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最愛の貴方に捧げよう (約20分 男2)

本編

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○街外れの森

アダム:「イズミ!! 何をしているんだ!!」
イズミ:「……ん? あ、おはようアダム。見ての通り、頑張って死のうとしているところだよ? 起きたなら手伝ってくれないかな? 自分じゃなかなか死ねないからさ」
アダム:「何を馬鹿なことを言っている!? 暑さで頭でもやられたか!? お前はついさっきまでそんなことをする奴じゃなかったはずだろう! 俺が眠っていた僅かの間に一体何があったというんだ…!」
イズミ:「えー? 心外だなぁ…。僕だって理由もなくこんなことしてるわけじゃないんだからさ。……あれ? ってゆーか、ここまでの流れとか覚えてないの?」
アダム:「は…? ……? いや、覚えていないわけではなさそうだが……あぁ、まだ少し寝ぼけているような感覚がある」
イズミ:「もう。困るよしっかりしてくれなきゃ。…今、僕達にとってすっごく大事なところなんだからね?」
アダム:「大事なところ……? ……うむむ…何だか寝て起きてから、記憶がとっちらかっているようで、上手く順序立てて考えることができないんだ」
イズミ:「えー、何それー………………いや、仕方ないか。今のあなたは、さっきまでのあなたとは違うんだもんね」
アダム:「あ! おい、大事なことを思い出したぞ!! お前は死のうとしても死ねないんだった! 必死に止めなくても別に大丈夫じゃないか」
イズミ:「えぇっ! 今そこ!?」
アダム:「ちょっと待て。であれば尚更、死ねないとわかっているはずなのになぜそれでも死のうとするのか、全く意味がわからない! まずそこを思い出させてくれよ!」
イズミ:「…あ~、あのね、そこに関してだけは、思い出そうとしても無駄かもしれない。…だってそれは、あなたがまだ知らないことだから」
アダム:「……はぁ?」
イズミ:「………うん、わかった。このまま馬鹿扱いされてるわけにもいかないし、記憶が散らかっていても、失われていなかったことは幸いだ。アダム。これから一つずつゆっくり記憶を整理していこう。そのついでに、あなたの知らないことも教えてあげる」
アダム:「………」


