92 / 191
ルカ・ポアネスという不良
ルカ・ポアネスという不良9
しおりを挟む
「……なんだ、やっぱり知らんのか」
くああああっ! このマシェルの含み笑い、ムカつくぅううう!
だが、残念ながら、知らんもんは知らん。何も言い返せない。
こういう時は沈黙が金なり。
黙って目を伏せてコーヒーをまた一口飲み込む。
「ポアネス家……否、狼獣人の男には、成人後、最初に三度自らを打ち負かした者に従わなければならぬという掟があるらしい。ルカとて、けして例外ではない」
続けられたマシェルの言葉に、私は目を開いた。
「……打ち負かすとは、具体的にどういう意味ですの?」
「その定義は掟に縛られるものが、自由に定義を定めていいらしく、個人差があるようだ。――だが、ルカの定義ははっきりとしている」
そう言ってマシェルは目を細めた。
「【三度、その肉体を持ってして、自らを地に倒せしめたもの】それが、ルカが自らの主を定める際の条件だ。物理的にただ、力技で三度転ばせればいい。……といってもルカの身体能力を考えると難しいのか、ルカが16で成人を迎えてから一年経った今でも成功をしたものはいないがな。だからこそ、ルカに逃げられることなく、真っ向から対峙する機会を得ることが出来る、武術大会に望みを託す者も多い。銀狼の主の座を求めてな」
マシェルの言葉に、デイビッドがルカに告げた言葉が脳裏に蘇る。
『これで二回目だな。……残り一回か?』
一回目は、初対面の振り向き際に。
二回目は、先刻、ルカに対峙した時に。
そして、三回目が、武術大会。
別に、ルカを攻略しなくても、ルカを三度倒せばルカが下僕になるのなら、わざわざ落とす必要なんかない。
そして既にあと一歩までこじつけた状態で、最後の戦いの機会も得ている状態なら、他者の手助けなんかなくてもいい。
なんだ。
なんだ。なんだ。なんだぁ。
「どうしたんだ。ルクレア、急に……」
マシェルが怪訝そうな視線を向ける。
「急にそんな風に、微笑むなんて」
どうやら、私は無意識に笑みを漏らしていたらしい。
慌てて口元を引き締めようとするも、どうやっても口元が緩む。
「――何でもないですわ、マシェル」
微笑みながら、首を横に振る。
「パフェ、ご馳走様。美味しかったですわ。ありがとう。……そして、有益な情報を下さったことも、併せて感謝しますわ」
先程までは認めたくなかった感謝が、すんなりと口から出てきた。
そして、そのまま立ち上がる。
胸の奥にただ、温かい何かが広がっている。
嬉しかった。
デイビッドに見限られたわけでないことが、ただひたすら嬉しくて仕方なかった。
「――なんだか知らんが、悩み事は解決したようだな」
そんな私に、マシェルもまた、柔らかい笑みを浮かべた。
向けられる瞳に確かに篭った、「慈愛」の感情に、ドキリとする。
「お前が元気になると、私も嬉しい」
告げられる言葉は、どこまでも優しい。
『何故、そこまで私を気に掛けて下さるの?』
思わず出かけた言葉を、咄嗟に口内で飲み込む。
多分、それを口にしたら戻れなくなる気がして。
向き合いたくない物と、対峙しなければならなくなる気がして。
私は、また、湧き上がる「予感」から、目を逸らす。
「――マシェル、貴方、いい人だわ」
代わりに出たのは、そんなその場しのぎの肯定の言葉だった。
「貴方が、私を誤解していたと言ったように、私もきっと、貴方を誤解していたようね。ごめんなさい。貴方は、とてもいい人だわ」
もし予感が正しいのなら、こんなことを言うべきではないのかもしれない。
だけど今、私は、重苦しかった気持ちを楽にしてくれたマシェルに、感謝の気持ちを態度にして返したかった。
その行為に、何らかの形で報いたかった。
「私は貴方と、友人になりたいわ。マシェル。……またこうして、一緒にお茶をしてくれる?」
「――あぁ、勿論だ。……私もお前を、もっと知りたい」
予感を否定するように告げた「友人」という単語に、マシェルの笑みがどこか複雑そうだったことは、気のせいだと思うことにした。
くああああっ! このマシェルの含み笑い、ムカつくぅううう!
