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連載2
決戦の時4
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『あ、あの騎士様は……』
私とエイドリーの二回目の邂逅は、それから一月ほど後のことだった。
遠くに彼を見かけ、怪我の経過を聞こうと近づこうとした私を、アルバートが止めた。
『いけません。アシュリナ様。彼に近づくのは……』
『あら、どうしてです? 先日のけががどうなったのか聞きたいのですが』
あまり肩書きで、貴女の人付き合いを制限したくはないのですが。そう前置きして、アルバートは苦虫を噛みつぶしたかのような顔で続けた。
『彼の名前は、エイドリー・ノットン。先日アシュリナ様が謁見された、ルイス殿下の護衛騎士です』
先日初めて顔を合わせた腹違いの兄の名前に、思わず体が震えた。
『ーー卑しい女の腹から生まれた分際で、兄上などと気安く呼ぶな』
『癒しの力を操り、聖女だなんて持て囃されて調子に乗っているようだが、忘れるな』
『ーー私が王位に就く邪魔をするなら、殺してやる。お前程度の命なんか、私が一言命令すれば簡単に消し去れるのだと覚えておけ』
聖女として崇められ、感謝されて生きてきた。
優しくさえすれば、人は同じように優しさを返してくれるのだと、信じて疑ったことがなかった。
ルイス殿下から向けられたそれは、私が生まれて初めて向けられた侮蔑で。悪意で。殺意で。
私は、何も悪いことをしなくとも、私が私であるというだけで憎悪する人がいるのだと、生まれて初めて思い知らされた。
『兄……ルイス、殿下の?』
『はい。生まれた時からルイス殿下の護衛騎士になるべく育てられた男です。体格が似通っていた頃は、特殊な技術で髪や瞳の色を変えて影武者を務めていたとか。ルイス殿下の命令ならば、自らを傷つけることも躊躇うことなく実行できるくらいに、彼は忠実で盲目的です。彼個人の気質がどうであれ、ルイス殿下に……その、あまり受け入れられていないアシュリナ様は近づかない方がいいかと』
『……はっきり言っていいのですよ。にくまれている、と』
ルイス殿下の冷たい目が、脳裏に蘇る。
先日は、エイドリーは私のことを知らなかったから普通に接してくれたけど、今となっては私は彼が敬愛する主君が疎む腹違いの妹だ。
当然彼自身も、私を疎ましく思っているはずだろう。
『行きましょう。アルバート。……ほかに、わたしのいやしの力をまっている人がいるはずです』
エイドリーに背を向けるように、アルバートを伴って歩き出したけれど、背中には焼けつくようなエイドリーの視線を感じていた。……先ほどまでは別の方向を見ていたはずなのに、いつ私の存在に気がついたのだろう。
獲物を狙う獰猛な猟犬のような、その視線が怖くて、思わずすぐ傍にあったアルバートの手を握ってしまった。
アルバートは微笑みながら私の手を握り返してくれたが、その途端に背中の視線はますます強くなった気がして、私は一人体を震わせたのだった。
私とエイドリーの二回目の邂逅は、それから一月ほど後のことだった。
遠くに彼を見かけ、怪我の経過を聞こうと近づこうとした私を、アルバートが止めた。
『いけません。アシュリナ様。彼に近づくのは……』
『あら、どうしてです? 先日のけががどうなったのか聞きたいのですが』
あまり肩書きで、貴女の人付き合いを制限したくはないのですが。そう前置きして、アルバートは苦虫を噛みつぶしたかのような顔で続けた。
『彼の名前は、エイドリー・ノットン。先日アシュリナ様が謁見された、ルイス殿下の護衛騎士です』
先日初めて顔を合わせた腹違いの兄の名前に、思わず体が震えた。
『ーー卑しい女の腹から生まれた分際で、兄上などと気安く呼ぶな』
『癒しの力を操り、聖女だなんて持て囃されて調子に乗っているようだが、忘れるな』
『ーー私が王位に就く邪魔をするなら、殺してやる。お前程度の命なんか、私が一言命令すれば簡単に消し去れるのだと覚えておけ』
聖女として崇められ、感謝されて生きてきた。
優しくさえすれば、人は同じように優しさを返してくれるのだと、信じて疑ったことがなかった。
ルイス殿下から向けられたそれは、私が生まれて初めて向けられた侮蔑で。悪意で。殺意で。
私は、何も悪いことをしなくとも、私が私であるというだけで憎悪する人がいるのだと、生まれて初めて思い知らされた。
『兄……ルイス、殿下の?』
『はい。生まれた時からルイス殿下の護衛騎士になるべく育てられた男です。体格が似通っていた頃は、特殊な技術で髪や瞳の色を変えて影武者を務めていたとか。ルイス殿下の命令ならば、自らを傷つけることも躊躇うことなく実行できるくらいに、彼は忠実で盲目的です。彼個人の気質がどうであれ、ルイス殿下に……その、あまり受け入れられていないアシュリナ様は近づかない方がいいかと』
『……はっきり言っていいのですよ。にくまれている、と』
ルイス殿下の冷たい目が、脳裏に蘇る。
先日は、エイドリーは私のことを知らなかったから普通に接してくれたけど、今となっては私は彼が敬愛する主君が疎む腹違いの妹だ。
当然彼自身も、私を疎ましく思っているはずだろう。
『行きましょう。アルバート。……ほかに、わたしのいやしの力をまっている人がいるはずです』
エイドリーに背を向けるように、アルバートを伴って歩き出したけれど、背中には焼けつくようなエイドリーの視線を感じていた。……先ほどまでは別の方向を見ていたはずなのに、いつ私の存在に気がついたのだろう。
獲物を狙う獰猛な猟犬のような、その視線が怖くて、思わずすぐ傍にあったアルバートの手を握ってしまった。
アルバートは微笑みながら私の手を握り返してくれたが、その途端に背中の視線はますます強くなった気がして、私は一人体を震わせたのだった。
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