昨日の君に未来の僕を

春血暫

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第5話

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 ドサッと、ベッドに押されて、俺は優馬を見上げる。

「何……」

「好き」

「いや、優馬……。なんだよ、」

「……黙って」

 優馬は、俺の上に乗り、シャツをズボンから出す。

「じっとしてて、」

「いや、」

「昔は、してたじゃん。今は、もう、人が違うから嫌?」

「じゃなくて、客が――」

「いいじゃん」

 さわっ、と優馬は俺の腹を撫でる。

 ゾクッと、身体は反応して「うっ」と声が出る。

 優馬はニコッと笑い「なに?」と言う。

「愁哉、触られるの――好きなの?」

「うる……さいっ」

「ふーん」

「………っ」

 別に、触られるのが特別、好きなわけではない。
 優馬が、いるから。
 だから、だと思う。

――でも、これはなんか違う。

 普通に、人間のように。
 あの頃のように、愛し合いたかった。

「いや……だ」

「嫌? なんで?」

「こんなの――嫌だっ」

 俺は、優馬を思いっきり手でどけて、出入り口の方に行った。

 優馬は、ビックリしたのか。
 追いかけてこなかった。

 走って、部屋から出ると。
 玄関の方で、見覚えのある青年がふらふらと歩いていた。

――もしかして、さっきの呼び鈴。

 彼が、鳴らしたのではないか?
 いや、でも。なんで、入っているの?

 俺は、普段通りな感じで玄関の方に行くと。
 青年は、俺を見て「あ!」と言う。

「やっぱ、社長だ!!」



「いや、もう社長じゃねえよ」

 と、百鬼さんは笑う。

「で、お久しぶりだね。神呪さん」

「もう、神呪じゃないけどね。今は、神原だよ」

「かんばる?」

「そう、神様の原っぱで。神原」

「ふーん、いいね。下の名前は?」

文乃あやのっていうよ。文章の文に、乃木将軍の乃」

「乃木将軍って……」

 百鬼さんは苦笑し「でも」と言う。

「女の子みたいで、可愛いな」

 と百鬼さんは言って俺から目をそらした。

 まあ、確かに。
 俺も、あまり好きではないが。
 それなりに理由があるらしいから。
 よしとしている。

「百鬼さん?」

 と、俺が声をかけると、彼は少しビクッとして俺を見る。

「なに?」

「いや、なんか苦しそうだから」

「あ、いや。まあ、ちょっとね」

「? 左坤さこんくんと何かあったの?」

「今は、左部だよ。まあ、何て言うか……」

「んー、とりあえず。ここだとあれですし、どこか飯でも食いに行きますか」

「あ、ああ。うん、そうだね」

「? どうかしたんです?」

 少し、心配になって顔を覗くと。
 今にでも泣き出してしまいそうな顔を百鬼さんはしていた。

「え」

 と、小さく呟いて。
 俺は、百鬼さんの手をとって、外に出た。



 100年くらい前の話をしよう。
 俺は、とある出版社の社長だった。
 怪異が、社長なんて。とは思うけれど。
 そこは、あまり気にすることなかれ。

 まあ、出版社とは名ばかりのただの遊び場だったんだけどね。

 働きたくても、働けない。でも、働かないといけない人たちが集まるところとして、用意した場所。
 社会復帰の場所とでも言えば、かっこいいかもしれない。
 でも、やっぱり遊び場の方が合っている気がする。

 あの頃は、今俺のそばにいる神原さん(まあ、そのときは神呪さんだったんだけど)がいて、優馬がいて。他にも、社員はいて。
 とても楽しかった。

 これが、続くと良いな、と思っていたけど。
 人間は、早く死ぬもので。
 とても短くて、儚くて。
 あっという間に、みんな歳をとって死んでしまった。

――見送るって、とてもつらいわ。

 と、小さく呟いて。
 ふと、見ると。

 神呪さん――いや、神原さんが俺の手を引いていた。

「あれ……?」

「何かあったかは、わかんないし。言いたくなかったら、言わなくて結構だけど」

「ん」

「話くらい、いつでも聞くよ」

「………」

 生まれ変わっても、変わらないところはある。
 彼は、元々優しくて気遣いができて。
 好き嫌いが激しくて。
 好きなものには、とことん尽くす。
 そんな男だ。

 もう、神呪さんはいないのに。
 まだ、ここにいるような気がする。

「神呪さん――」

 最期まで、俺の心配して。

――あんたが死なねえなら――
――何度だって生まれ変わって――
――会いに行ってやるよ――

 そう笑って、逝った。
 君が、まだ――

「うっ……、ひっ……」

 なんか、わかんないけど。
 涙が止まんない。

 俺が、嗚咽していると。
 神原さんは、心配そうに「え? どうした」と俺を見る。

「ほんと、すぐ泣くよね。女かよ、あんたは」

「うわああああああんっ」

「ったく、もう」

 神原さんは、ため息を吐いて。
 俺を抱きしめる。

「こういうのは、君の恋人の役目だと思うんだけど?」

「うわああああああああんっ」

「泣き止みなよ、スッキリしたら」

「うっぐ……っ」

 俺は、うんと頷いた。



 何分か経って、百鬼さんは落ち着いたようで。

「ごめん」

 と、目の周りを赤くして言った。
 俺は「いや」と言って少し笑う。

無問題モーマンタイだ」

「……君、昔よりだいぶいい男になったね」

「そう?」

「そうだよ」

「……そう」

 百鬼さんは、やっぱり。
 俺の上司なんだなあ、と思う。

 なんというか、前の俺がどう思っていたかは、あまりわからないけど。
 だけど、何となく頭が上がらない。

「ね、神原さん」

「はい?」

「泣いたら、お腹空いたわ」

「……えっと?」

「何か奢ってくれたら、嬉しいぞ」

「……いい笑顔しやがって」

 俺は、ため息を吐いて近くのファストフードに入った。



 拒絶された。

 こんなに愛しているのに。

「どうして?」

 好きだと伝えた。
 伝えたのに。

 どうして、答えてくれないんだろう。

「僕を愛してくれない愁哉なんて――」

 全然要らない。
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