だが、残念ながら、知らんもんは知らん。何も言い返せない。
こういう時は沈黙が金なり。
黙って目を伏せてコーヒーをまた一口飲み込む。
「ポアネス家……否、狼獣人の男には、成人後、最初に三度自らを打ち負かした者に従わなければならぬという掟があるらしい。ルカとて、けして例外ではない」
続けられたマシェルの言葉に、私は目を開いた。
「……打ち負かすとは、具体的にどういう意味ですの?」
「その定義は掟に縛られるものが、自由に定義を定めていいらしく、個人差があるようだ。――だが、ルカの定義ははっきりとしている」
そう言ってマシェルは目を細めた。
「【三度、その肉体を持ってして、自らを地に倒せしめたもの】それが、ルカが自らの主を定める際の条件だ。物理的にただ、力技で三度転ばせればいい。……といってもルカの身体能力を考えると難しいのか、ルカが16で成人を迎えてから一年経った今でも成功をしたものはいないがな。だからこそ、ルカに逃げられることなく、真っ向から対峙する機会を得ることが出来る、武術大会に望みを託す者も多い。銀狼の主の座を求めてな」
マシェルの言葉に、デイビッドがルカに告げた言葉が脳裏に蘇る。
『これで二回目だな。……残り一回か?』
一回目は、初対面の振り向き際に。
二回目は、先刻、ルカに対峙した時に。
そして、三回目が、武術大会。
別に、ルカを攻略しなくても、ルカを三度倒せばルカが下僕になるのなら、わざわざ落とす必要なんかない。
そして既にあと一歩までこじつけた状態で、最後の戦いの機会も得ている状態なら、他者の手助けなんかなくてもいい。
なんだ。
なんだ。なんだ。なんだぁ。
「どうしたんだ。ルクレア、急に……」
マシェルが怪訝そうな視線を向ける。
「急にそんな風に、微笑むなんて」
どうやら、私は無意識に笑みを漏らしていたらしい。
慌てて口元を引き締めようとするも、どうやっても口元が緩む。
「――何でもないですわ、マシェル」
微笑みながら、首を横に振る。
「パフェ、ご馳走様。美味しかったですわ。ありがとう。……そして、有益な情報を下さったことも、併せて感謝しますわ」
先程までは認めたくなかった感謝が、すんなりと口から出てきた。
そして、そのまま立ち上がる。
胸の奥にただ、温かい何かが広がっている。
嬉しかった。
デイビッドに見限られたわけでないことが、ただひたすら嬉しくて仕方なかった。
「――なんだか知らんが、悩み事は解決したようだな」
そんな私に、マシェルもまた、柔らかい笑みを浮かべた。
向けられる瞳に確かに篭った、「慈愛」の感情に、ドキリとする。
「お前が元気になると、私も嬉しい」
告げられる言葉は、どこまでも優しい。
『何故、そこまで私を気に掛けて下さるの?』
思わず出かけた言葉を、咄嗟に口内で飲み込む。
多分、それを口にしたら戻れなくなる気がして。
向き合いたくない物と、対峙しなければならなくなる気がして。
私は、また、湧き上がる「予感」から、目を逸らす。
「――マシェル、貴方、いい人だわ」
代わりに出たのは、そんなその場しのぎの肯定の言葉だった。
「貴方が、私を誤解していたと言ったように、私もきっと、貴方を誤解していたようね。ごめんなさい。貴方は、とてもいい人だわ」
もし予感が正しいのなら、こんなことを言うべきではないのかもしれない。
だけど今、私は、重苦しかった気持ちを楽にしてくれたマシェルに、感謝の気持ちを態度にして返したかった。
その行為に、何らかの形で報いたかった。
「私は貴方と、友人になりたいわ。マシェル。……またこうして、一緒にお茶をしてくれる?」
「――あぁ、勿論だ。……私もお前を、もっと知りたい」
予感を否定するように告げた「友人」という単語に、マシェルの笑みがどこか複雑そうだったことは、気のせいだと思うことにした。
1
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる