愛縁奇祈

深雪の空

22

「ごめんなさい、文人さん。私が悪いんです」

　しばらくすると、治花は泣き止んで。
　どうかしたのか、と聞こうと思ったら別人格の治奈が出てきた。
　治奈は出てくるとすぐにそう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。

「私が勝手に決めて、話をしました」

「？　何を？　とりあえず、頭を上げて？」

　俺がそう言うと、治奈は「はい」と頭を上げる。

「治療の話です。人格を統一するって言う」

「え？」

　ちょっと待て、それは初耳だぞ。
　なんで急に？
　どうして？

「ちょ、あの？」

「私が勝手に、と言いましたが。本当は何人かと決めました。訂正しますね」

「あ、いや、それはどうも。て、そうではなく。なぜ急に？　今までそんな……」

「ずっと考えていたんです。それに、引馬先生とは今日話しました」

「……そう。けど、さ。なんで治花泣いてたの？」

　その何人かの人格には、治花は含まれていなかったのだろうか。
　では、なぜ？
　どうして泣いていたのだろうか。

　わかりそうでわからない。

「あのさ、」

「治花は統一するのに反対しているから泣いたんでしょう」

「え？」

「統一したら、自分は消えてしまう。そう思って……。そんなことないんですけど」

「…………」

「なんとか説得しようと思ったんですが。うまくできませんでした」

「そう……」

「どうして、人格を統一しようと思ったか、気になりますか？」

「そりゃ、もちろん」

　だって急だし。
　気になるわ。普通に。

「文人さん」

　と、治奈は言う。

「私たちがいるのは、ただの現実逃避なんです。現実逃避をしてきた結果が今なんですよね。もう良い年です。だから、いい加減にした方が良いような気がするんですよ」

「………」

「ちゃんと現実と向き合わないと。私たちもあなたも幸せになれない気がするんです」

「だからって、急じゃねえか。一言くらい俺に言ってくれたって良いだろ？」

「そうね。急だった」

　ごめんなさい、と治奈は謝った。

――違う、そうではない。

　謝ってほしいとかではない。

　ただ、急で。
　素直に驚いているだけ。

「いや、そのさ。もう早速治療開始なの？」

「いえ、来週もまた来るように、と言われました」

「……待って。考えさせてくれる？」

「ええ、わかりました」

「あと、他のみんなとも話をしたい。治花と同じ、反対している人もいるんだろ？」

「ええ、います」

「その人たちと話をしたいし。賛成している人たちとも話をしたい」

　話をするなんて、言ってはみたけど。
　する内容なんて、特にない。

「悪いな、本当に」

「いえ、こちらこそ。勝手に話をしてしまい、すみませんでした」

「良いんだよ。俺は別に怒っていないし。ビックリしただけだから」

「……はい」

「うん」

　俺は頷いて、食卓の方へ向かう。

「何か食べる？」

「あ、いえ。大丈夫です」

「ん」

「あ、えっと。文人さん」

　治奈は少し慌てたような感じで俺に言う。

「文人さんはどう思いますか？」

「俺？　俺はお前らがみんな幸せになるなら、どんなことでも良いと思うよ。でも、もし欲を言って良いならこのままが良い」

「どうしてです？」

「なんだろうね。一人一人会って、話をする度にさ、お前ら全員好きになっていくんだよ」

　同じ紀治なのに。
　全然違うのだ。

　くだらないことで人格同士が喧嘩したり。
　そうかと思えば、仲直りしていたり。

「一緒にいて、とても楽しいんだよ。お前らは」

「……文人さんはいつもそうやって、女の子を口説いていたりするんですかね」

「へ？」

「いえ、なんでもないです。では、私は少し寝ますね」

「あ、うん。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

　治奈はそう言って、布団に入った。