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62.百合
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しん、と室内が静まり返った。
もとよりクレイグは留守番に甘んじるつもりはなかったが、俊の命が思ったより軽んじられていることに危機感が募る。
「戦力が足りんな」
呟いたディアンに皆が深く頷いた。
「蝶国は端から無理だろうが、狼国も無駄に兵力を連れて行くと宣戦布告ととられかねない。しかも教会の前だ。外つ国もいるかもしれない。外聞的に理由無く休戦協定を破棄したのはこちらになる。下手をすれば三国が弱ったところを外つ国に叩かれて共倒れだ。まぁ俺は死んだ身だし、狼国が戦力を出す謂れはもともとな、」
一陣の風が吹き窓際に飾られていた花瓶が倒れた。
クレイグの言葉が途切れ誰もが息を飲んだ。皆が囲むテーブルの中央、俊の短剣の上空に魔方陣が現れたのだ。見覚えのある文様が光を放つ。
ザズを捕まえた日に取り逃がした魔術師のものだ。
「これは花国の……!」
シュバイツアーの叫びを裏付けるように巨大な百合の幻影が咲いた。噎せ返るほどの芳香が鼻をつく。瑞々しい花弁の美しさはいっそ毒々しいほどで、誰もが背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
『面白い見世物がある。ぜひとも貴君を招待したい』
得体の知れない甘く低い声が冷えきった部屋の空気を震わせる。
明らかに自身に手向けられた招待、いや挑戦状だ。クレイグは静かに立ち上がり、固唾をのむ皆の前で花に手をかざした。
依り代にされた短剣を一瞥する。
挑発には慣れているがこれはまた格別だ。
「上等だ」
クレイグは笑い、吐き捨てると同時に美しい花を一瞬で燃え上がらせた。天井に届くほどの火柱があがる。
クレイグの掌を金色のオーラが包んだ数秒の後、ざぁ、と細かい粒子になって花の残滓は虚空へと消えた。
短剣の上に上質な封蝋をしたためた招待状が落ちていた。
「……今のは……」
炎が消えてもしばらく誰も何も発せなかった。シュバイツアーの思わずといったような声に目を向けると当惑の表情で何故か招待状ではなく、クレイグを見ていた。
協議を重ね奪還の目処はついたがまだ決定打に欠ける。呼び声を使ってどう人狼を復活させるのかも分かっていない。
クレイグは住処の結界を確認し終え、ウッドデッキで夜空を見上げた。あと数日で完璧な円になる月は忌々しいほど美しい。
から、と掃き出し窓が開かれ、朝から姿を見なかったシュバイツアーが本を片手に現れた。白樺でつくられたデッキに座るクレイグの隣に老人は静かに腰を落ち着けた。
「平静になりましたか」
「……表面上はな」
百合の出現以降、再び張り詰めていたのに気がつかれていたようだ。シュバイツアーは読書用にかけていたのだろう眼鏡を外すと神妙に頷いた。
「最近魔物の数が減っているはご存じですか? マクラウド卿が摘発された。あの時以降です」
クレイグは否定した。確かに魔物討伐の依頼は減っていたが、もともと増減のある仕事だ。魔物の総数自体が減少しているとは思いもよらなかった。国の一斉討伐が行われたと言う話も聞いていない。
ふむ、と老人は豊かな顎髭を撫でた後、悪戯を思いついた子供のように笑った。
「俊様を奪還するため、とっておきの奇策を提案させていただいても?」
皺を刻んだ手が懐から取り出したのは、今朝がた慌てた様子の彼に乞われ、力を化体したクレイグの魔光石と見覚えのある小瓶だった。
小瓶の底にはクレイグの胸元にあるものよりさらに小さい黒い塵が散らばっていた。
「これは流石に恥ずかしくて貴方にあげられなかったようです。彼付きの侍女が教えてくれました」
シュバイツアーは初めて好々爺の笑みを見せた。
だがクレイグが珍しそうに見ていると誤魔化すように咳をして、「本題はこれです」と一枚の手紙をクレイグにぺい、と手渡した。
クレイグは開封済みのそれを見て驚愕した。純白の封筒に施された封蝋が、百合の紋章、花国王家の印をかたどっていたからだ。
「本日、私は導かれるまま花国へ出向きました。……聖女の生家へ」
