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聖女の日々33
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騎士に抑えられながら叫んだのは、私とそう年齢が変わらない若い女性だった。
……ただ、そのお腹は大きくて、彼女が妊娠していることは傍目からも明らかだった。
「あの人が……私の夫が、ミース熊に襲われて、全身に大怪我を負ったんです! すぐにお医者様を呼んで治療を施して頂きましたが、あとは、あの人の体力次第、今夜が峠だと……どうか、聖女様。あの人をお救い下さい……! まだ、結婚したばかりで、春には子どもが生まれるんです……どうか、どうか!」
「……気持ちは分かるが、当代の聖女様は【災厄の魔女の呪い】しか癒やせない。ミース熊に襲われた外傷は、聖女様じゃ治せないんだ。こんな所で聖女様に無理な願いを押し付けるのではなく、今はただ彼の傍にいてあげなさい」
「嘘です、嘘! だって、聖女様はあらゆる傷病を癒してくれると、聖堂で以前お聞きしました!」
乱暴に連れ出すことを躊躇う騎士の手をすり抜けた彼女は、スカートが汚れるのも構わずその場に膝をつき、大きいお腹を床につけるように深々と頭を下げた。
「どうか……どうか、彼をお救い下さい! 代わりに私ができることなら、何でも致します」
「……っお腹の子に触ります。どうか、そんなことはやめて下さいっ!」
「……私には、夫の他に誰も頼る相手がおりません。あの人が死んでしまえば、この子だってちゃんと育つことができるとは限らない。だから、この子の為にもどうか、あの人を!」
「っ……それでも、できないんです。私にはそんな力はないんです!」
咄嗟に叫んでしまってから、その嘘の重さに潰されそうになった。
本当は助けることができるのに、私は今、自分や家族の保身の為に、瀕死の彼女の夫を見捨てようとしている。
私の選択が、彼女や彼女の子どもの人生までめちゃくちゃにすることになるのだ。
『何故、救う力があるのに、救わないの? 苦しむ民の為なら、自らを犠牲にするのは当然でしょう』
自分の身の内から、アシュリナが叫ぶ。
『だから、大切な者なんて、作ってはいけなかったのに……!』
かつてアシュリナだったものの残滓が、私に訴える。
『民の為に、自らを犠牲にするなんてないわ。……その民から裏切られた最期を忘れたの?』
一方で、そんな風に見捨てることを薦めるのもまた、アシュリナだった。
『私が彼女の夫を救う義理なんか、ない……聖女としての私の力を、これ以上求めないで……!』
私はディアナで。
でも、アシュリナの記憶も持っていて。
救いたいけど、大切なものを守りたくて。
でも救うのが、私の使命で。
頭の中がごちゃごちゃになり、色んな感情に飲み込まれそうになる。
自分が何者で、何を選ぶべきか。
分からなくなっていく。
「ーーならば、私が代わりにお救いしましょう」
その場に響き渡った凛とした声が、私を引き戻した。
……ただ、そのお腹は大きくて、彼女が妊娠していることは傍目からも明らかだった。
「あの人が……私の夫が、ミース熊に襲われて、全身に大怪我を負ったんです! すぐにお医者様を呼んで治療を施して頂きましたが、あとは、あの人の体力次第、今夜が峠だと……どうか、聖女様。あの人をお救い下さい……! まだ、結婚したばかりで、春には子どもが生まれるんです……どうか、どうか!」
「……気持ちは分かるが、当代の聖女様は【災厄の魔女の呪い】しか癒やせない。ミース熊に襲われた外傷は、聖女様じゃ治せないんだ。こんな所で聖女様に無理な願いを押し付けるのではなく、今はただ彼の傍にいてあげなさい」
「嘘です、嘘! だって、聖女様はあらゆる傷病を癒してくれると、聖堂で以前お聞きしました!」
乱暴に連れ出すことを躊躇う騎士の手をすり抜けた彼女は、スカートが汚れるのも構わずその場に膝をつき、大きいお腹を床につけるように深々と頭を下げた。
「どうか……どうか、彼をお救い下さい! 代わりに私ができることなら、何でも致します」
「……っお腹の子に触ります。どうか、そんなことはやめて下さいっ!」
「……私には、夫の他に誰も頼る相手がおりません。あの人が死んでしまえば、この子だってちゃんと育つことができるとは限らない。だから、この子の為にもどうか、あの人を!」
「っ……それでも、できないんです。私にはそんな力はないんです!」
咄嗟に叫んでしまってから、その嘘の重さに潰されそうになった。
本当は助けることができるのに、私は今、自分や家族の保身の為に、瀕死の彼女の夫を見捨てようとしている。
私の選択が、彼女や彼女の子どもの人生までめちゃくちゃにすることになるのだ。
『何故、救う力があるのに、救わないの? 苦しむ民の為なら、自らを犠牲にするのは当然でしょう』
自分の身の内から、アシュリナが叫ぶ。
『だから、大切な者なんて、作ってはいけなかったのに……!』
かつてアシュリナだったものの残滓が、私に訴える。
『民の為に、自らを犠牲にするなんてないわ。……その民から裏切られた最期を忘れたの?』
一方で、そんな風に見捨てることを薦めるのもまた、アシュリナだった。
『私が彼女の夫を救う義理なんか、ない……聖女としての私の力を、これ以上求めないで……!』
私はディアナで。
でも、アシュリナの記憶も持っていて。
救いたいけど、大切なものを守りたくて。
でも救うのが、私の使命で。
頭の中がごちゃごちゃになり、色んな感情に飲み込まれそうになる。
自分が何者で、何を選ぶべきか。
分からなくなっていく。
「ーーならば、私が代わりにお救いしましょう」
その場に響き渡った凛とした声が、私を引き戻した。
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