ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow

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第71 話出発と聖騎士の決断

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 翌朝。
 宿の前には、三台の馬車が並んでいた。
 空は突き抜けるような青空。絶好の旅立ち日和だ。相変わらず我らの?聖騎士殿はやることに抜かりない。


「すげー! これに乗って王都に行くのか!」
「王都って、やっぱりお菓子とか美味しいのかな?」
「バカ、お前は食うことばっかりかよ。俺は王立騎士団の演習が見たい!」
 リオ、カミラ、ボルツをはじめとする「セブンスターズ」の七人は、朝からテンションが最高潮だった。
 彼らにとって、生まれ育ったセオドニックを離れ、煌びやかな王都へ行くことは、まさに夢のような大冒険だ。
 ディノッゾは、荷物の積載状況を確認しながら、そんな子供たちの無邪気な様子に目を細めていた。
 そこへ、セスティーナが静かに歩み寄ってきた。
「……ディノッゾ殿」
 彼女の声は、いつもより少し小さく、震えていた。
「昨晩、ポータ殿の『ヴァルハラ・ブレイドへの復讐』の話に、貴殿様も同調なさっていましたね?」
「あ、ああ。まあな。あいつらのやり口は許せねえし、ポータたちの無念を晴らす手伝いくらいは……」
 ディノッゾが言い訳がましく頭をかくと、セスティーナは悲しげに眉を寄せた。
 そして、意を決したように一歩踏み出し――
 ギュッ、と。
 ディノッゾの大きな両手を、自身のか細い両手で包み込むように握りしめた。
「うおっ!?」
 ディノッゾの心臓が、ドキンと跳ねる。
 伝わってくる彼女の体温と、震える手の感触。そして、間近で見上げる潤んだ瞳。
「……復讐に興じる貴方の姿を見るのが、辛いのです」
 それは、騎士としての苦言ではなかった。一人の女性としての、切実な願いだった。
「死にかけた恐怖、煮え繰り返るような怒り……それは分かります。ですが、お願いです。お考え直しいただけませんか?貴方様は軽口を言い、皆を和ますことの方が似合っておいでです」
「あ、いや、その……」
 ディノッゾは、タジタジになって後ずさりそうになるが、手はしっかりと握られたままだ。
 彼女の純粋で、真っ直ぐな想いが流れ込んでくる。
 その温もりに触れていると、昨晩のドロドロとした怒りの熱が、まるで嘘のように引いていくのが分かった。
(……俺は、何をバカなことを考えてたんだ)
 ディノッゾは、頭を振った。
 こんなに心配してくれる女性を悲しませてまで、やる価値のあることなのか? いや、違う。
「……悪かった。俺がバカだったよ」
 ディノッゾは、優しく彼女の手を握り返したあと、ゆっくりと離した。
「復讐なんて陰気な真似は、やめだ。セス、ありがとな。お陰で道を踏み外さずに済みそうだ」
「……! よかったです」
 セスティーナは、張り詰めていた表情を崩し、心底ほっとしたように微笑んだ。
 だが、ふと何かに気づいたように瞬きをし、小首をかしげた。
「……その、セスと言うのは?」
「は?」
 ディノッゾは間抜けな声を上げた。
 セスティーナは、きょとんとした顔で彼を見上げている。
「え、いや……今、俺……言ったか?」
「はい。『セス、ありがとな』と」
「……あー」
 ディノッゾは、カァッと顔が熱くなるのを感じた。心の中で呼んでいた愛称が、無意識に口をついて出てしまっていたらしい。
「いや、その……嫌か? 親しみを込めたつもりなんだが」
 その言葉に、セスティーナの顔がボッと赤く染まる。
 彼女は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 嫌など滅相もありません! その……嬉しいです」
 彼女はもじもじと指を組んで、蚊の鳴くような声で呟いた。
「では……私も、二人きりの時は、もっと親しくさせていただいても……?」
「ん? ああ、好きにしてくれ」
「はい……!」
 セスティーナは、花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。
「……それで、ディノッゾ殿。復讐はおやめになるとして、帝国のことはどうされるおつもりで?」
「ああ。いつか一度、あいつらのいる帝国には戻りたいと思ってるんだ」
「帝国へ、ですか?」
「ああ。あそこには、俺の昔の御者仲間が大勢いるんだよ。俺が死んだと思って心配してるだろうからな。『生きてるぞ』って生存の報告をしてやりたいんだ」
 ディノッゾは、ニカッと笑った。
「で、そのついでにな。もし向こうでヴァルハラの連中に会ったら、こう言ってやるのさ。**『ドラゴンのラストアタック、ゴチでした!』**ってな!」
 陰湿な復讐ではなく、生存報告の「ついで」の皮肉。
 それくらいなら、笑って許されるだろう。
