愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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「「バンド?」」

 と、俺と文人は言った。

 三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子は、なぜか誇らしげに言う。

「ほら、三沢たち、やっていたじゃん。またやろうよ」

「嫌だ。あれは、あのとき限定でやっていたんだから」

「良いじゃないか。それに、やってくれないか? て、言われたんだよ」

「どこで?」

「母校で」

「あそこ、まだあったんだ」

「文ちゃん、それはひどくない? あるよ。ちゃんと」

「驚きだわ。てか、え? 大学行ったの?」

「たまたま通りかかったら、声をかけられたんだよ。三沢、また女の子を魅了しちゃった、と思っていたらさ。『ELENさんですか? あの音魂鎭心おんこちしんの!!』て言われたんだよ。んで、話を聞いてみたら、学祭でのイベントを考えていて。それで、三沢たちのことを知ったみたいでね」

「つまり、またやってもらいたい、と?」

「そういうことだ。梔」

「でも、俺ら三十過ぎたおっさんじゃね? 今さら、あんなのやれねえよ。TOKIOじゃねえんだから」

「三沢も、そう思ったんだけど。部室とか、あの頃のままでさ。なんだか懐かしくて。いや、文ちゃんと梔がやりたくないなら、やらないけどね?」

「んー。文人、どうする?」

 きっと断るだろうなあ、と思いながら俺は聞いてみる。
 文人は、最初のときから嫌がっていたし。
 まあ、でも。
 俺が『バンドマンはモテる』て、言ったら、オッケイって頷いたんだけどな。
 実際、モテたなあ、あの頃。

「なあ、三沢」

「ん? なんだ?」

「それっていつだっけ」

「え? ああ、たしか、来月の、つまり十二月の十三日だな」

「ドンピシャだな、紀治」

 文人は、お冷やを飲みながら頷く。

「良いよ。その日だけな。三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司くりす殿亜流萬崇あるばんす十字くろす李亜蓮斗りあれんと

「何、その長い名前。三沢、よくわからない」

「お前の最初の名前。極秘ルートで手に入れた情報」

「三沢、そんな長い名前だったの? なんで本人の知らないものを」

「お前の両親が、役所に届ける際、最初の方しか思い出せなかったんだよ。だから、お前が知っているわけがない」

「いや、ならさ。なんで知ってるの? 文ちゃん、三沢のファンなの?」

「ぶち殺してやるよ、三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗」

 文人は、呪文を唱えるように三沢の名前を呼んだ。
 本当に呪文のような名前である。
 DQNとか、通り越して怖い。

「てか、文人。良いんだ。まあ、文人が良いなら、俺も良いよ。その日限定でさ」

「やった。んじゃ、連絡するわ」

 と、三沢(もう、フルネームで書くのだるいから、以下省略)は電話を出して、話をしだす。
 それを見て、俺は小さく「さすが」と呟く。

「三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗」

 ちなみに、俺もこれは知っている。
 文人から聞いたのだ。

――てか、音魂鎭心、か。

 音の魂を鎮める心。

 そういう意味で、俺がつけた。

 文人には『くそだせえ』と言われたが、リーダーである三沢が頷いたから、決まった。

 大学四年間だけやった学生ロックバンド。
 曲の殆どはエロだった。
 曲と曲との間のMCもエロだった。

 あの頃は、本当に若かった。

 俺も文人も金髪で。
 メンバーがみんなカラコンとかしていた。

 学祭とか、不定期ライブとか。

 あの頃が一番、青春をしていたような気がする。

「てか、文人。何が、ドンピシャなんだ?」

「社長の誕生日だよ。さっき、引馬さんからあったろ?」

「あー。そういえば」

 引馬さんから、メールがあった。
 すっかり忘れていた。

 俺がそれを笑って言うと、文人は呆れた、というような顔をする。

「お前、そんなんだからダメなんだよ」

「いや、俺はお前よりはマシだぞ?」

「いやいや。友人の名前を覚えていないとか、くそ野郎だからな」

「えー、興味がないんだもーん」

「おっさんが、もんとかいうな。気持ち悪いわ」

 はあ、と文人はため息を吐き出した。

――まったく、よくわかんねえな。

 と、思っていると、芝川が小さく笑う。

「お前ら、変わらねえな。高校の時から、ずっとだね」

「まあ、人間はそう簡単には変わらねえよ」

「うん。あ、梔。お前、あれ知ってる?」

「ん? あれ?」

 あれ、とはなんだろうか。

 と、思っていると、芝川は「神呪がさあ」と文人を見て笑う。

「一度、梔のことで、クラス全員に怒ったんだよー」

「え? そうなの? 文人」

「記憶にございませんことよ」

 文人は、赤面しながら言った。

 これ、記憶にあるやつだ。

 と、思って笑っていると。
 芝川は「梔、知らないんだ」と言う。

「いやあ、あれはすごかったよ。高校の時から、梔って、男女に人気だったじゃん。けど、お前さ、神呪と俺しか名前把握できていなかったじゃん」

「あー、そうだな。お前らだけしか、わかんなかったし。知ろうとも思わなかったわ」

「相変わらずひどいな。いや、まあ、それは置いておいてさ。クラスのやつらが、みんな、放課後ね。梔の悪口を言っていたんだよ。俺はその場にいて、ぼーっとしていたけどね。んで、神呪がたまたまそれを聞いて。怒ったんだよ」

「うわあ、あの文人が?」

「そうそう。『そんなんで、友人とか名乗ってるんじゃねえ』とかね。『紀治が、お前らを苦手って思っている理由がわかった』とか。『文句あるなら、こい。相手してやらぁ』とかさあ」

 芝川は懐かしそうに話す。
 文人は俺の隣で「うるせえ、バカ野郎」と恥ずかしそうに言う。
 俺は、それを聞きながら、うんうん、と頷く。

――良い友人を持ったな、俺。

 高校の時とかは、クラスのやつには基本的には興味がなかった。
 化粧は濃いし、ブスだし。
 自分がイケてる、と勘違いして、威張っているやつばかりだったから。

 そんな中でも、文人と芝川は普通だった。

 大学に入って、三沢に出会って、仲良くなって。

「なんか、俺は恵まれてるな」

「どうした、紀治。キモいぞ」

「キモいって言うなよ、クズ文人」

「うるせえぞ、クズ紀治」

「あ? やんのか?」

「やったろか、ボケが」

 と、にらみ合っていると、芝川が慌てて止める。

「そうやって、すぐに喧嘩するのも、変わらないな」

「仕方がねえよ。こいつが、仕掛けてくるんだから」

 と、俺が文人を指すと、文人は「んだよ」と言う。

「大体、てめえがくそ野郎だから」

「あ?」

「あ?」

「まあまあ、二人とも」

「「芝川、てめえは黙ってろ!!!!」」

 と、同時に芝川に八つ当たりをすると。
 三沢が電話をしまい、俺らを見る。

「相手の子、とても喜んでいたよ」

「お? そうなんだ」

「へえ。てか、英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗。その子、よく知っていたよね」

「それくらい三沢たちは、伝説なんじゃないかな。三沢オブLEGEND」

「LEGENDとか言ってるの、マジ痛いな」

「三沢は痛くないぞ。文ちゃんってば、嘘つきだなあ」

「英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗。マジで殺すぞ」

「まあまあ、二人とも」

 で、と芝川は言う。

「曲とかどうする? 新曲とか、三沢、作れる?」

「三沢に不可能はないよ。染太郎」

「そうか。なら、新曲とかやっちゃおうよ」

「うん。そうだな」

 と、三沢は頷いて、文人を見る。

「文ちゃん、作詞よろしくね」

「あ!? なんで、俺が!?」

「文ちゃん、作詞の能力あるじゃん。文ちゃんが作詞した曲、みんな好きだし」

「無理だよ。あれは、なんとなくで書いたんだからさ。てか、新曲だけってより、元々ある曲も歌った方が良いんじゃねえの? 俺らのこと、知ってる人なんて少ないだろ。あそこにゃ」

「そうだな。文人の言う通りだ。三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗、新曲だけはきついぜ」

「うーん。それも、そうかあ。なら、一番最初の曲、文ちゃん作詞の曲、新曲、ていう感じでいくか。あと、なんで梔知ってる感じ出して、言ったの? お前も知ってるの?」

「それでいこうぜ、あと、俺は普通に文人から聞いた」

「文ちゃんの情報網って何?」

「秘密だ、三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗」

「もう、字面が中国語みたいになってるよ。三沢、困るよ。ほんと、英煉って呼んでよ。三沢でも良いから」

「いや、だからさ。俺らは人の困っている顔を見るのが好きなんだよ。わざとだよ、わざと」

「ひでえよ、本当に」

 三沢は、そう言って立ち上がる。

「さて、そろそろ店出ようか。んで、明日から練習しようぜ」

「良いけど。場所とかあるの? てか、楽器は?」

「場所は、三沢の家で良いと思う。楽器は、学校に置きっぱなしだから、平気じゃね?」

「了解。んじゃ、また明日な」

「おう」

 と、今後の話をして、俺たちは店から出た。

 芝川と三沢の家は、近所だから、帰る方向が同じらしい。
 俺と文人は、二人の帰る方向とは真逆なので、店を出てすぐに別れた。

「懐かしかったな、あいつら」

「それな」

 と、俺は頷いて、文人の手を自分のポケットに突っ込む。

「また寒いって、騒がれたら困るからな」

「騒がねえし。騒いだことねえよ」

「どうだか。てか、お前、作詞しねえの?」

「できたらしてやるよ」

「ふーん。じゃあ、俺は期待してるね」

「勝手にしてろ、くそ紀治」

「そんなくそ野郎を好きなお前も、くそだよ」

「自覚してるさ」

 文人はニコッと笑った。

 それから、無言で。
 ただただ、家に向かって歩いた。
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