○アダムの自宅

イズミ:「はい、お茶」
アダム:「もう自殺はいいのか?」
イズミ:「ぶはっ! 何その台詞。買い物はいいのかみたいなノリで言わないでよ。アハハ、よかった~。やっぱりアダムはアダムのままだね。変わってないみたいで安心したよ」
アダム:「………」
イズミ:「……まあ、ほんとに何も変わってなかったら、それはとても困るんだけどね」
アダム:「イズミ……なぜそんな顔をするんだ? お前が今、どんな気持ちでいるのか…その顔からじゃ、わからない」
イズミ:「………。僕がなんで死にたがっているのか知りたいんだよね。さて、どこから確認していこうか」
アダム:「………」
イズミ:「じゃあまず、あなたは自分が吸血鬼なことは覚えてる?」
アダム:「……あぁ。残念ながらしっかり覚えている」
イズミ:「ぜんぜん残念じゃないよ? 素晴らしいことだよ? ……そしたら、僕が人間だったことも覚えてるよね?」
アダム:「勿論だ」
イズミ:「じゃあ………僕とあなたが、深く深く愛し合っている恋人同士なことも、覚えてるよね?」
アダム:「あぁ、覚えている」
イズミ:「よかったぁ! もし忘れちゃってたら、今すぐ死んでやろうと思ったよ!」
アダム:「だからお前は死ねないんだって」
イズミ:「それも覚えてる、と。うんうん、やっぱり記憶喪失とかではなさそうな感じだね。頭が混乱してるだけかなぁ」
アダム:「なぜ死のうとしていたのかをさっさと説明してくれよ」
イズミ:「まあまあ、答えを急がないで。何事にも順序ってものがあるからね」
アダム:「知るか」
イズミ:「その不機嫌そうな顔、僕は大好きなんだ…。僕に素直な感情を向けてくれる人なんて、誰もいなかった。幼い頃は『あの子は変わった子だから』。少し大きくなったら『あいつは変な奴だから』。そして気づいた時には『あの人は頭がおかしいんだ』。…そんなふうに少しずつ言い方を変えて、みんな僕には関わらないように、関わってもなるべく当たり障りないようにって…」
アダム:「………」
イズミ:「みんなそうやって、僕の前を真顔で通り過ぎていく。ずっと、一生、このままなんだって。そう思ってたんだよ、あなたと出会うまでは」
アダム:「………そうかよ」
イズミ:「…僕のこと、変な奴だってわかっても、触れちゃいけない奴だって思わないで、一人の人間として接してくれた。そんなの、あなたが初めてだった」
アダム:「俺には人を変な奴だなんて言う権利がないだろ。吸血鬼である俺の方がよっぽど変なんだから」
イズミ:「じゃあ、僕達は同じだね。だから惹かれ合うことができるんだ」
アダム:「そんなことで惹かれ合って嬉しいのか?」
イズミ:「嬉しいよ。……もし、僕が普通じゃないから、そのおかげで人間でありながらも吸血鬼のあなたと寄り添っていられるのだとしたら。そんな特権を持って生まれてこられたことを、幸せだと思う」
アダム:「お前の言う普通じゃないとは、結局どういうことなんだよ」
イズミ:「……さあ、どういうことなんだろうね。感覚的なものだから、自分でもよくわからないけれど、………強いていえば、特殊な趣向を持っていること、かな。普通の人間だったら、普通はそこまで望まないだろうっていうことを、僕は望んでしまう。そういうところが、幼い頃からもう既に滲み出ていたから、みんなに気味悪がられて避けられていたのかもしれないね」
アダム:「………それでも、俺と居られることは、嬉しいのか?」
イズミ:「嬉しいってば。当然でしょ」
アダム:「……俺は悲しいよ」
イズミ:「えぇっ! なんで!?」
アダム:「変な奴同士だから一緒に居られるとか、そんな消去法みたいなことを言わないでくれ。……俺は人間に生まれたかった。俺もお前も普通の人間に生まれていて、他に沢山の選択肢があったとしたら、お前は他の奴を選んでいたのか?」
イズミ:「………………」
アダム:「答えろよ」
イズミ:「………本当に、死にたくなるほどあなたが好きだ」
アダム:「……は?」
イズミ:「やっぱり僕の行動は間違っていない。あなたを絶対に誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。目を合わせること…いや、瞳の端に映すことさえも許せない。だからバラバラでいるのは不安なんだ。一緒じゃなきゃいけない。完全に一緒じゃなきゃ……」
アダム:「おい、どうした? 一緒じゃなきゃって…俺達はこうして一緒にいるだろう?」
イズミ:「これはまだ完全じゃない。まだ不十分なんだ」
アダム:「不十分…?」
イズミ:「………ごめん、順番が狂ってしまったね。えぇと、次は何の話だったかな…」
アダム:「イズミ………」
イズミ:「あ、そうだ。僕がいつも、あなたに血を吸ってくれとねだっていたことも、覚えてる?」
アダム:「は? あぁ、そりゃ覚えているさ。あんなに毎日毎日馬鹿みたいにそればっかり言われていて、忘れられるわけがないだろう」
イズミ:「また馬鹿って言った。酷いなぁもう。……じゃあさ、思い出話はここまでにして、お待ちかねの『今日のこと』を、確認していこうか」
アダム:「やっとかよ……」
イズミ:「………ふふっ」
アダム:「あ?」
イズミ:「…いや、ほんの数時間前のことなのにさ、信じられないよね。……凄い地獄絵図だったよね」
アダム:「誰のせいでそうなったんだ」
イズミ:「僕のせいでーす。いやほんとに、改めて思い出すと、あんな残虐なシーン、映画だったら僕絶対観れないよ。なのに自分でやるとか、笑っちゃうよね」
アダム:「お前が『頭がおかしい』と言われる理由が、これでよくわかったよ」
イズミ:「知ってもらえて嬉しいな。一つ残らず全部知って欲しいんだから、僕のこと」
アダム:「……頼む、早く本題に入ってくれ。あれを鮮明に思い出してしまうと、今にも気絶しそうになる」
イズミ:「わかりました! …えーと、今日も僕はいつものようにここへ来て、いつものように、あなたに僕の血を吸ってくれとねだったんだ」


○回想・街外れの森

イズミ:「ねぇ~アダムってばぁ。お願い~」
アダム:「お前はどうしてそんなにしつこいんだ」
イズミ:「あなたはどうしてそんなに強情なの。吸血鬼は人間の生き血を吸うものでしょ。お腹空かないの?」
アダム:「普通に食事しているところを見ているだろう。血がないと生きられないのなんて、物語の中だけの話だ。実際の吸血鬼は、血を吸わなければならないわけじゃない。吸うこともできるというだけだ」
イズミ:「じゃあ何のために吸うの?」
アダム:「次の段階に進むための手順にすぎない」
イズミ:「次の段階?」
アダム:「! …(舌打ち)喋りすぎた」
イズミ:「ねー次の段階って何ー?」
アダム:「お前は知らなくていい」
イズミ:「酷い!」
アダム:「うるさい。もう今日は帰って寝ろ」
イズミ:「………アダム。なんで僕の血を吸ってくれないの? それってつまり、…あなたと永遠を共にするのは、僕じゃだめってことなの……?」
アダム:「………お前は…永遠に俺と居たいから、血を吸って自分のことも吸血鬼にしてくれと言ってくれる。…だが、俺は……」
イズミ:「俺は、何?」
アダム:「俺は、お前が大事だから、お前の人生も大事にして欲しいと思っている。ここでお前の時を止めて、俺と二人で永遠を生きることに決めてしまっては……これから幸せになれるはずのお前の人生を捨てることになるだろう」
イズミ:「………………」
アダム:「今は孤立していても、いずれはお前に相応しい女性が現れて、結婚して、子供が生まれて、幸せな家庭を築く。そんな未来があるかもしれない。それを手放してまで俺なんかと永遠に生き続けることを選ばせるなんて、簡単にはできないんだ」
イズミ:「………………」
アダム:「わかってくれ。お前のことが大事だから言っているんだ」
イズミ:「………そんなの、ちっとも嬉しくない」
アダム:「イズミ……?」
イズミ:「そんな優しさ見せていられるような余裕なんて、ぶっ潰してやる。僕のことを思いやってなんかいられないほど、何もかも捨ててなりふり構わずただお互いを求め合うことしかできないようにしてあげる」
アダム:「イズミ……!? 何やってるんだ!! そんなものどこから持ってきた!? やめろ!! イズミ!!!」
ナイフで自らの身を切り裂くイズミ
アダム:「……!!!」
イズミ:「……っふふふ、ふふ………ほらぁ……僕…死んじゃうよぉ……? ……早く………不死…の………きゅうけつき、に……変えて………くれな…きゃ………」
アダム:「……イズ…ミ……」
イズミ:「……ほ、ら……もぅ………ち……すって…くれな、きゃ………も、……し…ぬ………」
アダム:「……ぁ………………」
イズミ:「………………」
アダム:「………………っ!(意を決したように)」

(お好みで血を吸う演出を入れても入れなくてもいいです。どちらにしても時間経過ののち場面転換へ)