シュバイツアーはもう一枚の紙片をクレイグに見せた。導の紙だと俊が言っていた古紙には、小さな家と、そして老人がデッキに置いた二つの石が描かれていた。
もとよりクレイグは留守番に甘んじるつもりはなかったが、俊の命が思ったより軽んじられていることに危機感が募る。
「戦力が足りんな」
呟いたディアンに皆が深く頷いた。
「蝶国は端から無理だろうが、狼国も無駄に兵力を連れて行くと宣戦布告ととられかねない。しかも教会の前だ。外つ国もいるかもしれない。外聞的に理由無く休戦協定を破棄したのはこちらになる。下手をすれば三国が弱ったところを外つ国に叩かれて共倒れだ。まぁ俺は死んだ身だし、狼国が戦力を出す謂れはもともとな、」
一陣の風が吹き窓際に飾られていた花瓶が倒れた。
クレイグの言葉が途切れ誰もが息を飲んだ。皆が囲むテーブルの中央、俊の短剣の上空に魔方陣が現れたのだ。見覚えのある文様が光を放つ。
ザズを捕まえた日に取り逃がした魔術師のものだ。
「これは花国の……!」
シュバイツアーの叫びを裏付けるように巨大な百合の幻影が咲いた。噎せ返るほどの芳香が鼻をつく。瑞々しい花弁の美しさはいっそ毒々しいほどで、誰もが背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
『面白い見世物がある。ぜひとも貴君を招待したい』
得体の知れない甘く低い声が冷えきった部屋の空気を震わせる。
明らかに自身に手向けられた招待、いや挑戦状だ。クレイグは静かに立ち上がり、固唾をのむ皆の前で花に手をかざした。
依り代にされた短剣を一瞥する。
挑発には慣れているがこれはまた格別だ。
「上等だ」
クレイグは笑い、吐き捨てると同時に美しい花を一瞬で燃え上がらせた。天井に届くほどの火柱があがる。
クレイグの掌を金色のオーラが包んだ数秒の後、ざぁ、と細かい粒子になって花の残滓は虚空へと消えた。
短剣の上に上質な封蝋をしたためた招待状が落ちていた。
「……今のは……」
炎が消えてもしばらく誰も何も発せなかった。シュバイツアーの思わずといったような声に目を向けると当惑の表情で何故か招待状ではなく、クレイグを見ていた。
協議を重ね奪還の目処はついたがまだ決定打に欠ける。呼び声を使ってどう人狼を復活させるのかも分かっていない。
クレイグは住処の結界を確認し終え、ウッドデッキで夜空を見上げた。あと数日で完璧な円になる月は忌々しいほど美しい。
から、と掃き出し窓が開かれ、朝から姿を見なかったシュバイツアーが本を片手に現れた。白樺でつくられたデッキに座るクレイグの隣に老人は静かに腰を落ち着けた。
「平静になりましたか」
「……表面上はな」
百合の出現以降、再び張り詰めていたのに気がつかれていたようだ。シュバイツアーは読書用にかけていたのだろう眼鏡を外すと神妙に頷いた。
「最近魔物の数が減っているはご存じですか? マクラウド卿が摘発された。あの時以降です」
クレイグは否定した。確かに魔物討伐の依頼は減っていたが、もともと増減のある仕事だ。魔物の総数自体が減少しているとは思いもよらなかった。国の一斉討伐が行われたと言う話も聞いていない。
ふむ、と老人は豊かな顎髭を撫でた後、悪戯を思いついた子供のように笑った。
「俊様を奪還するため、とっておきの奇策を提案させていただいても?」
皺を刻んだ手が懐から取り出したのは、今朝がた慌てた様子の彼に乞われ、力を化体したクレイグの魔光石と見覚えのある小瓶だった。
小瓶の底にはクレイグの胸元にあるものよりさらに小さい黒い塵が散らばっていた。
「これは流石に恥ずかしくて貴方にあげられなかったようです。彼付きの侍女が教えてくれました」
シュバイツアーは初めて好々爺の笑みを見せた。
だがクレイグが珍しそうに見ていると誤魔化すように咳をして、「本題はこれです」と一枚の手紙をクレイグにぺい、と手渡した。
クレイグは開封済みのそれを見て驚愕した。純白の封筒に施された封蝋が、百合の紋章、花国王家の印をかたどっていたからだ。
「本日、私は導かれるまま花国へ出向きました。……聖女の生家へ」
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