竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 分かり合えない

〝なんで?〟がもたらす恐怖

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 大丈夫。
 やるべきことはやった。
 父も、よくやったと褒めてくれた。


 自分は間違っていない。
 父は間違っていない。


 何度も何度も、自分にそう言い聞かせた。


 なのに、どうしても胸が気持ち悪い。
 でも、どうして自分が気持ち悪いのかも分からない。


 分からないから、これ以上は何も考えたくない。
 それなのに、誰もいないこの部屋の中では、気を紛らわせることもできない。


 頭がぐるぐるとして、とても嫌な気分だ。


 いつもならじっとしていることなんて苦じゃないのに、今日はそれができなかった。
 だから思わず、あの部屋を飛び出してきてしまった。


 フードを真深く被り、しきりに周囲の様子を見回しながら、シアノは賑やかな街の中を当てもなく歩き回っていた。


 大きな道路に、そこを行く自動車や自転車。
 交差点に出れば信号機や横断歩道があって、その周辺に建っているビルの壁面には、大きな電光掲示板やモニターがある。


 この辺りには何度か来たことがあるので、一応これらが何に使われているものなのかは分かる。


「………」


 信号を待ちながら、シアノはぎゅっと耳を塞ぐ。


 これらが、人間の生活に必要不可欠なものなのは知っている。
 でも、普段は全くこれらに触れない自分からすると、この雑音は少しばかりうるさすぎた。


 なんで人間は、こんなにもうるさい世界で生きているんだろう。


(どうしよう……また…っ)


 信号が変わると同時に、シアノはそこから全力で走り出す。


 あそこに―――エリクたちのにおいがする部屋にいるのがいけないんだと思った。


 だから外に出れば、胸のもやもやもなくなると思った。
 逃げられると思った。




 ―――なのに、逃げられない。




 なんで?
 どうして?


 そんな疑問が、自分を追いかけてくる。
 だって、分からないのだ。


 なんであの雨の日、キリハは自分を助けてくれたの?
 どうしてエリクは自分を家に置いてくれて、温かい食事を出してくれるの?
 なんでルカは、自分にたくさんのことを教えてくれたの?


 自分は、何もしてないのに―――……


 考えたくないと思うほど、逆に考えてしまう。


 なんでキリハたちは、自分のことであんなに泣いたり笑ったりするの?


 考えたくない。
 こんなこと。


『何故、考える必要があるんだい? 人間は醜い。人間は嫌い。だから消せばいい。それだけだよ。』


(だって……父さんは、そう言ったんだ。)


 心が必死に、その考えにすがる。


 父は今まで間違っていなかった。
 父が言ったことは、全部正しかった。


 人間のことなんか考えなくていい。
 それでいいのに、分からないことが怖い。
 分からないことが、こんなにも苦しい。


 視界に飛び込んできた景色が、またたくさんの〝なんで?〟を心の中にばらまいていく。


 なんであの人は笑っているの?
 なんであの子は泣いているの?
 なんであの人は怒っているの?


 それは楽しいから?
 悲しいから?


 じゃあ、楽しいって何?
 悲しいって何?


 嫌いって何?
 好きって何?




 ―――――人間って、何…?




 無我夢中で走って、気付けば適当な路地裏に飛び込んでいた。
 両膝に手をつき、シアノは呼吸を整えながら汗を拭う。


 気持ち悪くて、頭がぐちゃぐちゃだ。


 なんで、こんなに胸が苦しいんだろう。
 なんで、こんなに怖いんだろう。


 たくさんの〝なんで?〟の答えを知りたいはずなのに、同じくらい答えを知りたくない。
 そもそも、こんなことは考えなくていいんだ。


 だって、人間は醜いから。
 父がそう言うように、自分もそう思う。


 自分は、醜い人間をいっぱい見た。
 人間なんか大嫌いだ。




 …………本当にそうなの?




 ふと脳裏に浮かんだのは、キリハたちの顔だった。


「―――っ!!」


 その瞬間、自分が恐怖する理由の一部が分かって、体が震えた。


(違う……ぼくは、父さんが間違ってるなんて思ってない…っ)


 それは、今まで味わったことのない恐怖だった。


 自分にとって、父はとても大きな存在。
 捨てられた自分を拾って、何度も怖いものから助けてくれた。
 なんでも知っていて、色んなことを教えてくれた。


 決して、自分を邪険にしない。
 いつも〝いい子だ〟って言ってくれる。


 父は自分の全てだ。
 父のためなら、自分はなんでもできる。




 なのにどうして―――父の言葉に対して〝本当に?〟なんて……




「……帰りたい…っ」


 心の底から思った。


 早く帰って、父に会いたい。
 父に抱きつけば、きっと安心する。
 こんな気持ち悪いのなんて、どこかへ飛んでいく。


「帰ろう……」


 そう決めたシアノは、もう一度汗を拭ってその場からきびすを返す。


 次の瞬間、勢いよく誰かにぶつかってしまった。


 自分が全く知らない人の気配。
 それに全身が総毛立って、シアノは相手を突き飛ばして、自分も後ろへと後退した。


「わわっ。ごめん、脅かすつもりはなくて……」


 表情を険しくして威嚇するように低くうなるシアノに、突然突き飛ばされてよろけた相手は、慌てて両手を振った。


 おっとりとした雰囲気の、線が細い少年だった。
 紺色の学生服に身を包む彼は、服の色のせいか肌の青白さが異様に目立つ。


 そしてさらに印象強いのは、綺麗な赤色をした左目だった。

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