を守る為ならば、喜んでこの命を捧げよう」
それが俺が生まれた意味で、俺が生きる指針だから。たとえお前であっても、譲ってやれないみたいだわ。アスティ。
「アスティ……俺は選んだぞ。ギリギリまで足掻いて、運命に逆らって。そのうえで俺は今、獣人の血に塗れてここに立っている。今度はお前が選ぶ番だ」
選んでくれ。どうか、どうか、俺の望みを叶えてくれ。
物語のヒーローではなく、俺の唯一として。
たとえそれが――運命に逆らうことであったとしても。
「俺とここで殺しあうか。俺と……腹の子と共に生きるか選んでくれ」
かつての親友にして、番で……本来の物語では殺しあう運命にある男に向けたその笑みは、きっと泣きそうに歪んでいたことだろう。
―十二年前―
「ああ、エドワード様! なんて美しい……まるで絵画で描かれる、天使のようだ」
……うるせえ。
「あの美しさに加えて、全属性持ちと聞いたぞ。剣の腕もそこらの大人を圧倒するほどで、まだ八歳とは思えぬほど聡明だとか。……まさに、女神に愛された方だ。【国境の守護者】の後継ぎとしてふさわしい」
うるせえうるせえうるせえ黙れ黙れ黙れ。
「きっとあの方ならば、セネーバの獣人どもを抑え、我がリシス王国に繁栄をもたらしてくれるはずだ……!」
どいつもこいつも……八歳のガキに重い期待しすぎなんだよ!
喉元まで出かかった罵声を飲み込み、無理やり口もとに笑みを浮かべる。人形のように美しいと評される母そっくりのその笑みに、周囲の大人たちがほおっとため息を吐いたのを気づかないふりをして、家庭教師が待つ勉強部屋へ向かう。
……わかってるさ。八歳とはいえ、辺境伯嫡男がこんなことを思うべきじゃないってことくらい。
実際俺ほどまでに恵まれた才能を持つ人間は、この国には存在しないってことも。
獣人が人間の奴隷として虐げられていた時代も、今は昔。
半世紀前の戦争で負けた人間は、土地の多くをぶん取られ、日々獣人国の侵略に怯えながら生きている。
今のところ、獣人側がこちらに対して完全不干渉を貫いているのが救いだけど、愚かなことに戦争で大敗してなお、いや寧ろますます強まった人間の獣人に対する差別意識。
そしてそんな情勢の中俺は、よりにもよって獣人国セネーバとの国境を守護する辺境伯嫡男として、類いまれなる才能と共に生まれてきてしまったのだった。
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