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連載2

決戦の時3

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 『私』がエイドリーと出会ったのは、7歳の時のことだった。
 正妻の王妃から嫌われた母は、父王にあてがわれた別邸で過ごし、特別な力を持って生まれた私を聖女として育てた。
 清らかで優しく、思いやりに満ちた存在であるように。
 自らの力を私的に悪用することなく、民の為に使うように。
 病に倒れて亡くなるその日まで、母は私に聖女としての正しいあり方を説き続けた。
 母が亡くなったことで父王に引き取られることになったが、当時の私にとって自らの力を傷ついた人間に無償で提供することは当たり前で、それが父王や王太子であるルイス兄上の気分を害するなんて思ってもいなかった。

『騎士様。騎士様。あなた、けがをなさってますね。おまちください。すぐに私がいやしますから』

 エイドリーは大柄で、たくましい体つきをしていたから、当時の私には大人のように見えたが、実際はまだ少年と言っていい年頃だったのだと思う。
 まだ城に来たばかりで私の存在は知られていなかったから、騎士見習いの稽古中に負った怪我を、突然不思議な力で癒しはじめた子どもに彼は面食らっていた。

『……い、いい! こんな怪我くらい、寝てれば治る!』

『小さなけがでも、ほうちすれば命にかかわることもあるのです。すぐおわりますので、少しおまちください』

 彼は声を荒げても離れず作業を続ける私に、困惑したような表情を向けた。

『お前……俺が怖くないのか?』

 彼の顔は当時から厳めしかったし、その時代にも既に目立つ大きな傷が痛々しく頬に残っていた。
 普通の子どもならば、彼を怖がって避けたかもしれない。
 だけど、私は聖女として育てられ、たくさんの患者に癒しの力を行使していた。
 病で顔がすっかり変わってしまった人にも、事故で顔面の一部がなくなってしまった人にも、驚くほど醜い人にも、平等に癒しの力を提供したし、母は私が彼らに対してほんの一欠片でも嫌悪の感情を見せることを許さなかった。
 それに比べれば、彼の顔が多少怖かったり、傷があることなんて、大したことはない。

『なぜ、私があなたをこわがるのでしょう』 

『俺には醜い傷が……』

『騎士のしごとのために、おったきずなのでしょう?』

 ただまっすぐに彼を見据え、穏やかに微笑んでみせる。
 亡き母が、そうであれと教えこんだように。

『国のためにおわれたきずは、くんしょうです。この国に生きるものの一人として、あなたにかんしゃいたします』
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