愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 次の日。
 普通に会社に行ってみると、なんだか騒がしかった。

「あれ?」

 と、思って見てみると。
 引馬さんを中心に、みんなが集まっていた。

「どうしたの?」

 と、俺が聞いてみると、引馬さんが「ああ」と笑う。

「梔さん、おはよう。神呪さんはどうしたの?」

「文人なら、地獄に落ちました」

「そっか。ご愁傷さま」

「いやいや、あのくそですからねえ。そのうち、地獄から追い返されてきますよ」

「どんだけだよ、まったく」

 と、引馬さんは苦笑する。

「ところで、今、みんなと懐かしい話をしていたんだ」

「懐かしい話?」

「そうそう。左坤くんが、高校生の時に、カツアゲされそうになって、怖いからって、相手にエルボーかましたとか」

「左坤くん、何してるの?」

 怖いからって、人にエルボーするか?

 と、左坤くんを見ると、彼は恥ずかしそうに笑う。

「いやあ、でも、引馬さんもすごいですよ。ブレインバスターだもん」

「なんで、プロレスなの?」

「まあ、昔ね。少しだけやっていたんだよ」

「見えないのに?」

「その頃は、まだ見えていたよ。色はわけらないけどね」

「すげえ。そのときのリングネームってなんだったんです?」

「なんだったかな。昔のことで覚えていないや」

「えー、気になるー」

「そんな、棒読みされてもねえ」

 引馬さんは笑う。

「そういえば、梔さんは、高校生の時は、ヤンキーだったよね」

「え? どうして、それを」

「うちによく来ていたじゃないか」

「え? あ、平沢ひらさわ病院!!」

 うわ、と俺は頭を抱える。

「もう、恥ずかしいですよ」

「まあ、誰だって経験するさ。ね、精神病質の梔」

「なんで知ってるんですか、当時呼ばれていた名前」

 と、俺が言うと、左坤くんが目を輝かせて俺を見る。

「なんです!? それ!!」

「いや、昔さ。ちょっと、ヤンチャしていたの」

「ヤムチャ?」

「それ、どういうこと? 昔、ヤムチャしていたって。中華屋で働いていたとか、そういう話? いや、してねえよ? 二重の意味で」

 はあ、と俺は息を吐く。

「ちょっと、もう、本当に学生時代は黒歴史なんで。もう、やめてください」

 と、俺が呟くと、扉の方から

「何言っているんだよ、梔さん」

 と、社長の声がする。

「音魂鎭心のくせに」

「あ、てめっ!! その名前出すなよ!!」

「えー、ベースしていたのにい。かっこよかったよねえ、モテモテだったよねえ」

「うるさい!! もう、本当にやめて」

「音の魂を鎮める心」

「社長、本当にやめて」

「日頃の怨みつらみを、ここで晴らす」

 ニコッと社長は笑った。

――怖いわ。すごく怖いわ。

 と、思っていると。

「なんで、しゃちょうそれしってるるの」

 と、驚きすぎて、すべてひらがなになり、しかも、噛んでしまった文人がいた。
 パッと見ではよくわからないが、相当恥ずかしいみたいで、焦っている。

「あ、神呪さん。学生時代、メイドのバイトをしていた神呪さんではないか!」

「うっ……、なぜそれを」

「こっちはね、社員のことは色々調べてるんだよ」

「くそじじいめ……」

「えー、そんなこと言って良いのかな? メイド時代の写真あるけど。ばらまこうかなあ」

「あ、やめ!!」

「あー、手が滑ったー」

 と、社長は持っている写真を、みんなのところに置いた。

 左坤くんは「うわあ、すごい」と言い。
 柳楽くんと小鳥遊くんは「うわ」と瞠目し。
 尺度さんは「すご」と言った。

 みんな、吃驚しているけど。
 一人だけ、みんなとは違う驚き方をしていた。

 てか、引馬さんだった。

 引馬さんは、文人のメイド時代(これは、俺が騙して、文人にメイド喫茶で働かせた数ヵ月のこと)の写真を見て、かたまっていた。

「どうしたんですか?」

 と、俺が声をかけると、引馬さんは「あ」と苦笑する。

「いや、悠生がさ、昔、付き合いで入ったメイド喫茶に、男の子みたいな可愛い女の子がいた、て話していたんだよ。んで、写真も撮ってもらったらしくてね、見せてもらったことがあって……」

「え? まさか、それが……」

「そう、神呪さんだった」

「えーーーーーー」

 吃驚だよ。
 マジで。

 チラッと、文人を見ると、文人は「あ」と言う。

「あのときの、お客さん。平沢先生だったの? うわ、終わった。口止めしてくる」

「いやいや、神呪さん、落ち着けってー」

「くそが。くそじじいが。てめえ、マジ、末裔まで呪うぞ」

「残念ながら、不可能だな」

「そうだった。死なないんだった。うわ、もう、マジ、じじい」

「はっはっはっ!! 復讐完了じゃ!!」

「社長、性格悪いな」

 と、悪役のような笑い方をする社長に言うと、社長は「いや」と言う。

「お前らの方が、性格悪いからな。まあ、笑いすぎたのは、悪いな」

「いや、思っていないでしょ。悪いなんて」

「まあ、思っていないよ。いやあ、今日の仕事終わった」

「いや、なんで帰ろうとしてるんだよ。てか、俺、別に突っ込みじゃねえのに」

 と、頭を抱えると、文人が目を輝かせて「うん」と頷く。

「夜の方も、突っ込みではないからね」

「おっと、文人くん。調子に乗るなよ?」

「なんです? 紀治くん。お前が調子に乗るなよ?」

「あ? お前、嫁のくせに」

「んだと、てめえの方が嫁だわ」

「あん? やんのか、ゴルァ!!」

「上等じゃ。やったるわ!」

 と、俺らがにらみ合っていると、引馬さんが小さく笑う。

「平和だね、今日も」
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