○戻・アダムの自宅

アダム:「……まんまと俺に血を吸わせて、……お前は不死の吸血鬼になりやがった」
イズミ:「こうでもしないと、お前が大事だから~とかいう虫唾が走るような理由でいつまでたっても僕を選んでくれないじゃない」
アダム:「やりすぎなんだよ。世間の奴らのお前を見る目は正しかったってことだ」
イズミ:「僕のこと嫌いになった?」
アダム:「そういう質問する奴は嫌いだ」
イズミ:「じゃ、じゃあしないよ! …それで、記憶の整理はできたの?」
アダム:「ここまでの経緯は大方把握できた。……だが、肝心のそれはいつになったら答えるんだ」
イズミ:「だから、順序があったんだって」
アダム:「……もしかして、後悔…だったのか?」
イズミ:「……ん?」
アダム:「お前は……やっぱり俺と永遠を生きることを選んだのを後悔して、…それで、今からでも戻れないかって、必死になって死のうとしていたのか……?」
イズミ:「………アダム……僕もう呆れてものも言えないよ。ここまでしてもまだ僕のあなたへの愛を信用できないの?」
アダム:「違うならなぜ!? なぜ望み通り血を吸われて吸血鬼になることができた途端に、逆に死を望んだりなんてするんだ! お前は………お前は俺にどうして欲しいんだよ……!」
イズミ:「………(薄く笑う)」
アダム:「……?」
イズミ:「あっはは、ごめんねアダム。僕ね…ほんとは全部知ってたんだよ」
アダム:「………は?」
イズミ:「普段は本なんかめったに読まないけど。愛するあなたの事を知りたい一心で、この国に古くから伝わる本物の吸血鬼のことを、裏で沢山勉強してきてたんだよ?」
アダム:「え………」
イズミ:「アダムってば全然教えてくれなかったけど、……この国にいる本当の吸血鬼って、血を吸うだけじゃないんだよね?」
アダム:「………! やめろ、待て、それ以上は言うな……!」
イズミ:「本当の吸血鬼……あなたは、……血を吸った後に、その人間の心臓を食べるんだよね」
アダム:「……言う……な………」
イズミ:「吸血鬼に心臓を食べられて、やっと不死になれる。……ねえ、(恍惚と)それってどういうことだと思う?」
アダム:「………?」
イズミ:「それこそが、僕が本当に望んでいたこと……。僕の心臓をあなたが食べたということは、……それは本当の意味であなたと僕がひとつになれたっていうことなんだよ!」
アダム:「……イズミ………お前……何を言ってるんだ……」
イズミ:「僕はずっとそれを望んでいたんだ……。狂いそうなほど愛してやまないあなたと、ただ一緒にいるだけではとても満足なんてできない! …僕はずっと、あなたとひとつになりたかった。隙間なくぴったりくっついたってだめだよ。抱かれたってまだだめなんだ! だって、身体が二つある時点で、まだ僕達はひとつじゃないから」
アダム:「………(震え)」
イズミ:「(恍惚と)でもぉ……ついに僕の心臓があなたの中に入ったんだ。……ねえアダム? いま僕は、あなたの中で生きてる。あなたの中で脈を打って、同じ鼓動を刻んでいるんだよ!」
アダム:「イズミ………お前は……ずっと………今までずっと………そんなことを……考えて………………」
イズミ:「(急に冷めたように)でもね、ふと思ったんだ。……せっかくあなたの心臓になれたのにさ、今ここに『僕』が存在しているのはどういうこと?って」
アダム:「………」
イズミ:「なんで僕はまだあなたの外に存在しているの? ここに僕が残っていたら、……これじゃ、まだ完全にひとつになってないよね?」
アダム:「………は…?」
イズミ:「でもね! またすぐに気付いたんだよ! 僕という個体が別で存在していたらあなたとひとつになってないけれど、この身がなくなってしまえば、きっとこの魂はあなたの中に入ることができるはずだってね!」
アダム:「何を言ってるんだよ……もう……目を覚ましてくれ……」
イズミ:「だからこの身体を捨てようと思ったの」
アダム:「………」
イズミ:「でも、どんなに頑張っても全然死ねなくて。必死になってるところでちょうどあなたが復活したんだよ。疲れることさせたから、もっとゆっくり休んでてくれてもよかったんだけどね」
アダム:「お前………それで、…そのために、死のうとしてたのか……?」
イズミ:「でもやっぱりこの僕って不死身だね。頑張ってもどうにもならないよ。アダム、どうしたらいいかな? あなただったら今の僕のことも殺せたりする?」
アダム:「もうやめてくれ!!」
イズミ:「なんで拒絶するの? ……あ。そっか、それならさ……『交換』すればいいんだよ!」
アダム:「…は……? ………交換…?」
イズミ:「僕は1つになりたい。あなたは1+1=2のままでいたい。それならさ………2人を足して2で割ってしまえばいいんだよね! わぁ、ナイスアイデア!」
アダム:「何を言ってるんだ……?」
イズミ:「僕の心臓をあなたの中に入れた代わりに、………あなたの心臓を取り出して僕の中に入れるんだよ」 
アダム:「………おい、…お前…ほんとに何言ってるんだよ………冗談、なんだよな…? まさか……本当に…本気で言ってるわけじゃ……ないんだよな……? なあ、イズミ……? イズミ………」
イズミ:「あぁ……ここまで長かったなぁ………これでやっと……やっと本当にあなたとひとつになれる……」
アダム:「…イズミ………俺は………」
アダム:「………俺は、お前をどうしても死なせたくなかった…。お前が目の前にいて、…向かい合って、笑い合って、触れ合って、この手で抱き締めることができる……そんな毎日を取り戻したかった……。だから……もし後悔することになったとしても…お前の心臓を…命を、受け取る選択をしたんだ……。…なのに、なぜ………なぜ………………イズミ…」
イズミ:「? ごめん、何言ってるのかよくわかんない。………………このあたりかな? ……今からここに、手を入れるね。……(恍惚と)あぁ、ドクドクと脈を打ってる…。……ちょっとだけ痛いかもしれないけれど、………我慢してね?」

(お好みで心臓を取り出すまで、または交換するまでの演出を入れても入れなくてもいいです。入れない場合はここで終幕)


END
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