乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください

空飛ぶひよこ

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アルク・ティムシーというドエム

アルク・ティムシーというドエム42

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 しまった……。

 咄嗟に首元を隠そうとしても、もう遅い。

 油断していた。ダンスでオージンが気づく素振りを見せなかったから。汗でファンデーションが落ちていることに気が付いてはいたが、ラストダンス前に直せばいいと、タカをくくっていた。

 こんな風に、別の誰かに間近で首元を見降ろされる事態なんて全く、想定なんかしていなかった。

「どういうことなんだ! ……なぜ禁呪の印がお前の首にあるんだ……!」

「それは……」

「まさか誰かに無理矢理隷属させられているのかっ!?」

 抱き締めた体を離したマシェルに、逃れる隙もないまま、正面から肩を掴まれる。

 無理矢理。

 そう、間違ってはいない。きっかけはそうだ。

 そうなの、だけど。

「もしお前が望まぬ相手に無理矢理隷属させられているというなら、私は……!」

「違うっ!」

 激昂するマシェルの言葉を遮る様に、咄嗟に叫んでいた。
 契約を否定する言葉に、黙ってなんかいられなかった。

「望んでないわけじゃないんだ……! 確かに、最初は一方的だったけど、今は私は望んでこの立場にいるんだ……っ!」

 私の言葉に、マシェルは虚を突かれたように目を見開いた。

「……何を、言っているんだっ……隷属契約だぞ!? ちゃんと意味を分かっているのか!? 主なるもの気持ち次第で、お前はどうとでもされてしまうんだぞ!!」

「分かってるっ!」

 分かってるよ、マシェル。隷属契約がどんなことかなんか知っている。
 もし主なるものがデイビッドで無かったら、きっと私は今頃自ら死を選ぶような状況に陥っていたかもしれないってことも、ちゃんと理解している。だからこその禁呪なのだって。
 だけど、デイビッドだから。
 主なるものがデイビッドだから、こそ。

「分かっているけど――それでも私はあの人の【従なるもの】でいたいと、そう思っているんだ」

 私はデイビッドに、従っていたい。…隣に、いたい。

「――ルクレア……何故……」

 私の言葉を聞いた瞬間、マシェルの顔が血の気が引いたように蒼白に変わった。
 肩に食い込む指の力が、急激に弱まるのが分かる。

「何故、無理矢理隷属契約なぞさせられて、お前はそんなことを言えるんだ……」

 発せられた声は、震えていた。
 向けられる青い瞳が、切なげに揺れる。

「誰、なんだ……【あの人】というのは…何故お前はそこまでそいつを……」

「――悪いな。生憎それは、俺のことだ」

 不意に、背後から響いた声に、私とマシェルは同時に視線を向けた。


「取り合えず……俺の下僕にあんまり引っ付かないでもらおうか。飼い主としては些か不愉快だ」


 振り返った先には、男物の礼服を身に纏って、不機嫌そうに腕組みをするデイビッドの姿があった。

「……お前は、誰だ。見たことが無い」

「俺が何者でも、お前に関係はねぇだろう」

 眉間に皺を寄せて睨むマシェルを、デイビッドは挑発するように鼻で笑い飛ばす。

「そして、俺とそいつの契約も、お前には関係がねぇ話だ。聞いただろう? そいつは契約自体を嫌がってはいないと。第三者はしゃしゃりでるな」

「禁呪だぞ。……ルクレアとお前の問題以前に、犯罪だ。公にして裁くべき問題だろう。野放しにして良い話じゃない」

「――つまり俺を犯罪者として告発すると、そう言いたいんだな?」

 喉を鳴らして心底おかしそうに笑うデイビッドの様は、まさに悪役そのものだ。
 ……おかしい。悪役令嬢ポジションは私だったはずなのに、立場逆転してないだろうか。一応お前正ヒロイン的ポジションのはずだろう。
 ……はっ、これが俗に言うポジション乗っ取り…。いや、違うか。

「だとよ、ルクレア。この男がお前のご主人様を犯罪者にしようとしているけど、それでお前はどうする?」

 そうやって、顎でしゃくってくるデイビッドの顔は、なんというかその……すごくドヤ顔です。はい。自信に満ち溢れているというか、もう私の解答信じて疑っていないというか。

 ……なんかこれ『マシェル、それって素敵ね!YOU、やっちゃいなYO☆』と返答したくなるな。まんまとデイビッドの意のままになるのはムカつくというか。

 ……まあ、でも。

「――そんなこと、私が許さないわ」

 それでも私の答えなんて、一つしかないのだけれど。

「っルクレア!」

「マシェルーー例え、貴方でもそんなことをしたら、全力で潰すわ。ルクレア・ボレアの名に掛けて、必ず」

 真っ直ぐにマシェルを見据えながら、宣戦布告する。
 もし、マシェルがデイビッドの敵になるのなら、私の敵だ。全力で、排除する。

 ――その決意は揺るぎないのに、向けられるマシェルの悲痛な顔に、どうしようもなく胸が痛んで仕方なかった。
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