愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 あのあと、殆ど全員と話をした。
 賛成している人たちは、治奈と同じで「現実と向き合いたい」と言っていた。
 反対している人たちは「自分が消えるのは嫌だ」と言っていた。

「どうしたもんかな」

 缶チューハイを片手に俺は考える。

――消えてなくなってしまうのは、とても寂しいものだ。

 人格統一したら、今までいた時間がなかったことになりそうで怖い。

 今まで通り、少し問題はあるけど、楽しく過ごすのはいけないことなのだろうか。
 少しずつ違うけど、同じ紀治を相手にしていくのはいけないことなのだろうか。

「どうするのが良いのかな」

 と、呟いて缶チューハイを飲むと「よ」と紀治が声をかけてきた。

「んだよ、くそ紀治」

 と、俺が言うと紀治は笑う。

「なんだよ、酔っぱらってんの? 文人」

「酔ってへんわ。くそが」

「……あのさ。少し真面目な話をしても良い?」

「良いけど、俺は酒を飲んどるぞ」

「うん。ありがと」

 紀治は冷蔵庫から缶ビールを出して、俺の前に座る。

「なんとなくなんだけどさ。俺って、人格障害でもあるのかな」

「……は? 何、急に。どうしたんだよ」

「少し前から不思議だったんだよ。俺の趣味じゃない物とかあるし。気づいたら、家事をしていたりするしさ」

「……で、それがどうして、人格障害とかになるんだよ」

「引馬さんに聞いてみた」

「え?」

 驚いて缶チューハイを落としそうになった。

――は? こいつ、マジかよ。

「あ、え?」

「だから、引馬さんに相談してみたんだよ」

「えー、あのー、えー?」

「な、なんだよ。何かまずいの?」

「まずいもくそもねえよ。死ね、紀治。俺の努力を返せ」

「は? お前が死ね、文人。お前の努力ってなんだよ」

「俺がさ、お前が気づかないうちに、まるっと解決しようと思っていたのに」

「? え、何? お前、なんか知ってるの?」

「もう良いや、どうせ話さないといけないことだったと思うし」

 でも。
 お前は知らないままの方が良かった気がする。

「お前はね、本当はいないんだよ……。いるけどいないの」

「ん? は? え? ちょっと、混乱しかしない」

「お前はな『梔紀治』であって『梔紀治』ではないんだよ。けど、俺から見れば全部『梔紀治』なの」

 全部。
 全部。

 最初から、お前は紀治だ。

 どんなに名前が変わっても、人格が変わっても。
 くそ野郎でもさ。

「解離性同一性障害って知ってる? 簡単に言えば多重人格なんだけどさ」

「あ、うん。知ってるけど」

「それ」

「ん?」

「だから、お前はそれなの。かれこれ二十年以上前から」

 そう思うと、時間は経つのが早い。
 出会って、二十年以上も経っているなんて。

「いちから説明してやろうか?」

「えっと、少し整理する時間をくれないか?」

「良いだろう。整理できたら声をかけよ」

 その間、引馬さんに聞いてみよう。
 これで嘘だったら、俺はこいつを殺そうと思う。

 けど、まあ。
 本当に話さないといけないことだったし。
 殺すのはやめておこう。

――ほんと、わけわかんないよな。

 もっと最初の方で言うべきだったのかもしれない。
 でも、言えなかったのは、知らなくても良いことだと思ったからで。
 知らない方が良いと思ったからで。

 とりあえず、謝罪するしかないような気がする。

 ずっと黙っていたことに対して。
 ちゃんと謝罪をしよう。

 そう思いながら、引馬さんにメールを送ってみた。
 返信はいつも遅めだから、そのつもりでいたらすぐに来て驚いた。

――早いときもあるんだな。

 と呟いて見てみると。

『話した覚えは少しだけあるよ。聞かれたからね。そんな直接は話していないけど。どうかした? もしかして、何かあって。話をした? 神呪さんのことだから「もっと早く話しておけば」なんて思っているだろうけど。そんなことはないと思う。だって、言わずにいたのは梔さんのためでしょ? なら問題はない。と、俺は思う』

 引馬さん、実は携帯の文字を打つの早い人なのでは? と思った。
 メールを送って三分後とかに返信来たし。
 少し長めの文章を送ったのに、三分クッキング的な感じで返ってきて、驚きしかないのだが。
 そんなことはどうでも良いとして。
 さて、どうしたものか。
 とりあえず、今のことをざっくり説明をしよう。

 と、メールの返信をしようとしたとき「文人」と紀治が声をかけてきた。

「なんだよ」

 と、俺が返事をすると、紀治はニコッと笑う。

「今度のライブで、サヨナラをしよう」
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