愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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 目の前で、最愛の人が倒れたら、人は、どうすれあいいかわからなくなるものだと思うんだ。

 僕だって、そう。

 それは、いつも通りの朝だった。

 いつも通り、僕は早く起きて、最愛の人を起こそうと思った。

「愁哉」

 と、隣で眠る僕よりも少し背の低い(それでも、一般から見ればかなりの高身長である)男を揺さぶる。
 愁哉は、僕の声で目を覚まして、笑って「優馬ゆうま」と僕の名前を呼ぶ。

「おはよう」

「うん、おはよう」

「朝ご飯は、何が良い?」

「なんでも良いよ。あ、昨日の残りがあるね」

「そうか、なら、それを食べようか」

「うん」

 ここまでは、いつも通りだった。
 なんの変哲もない。

 日常といえるものだった。

 だけど。

 愁哉が立ち上がって、台所に向かった瞬間。

 バタンッ

 と、大きな音と共に、愁哉は床に倒れた。

「え――」

 僕は、わけがわからず、愁哉の名前を呼ぶ。
 だけど、返事がなくて、嫌な汗が出る。

「起きてよ、愁哉!!」

 どうしよう。
 なんか、呼吸していない。

――どうすれば良いの?

 と、狼狽えていると、愁哉の携帯が鳴った。
 画面を見ると、引馬ひくまさんからだった。

 僕は、愁哉に小さく「ごめん」と言って、電話をとる。

「ごめんなさい、今、愁哉、倒れて――!!」

「倒れて? 左坤くん、どういうこと?」

「わかんない!! 急に、バタンッて!! なんか、呼吸してないし!!」

「……家?」

「うん、そうだよ!!」

「わかった。今すぐ行くから、待ってて」

 ピ、と引馬さんは電話を切る。
 それを聞いて、僕も切る。

 小学校も、中学校も、全然通えなかったし、高校も、殆ど行けなかったから、こういうとき、どうすれば良いか、わからない。

 別に、好きで学校に行かなかったわけではない。
 母親に、行かせてもらえなかった。

――そんな、金があるなら、他に使う――

 そう言って、学校に通わせてくれなかった。
 ランドセルも買ってくれなかった。

 いまだに、ランドセルが何かを僕は知らない。

「どうすりゃ、良いの……。早く来て、引馬さん」

 と、呟くと、インターホンが鳴った。

 僕は、走って玄関を開ける。

 そこには、もちろん、引馬さんがいた。

 引馬さんは、ガタイが良く、サングラスをしている。
 サングラスをしている理由は、オッドアイだから、と言う。
 実際に、引馬さんは左右の目の色が違う。
 右の目が紅柄色で、左の目が錫色。
 僕は、きれいだと思うけど。
 引馬さんは、嫌がっている。

「あ、えっと」

 と、僕が言うと、引馬さんは「ごめんね」と部屋に入った。
 早歩きで、愁哉のところに行くと、引馬さんは声をかける。

「社長。聞こえますか? 聞こえるなら、反応してください」

 だけど、愁哉は反応しない。

 僕が「愁哉!」と涙目になりながら名前を呼んでも、反応がない。

「引馬さん、愁哉死んじゃったの? ねえ、なんで?」

「左坤くん、少し黙ってくれ。医師として言う」

「へ?」

「吃驚して、不安なのはわかる。俺だって不安だよ。だけど、社長を救いたいなら、診察するから、静かにしていてくれ」

「…………」

 僕は、小さく頷く。
 医者に診察してもらったことがないから。
 静かにしないといけないなんて、今、知ったけど。

 引馬さんが、いつも以上に真剣だったから。
 僕は、従うしかなかった。
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