 その言葉を聞いて、セスティーナは安心したように微笑んだが、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「……あの、ディノッゾ殿」
「ん?」
「その時は、私もついて行っていいですか?」
「は?」
 ディノッゾは目を丸くした。
「ついていくって……おいおい、あんたは聖騎士なんだろ? 帝国の、しかもただの御者の里帰りに同行なんて、大丈夫なのか? 任務はどうするんだ」
 彼女の立場を考えれば、そんな勝手な行動が許されるはずがない。
 だが、セスティーナは少し寂しげに、首をかしげた。
「……嫌ですか?」
 その上目遣いの破壊力たるや。
 ディノッゾは慌てて首を振った。
「い、嫌だなんて! 滅相もねえ! セスがいてくれたら、俺は嬉しいが……」
 すると、セスティーナは嬉しそうに微笑み、さらりと衝撃的なことを口にした。
「なら、問題ありません。辞めてきます」
「…………は?」
「そのための王都行きです。許可は出ますから」
 彼女は、こともなげに言い放った。
 まるで「ちょっと買い物に行ってきます」くらいの軽さで、聖騎士という国家の重職を辞すると宣言したのだ。
「お、おう……」
 ディノッゾは、引きつった笑みを浮かべて頷くしかなかった。
 (この人、俺のために職まで捨てる気なのか……?)
 彼女の想いの重さと、行動力の凄まじさに、ディノッゾは戦慄しつつも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
 セスティーナと別れたディノッゾは、冷や汗を拭いながら、荷物の最終確認をしていたポータの元へと歩み寄った。
「……おう、ポータ。ちっといいか」
「ん? なんです、御者さん。積み込みなら完璧ですよ」
 ディノッゾは、少し照れくさそうに頬をかきながら、切り出した。
「いや……復讐の件だがな。やっぱやめだ。誰も死んでねえしな」
「おや?」
 ポータが手を止めて、意外そうに顔を上げる。
「冷静に考えりゃ、お前も生きてた。アレンたちも無事だ。それに……セスに諭されちまってな」
「セス?」
 ポータが目を丸くする。
「ああ、セスティーナのことだ」
「……ほう」
 ポータは、ディノッゾの様子を見て全てを悟ったように、ニヤリと笑った。
「気に入りました。呼び方も、その考え方も」
「だろ? だから、陰湿な復讐はやめだ」
 ディノッゾは、西の空――帝国の方向を見据えた。
 ヴァルハラ・ブレイドの連中は、間違いなくそこにいる。
「だが、いつか俺の御者仲間に会いに帝国に戻ることがあったら、その『ついで』に、あいつらにこう言ってやるよ。**『ドラゴンのラストアタック、ゴチでした!』**ってな!」
「……ははっ! なるほど、ついでですか」
 ポータも楽しそうに吹き出した。
「いいですね。剣で斬るより、よっぽどあいつらのプライドに突き刺さりますよ」
「だろ? それに、王都には別の楽しみがある」
 ディノッゾは、王都の方角を懐かしそうに見つめた。
「俺の兄弟(マブダチ)……ジェスロが、今頃は王都にいるはずだからな」
「ジェスロ? あの、勇者にして『神の眼』を持つ鑑定士の?」
「おう。あいつも今頃、どっかのダンジョンをクリアして、祝い酒でも飲んでる頃だろうよ」
 ディノッゾは、親友の顔を思い浮かべて笑った。
「あいつに会って、**『よお兄弟! お前らが苦戦してる間に、俺たちゃS級ドラゴンを美味しく頂いたぜ!』**って報告して、祝ってやりたいんだよ」
「よし、全員乗ったな!」
 一行は王都に向けて出発した。
 編成は三台。
 先頭の一台には、はしゃぎ回る**「セブンスターズ」**の子供たちが乗り込んだ。彼らの元気な声が、朝の空気に響く。
 最後尾の三台目には、ポータ、アレン、レイラの三兄弟が乗り込んだ。
 彼らは久しぶりの水入らずだ。積もる話もあるだろう。
 そして、残る真ん中の二台目は、セスティーナが用意した貴族用の豪華な馬車だ。
 ディノッゾは、子供たちの馬車に乗ろうかと足を向けたが、ふと背中に視線を感じた。
 振り返ると、そこには目を潤ませたセスティーナが立っていた。
「ディノッゾ殿……。どうか、私の隣に、座ってはいただけないでしょうか……?」
 その、あまりにも真摯な、そして涙ながらの懇願。
 ディノッゾは、内心、激しく狼狽えた。
(な、なんだ!? この人、俺がいないと不安なのか? さっきの『辞める』宣言のせいか? それともデートの話か?)
 美女の涙と重すぎる愛に、このオッサンは、あまりにも弱い。
「……ああ、分かったよ。分かったから、泣くんじゃねえ」
 ディノッゾは、涙にやられ、あっさりと了承した。
 彼は、セスティーナに促されるまま、中央の馬車へと乗り込んだ。
 結果として、彼の右にリリア、左にセスティーナという、両手に花の状態が出来上がってしまった。
(……気まずい……)
 こうして、勘違いと、恋心と、頼もしい十人目の仲間を乗せて。
 一行は、決戦の地であり、それぞれの運命が待つ場所――王都へと、車輪を進め始めたのだった。
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