お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ

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21.六日目:夢

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 六日目・夜

 懐かしい夢を見た。
 子供の頃、この屋敷で過ごした頃の夢だ。夏休み、冬休みに春休み、GWなんかの長期連休もそうだった。私はずーっとここにいたのだ。
 
 母は仕事、父も仕事、夢を追いかけている母が私の世話をするのは難しく、父も同じような状況。子供の私を自宅で一人にするわけにはいかず、祖母の元へ預けられていた。

 だけど両親は私を愛していたと思っているし、育児放棄だったとは思っていない。ただ、自分よりも優先される『仕事』に嫉妬したりはしていたし、淋しさも感じてはいた。
 いつも「いってらっしゃい! おみやげ楽しみにしてるね!」と笑顔で二人を見送っていたけど、祖母と二人だけの屋敷に置いて行かれることに痛みも感じていた。


 ――ああ、これはお見送りの時の記憶か。

 夢の中だというのに、今の私が昔を思い出し俯瞰で眺めているような、そんな不思議な夢だ。今再生されているのはお見送りの場面。

 そうそう。両親の乗った車が坂を上って行き、広い庭に一人残されたあの瞬間が好きじゃなかった。
 でも、そんな私のも庭から来るのだ。いつも両親がいなくなってから、たまに来るいとこ達の前にも決して姿を現さない私の友達。


「シロくん!」

 シロくんは、輝くような白い毛並みの少し大きな犬だ。春は毎日シロくんと野山を駆けまわり、花冠を作って遊び、夏は川でびしょ濡れになりながらオタマジャクシを取った。そして家へこっそり持ち帰り、飼っていたら蛙になってしまい母に怒られた。蛍も天の川も一緒に見た。

 冬は雪遊びを沢山したし、フワフワの毛並みに顔を埋めて一緒に寝たりもした。
 おばあちゃんの畑のお手伝いや、料理、お使いにも一緒に行った。シロくんがいれば私は道に迷うことはないし、何も危険はないと思っていた。

 井戸の前でシロくん相手におままごとをしていた時、いつの間にか傍らで私たちを眺めていた綺麗なお姉さんもいた。おばあちゃんがたまに使う竈の横には、オレンジ色の髪の日焼けをしたお兄さんが立っていたこともあった。

「あれは誰?」「お兄さんは誰?」「お姉さんいつからそこにいたの?」

 私はそう訊ねたけど、それには誰も答える事はなくただ微笑まれただけで――。






「――あ、そっか」

 目を開けると部屋はまだ真っ暗。スマホで時間を確認するとまだ午前五時。私は布団から手を伸ばし、傍らに置いておいたペットボトルの水を飲んだ。

「シロくん……」

 まだ夢の名残が強くて頭がボーっとしている。なんだか何年もの圧縮された記憶を、夢で一気に見たようだった。

「……シロくんは銀だ」

 子供の頃は大きな犬だと思っていたし、おばあちゃんも犬だと言っていたから信じ込んでいたけど、よくよく見れば真っ白――いや、白に近い銀色だけど――あの顔つきは狐だろうとハッキリ分かる。

 それから井戸の傍で見た女の人に、竈の横にいた日焼けをしたお兄さん。

「井戸神さんに……もしかしてあれは竈神さんだったのかなぁ」

 口に出してみた途端、今まで何故か、ほとんど思い出さなかった子供の頃の思い出が一気に押し寄せてきた。
 いや、思い出さなかったのではない。屋敷に来ることがなくなり、たまに懐かしく思っていたけどどうしてか。屋敷に続く坂道をくだり橋を渡るまで、私の心の奥に封印されていたのだと今は分かる。

 ずっと一緒にいてくれて、遊んでくれていた一番の友達。よくよく思い出せば、たまにヤンチャな子犬たちとも遊んだではないか。
 それから声を掛けたりはしなくとも、ずっと私を見守っていてくれた冷たい色合いの綺麗なお姉さん、おばあちゃんがお料理をする温かな炎そのまま、ニコニコと笑いかけてくれていたお兄さんに賑やかだった台所の音。
 
 何もかもが鮮やかな色と音、匂いをまとい私の胸を突き上げた。

「みんな……ずっとい一緒にいてくれたんだ。だから私……みんなが怖くなかったんだ」

 つぅ……と涙が頬に伝った。
 ああ。あの頃の私の寂しさを拭ってくれて、今の私を作ってくれたのは銀と屋敷のみんなだったのか。

「そっか……」

 ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
 淋しさの裏にあったあの楽しい日々。

 この涙は悲しみではない。嬉しさだけでもない。この気持ちを表す言葉は――多分、愛しさだ。

 ――私に何ができるだろう? あの優しい優しいお狐様に。
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