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第2章 300年前の真実
忌竜
しおりを挟む(お父さんが……ドラゴン…?)
目の前に広がる異世界に、脳内の処理が追いつかない。
何がどうなったら、こんなとんでもない展開になるのだ。
ドラゴンが人間を育てるなんて、一体どうやって?
間欠泉のように噴き出す疑問。
しかしその疑問も、大きな衝撃を受けた頭では答えを推測することもできなかった。
ただ食い入るように、シアノとドラゴンの触れ合いを見つめることしかできない。
すると―――突然、シアノが全身を痙攣させてこちらを振り向いてきた。
「―――っ!!」
反射的に曲がり角の陰に戻り、両手で口を塞いで息を止める。
「―――出ておいで。シアノを追いかけてきたんだろう?」
優しげな口調で、洞窟の奥から呼びかけられる。
シアノの声だけど、これはシアノじゃない。
本能的にそう感じて、意識とは関係なく全身が強張ってしまった。
膠着状態が、数秒。
耳朶を打ったのは、微かな溜め息だった。
「ふむ…。ちゃんと呼んであげた方がいいかな? ―――キリハ君?」
「―――っ!!」
はっきりと名前を呼ばれ、動揺して一歩退く。
その拍子に、足元の枯れ枝を踏んでしまった。
「ほら。もう隠れようがないだろう? 怖がらずに出ておいで。」
「………」
シアノの声を借りた誰かは、あくまでも優しげに語りかけてくる。
「驚かせてすまない。お前のことならシアノからたくさん聞いているし、シアノの目を通して見ていたんだ。」
「………」
「シアノには言わなかったが、本当はお前がシアノについてきていることは知っていたのだ。お前もシアノも互いに会いたがっているようだから、あえて止めなかった。どのみち、いずれは声をかけるつもりだったのだよ。」
「………」
「ほら。そろそろ出てきなさい。レティシアたちと血を交わしたお前なら、ドラゴンが不用意に人を襲う生き物じゃないと知っているだろう?」
どうやら相手は、レティシアたちのことも知っているようだ。
「………」
長い逡巡の結果、キリハはおずおずと岩肌の陰から半身を出した。
そこには、首を丸めて眠っている姿勢のドラゴン。
その前では、シアノの体を借りた何かが、柔らかく微笑んでこちらに手招きをしている。
「ひとまず、自己紹介をするとしよう。」
ようやく近くまで寄ってきたキリハに、彼はそう語りかけた。
「私の名はレクト。シアノからも聞いているとは思うが、シアノの父親代わりをしている。成り行きではあるがな。この前は、シアノが世話になったな。ありがとう。」
「えっと……」
自己紹介をされても、いまひとつ状況を理解できない。
キリハは戸惑いながらも、おそるおそる指でとある一点を示す。
「レクトっていうのは、その……後ろのドラゴン……さん?」
多分それしかないのだが、一応確認を。
これで実は二重人格ですとか言われたら、それこそ自分にはどうすればいいのか分からない。
「ああ、そのとおりだ。」
レクトはこくりと頷いた。
「へぇ…」
未だに夢心地といった声音で呟いたキリハは、まじまじと黒いドラゴンを見つめる。
僻地とはいえ、ここはまだ人間でも来られる場所。
こんな場所で、理性を保ったドラゴンが暮らしていたなんて。
しかもシアノを育てているということは、彼は過去の歴史を引きずることなく、人間との共存を受け入れているのだ。
レティシアたちにはこちらの都合で共存を強要している節があるので、そういった縛りがない状態でシアノと暮らしているレクトの存在が、自分にはとても衝撃だった。
……と、そんな感慨深い心境になっていた自分の沈黙を、レクトはどう受け取ったのだろう。
いつまで経っても口を開かない自分に、彼はふと小首を傾げた。
「もしかして、私がシアノの口を借りて話しているのが不思議か?」
「……へ?」
訊ねられて、キリハは間の抜けた声をあげた。
言われてみれば、確かに不思議だ。
普通に、〝ドラゴンって、こんなこともできるだー〟と受け入れてしまっていた。
「うん。どうして、そんなことができるの?」
人間と暮らしているドラゴン。
そう認識した時点で、レクトにはかなりの好感を抱いていた。
故にキリハは警戒心をゼロにして、興味津々といった様子でレクトに訊ねる。
「私の血を濃く取り入れたせいだ。時間は限られるが、ドラゴンは交わした血を通して、その人間の意識と肉体にリンクできるんだ。とはいえ、知っている限りでこんな芸当ができるのは、私とリュドルフリアくらいだが。」
「え…」
「気を悪くしないでおくれ。幼いシアノを育てるには、こうする他に道はなかったのだ。人間のあれこれは人間の体で教えるのが一番だし、シアノに危険が迫った時は、私がシアノの体を借りて処理するのが確実だった。さすがに、ドラゴンの姿で人間の世界に乗り込むわけにはいかないだろう?」
「そ、そうだけど……ちょっと待って!」
どうしても聞き流せないことがあって、キリハはたまらずレクトの話を遮った。
「血を濃く取り入れたって……―――じゃあ、シアノも竜使いなの?」
過去のユアンや今の自分と同じく、ドラゴンの血を取り入れているというシアノ。
それが真実ならば、自分はなおのことシアノを放置できない。
幸運にもアルビノの容姿が隠れ蓑となっているが、こんなことを知られたら、心ない人々にどんな目を向けられるか。
同じ竜使いだって、ドラゴンと血を交わしたことを否定こそすれど、肯定はしないだろう。
こんな状況下で、シアノと同じ立場からシアノを認めてあげられる人間は、自分しかいないじゃないか。
「結果的に、そうなってしまったと言えるな。」
キリハの質問に対して、レクトはそう答えた。
なんてことだ。
レクトと暮らしている時点でその可能性に思い至れという話ではあるが、こんな展開は予想していなかった。
「お前が危惧することは分かる。容姿のせいで捨てられたところに、竜使いの能力だからな……」
どこか顔を青くするキリハが何を考えているのかを察したレクトは、複雑そうな顔をして自身を見上げた。
「同胞に会わせたことはないから、断言はできないが……私の血を取り込んだのだ。おそらくこの子には、レティシアやロイリアだけではなく、ほとんどのドラゴンの声が聞こえるだろう。」
「ほとんどの…?」
その言葉がきっかけで、以前フールから聞いた話を思い出す。
ドラゴンと意志疎通を図るには、ただ単純にドラゴンの血を飲めばいいわけじゃない。
重要なのは、飲んだ血の格だと。
神竜と称されるリュドルフリアの血を飲んだユアンは、それだけでほとんどのドラゴンと意志疎通を可能にした。
そしてレクトも、人間の体を使えるのは自分とリュドルフリアくらいだと口にしたばかり。
ならば、リュドルフリアと同等の格を持つ彼は―――
「レクト、は……」
こちらが何に思い至ったかを、いち早く察したのだろう。
レクトは静かに瞑目した。
「私は、忌竜と呼ばれる存在。神竜リュドルフリアと並び称されながらも……彼のように崇められることはない、光の裏に潜む影のような存在だ。」
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