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 やっちまった。

 たっぷり十分ほど思考停止して、落ち着いて深呼吸。震える指をゆっくりスマートフォンに滑らせ、アプリを起動させた。SNSのアカウントを確認し、もう一度画面を確認。

 うわ、やってる。

(終わった――)

 天井を仰ぎ見、頭を抱える。やってしまった。やったなぁ? やらかした。焦りと緊張と恐怖で、冷汗が出てくるし腹が痛くなってくる。見間違いじゃない。どうやらマジでやってる。慎重にやってたのに、なんでこんなことしてしまったのか。酒に酔った状態でSNSなんか見るもんじゃない。渡瀬歩(わたせ あゆむ)の人生一番の大失態だ。

 俺は夕日コーポレーションに勤めるごく普通の会社員だ。自分で言うのも何だが、人付き合いは良い方だし、人望はあるほうだと思う。明るく快活な性格で、仕事では頼りになる。――けど、そんな顔ばっかりしてたら、ストレス堪るじゃねえか。だって俺の本性は性悪で、セックス大好きなビッチなんだもん。

 表と裏の顔をうまく使い分けて、人生勝ち組の方に乗っかってたと思ってたのに、昨晩酒を飲んで盛大にやらかしたらしい。酔っぱらって適当にひっかけた相手に、財布の中身を全部持っていかれて以来の大失態だ。いや、それよりも酷い。

 昨日は夕日コーポレーションの同期四人で、飲み会だった。同期入社の寮組四人。つまり、星嶋芳(ほしじま よし)と推鴨良輔(おしがも りょうすけ)、榎井飛鳥(えない あすか)、そして俺の四人である。

 星嶋が恋人を紹介してくれないということから始まり、榎井が最近バーチャルアイドルに嵌まっていると聞いた。良輔は今さらSNSを始めたらしい。結局、星嶋はどんな子なのかヒントさえくれず、榎井が好きなアイドルのチャンネルを登録させられ、全員で良輔のSNSをフォローした。

 その時は、ちゃんと表で使ってる普通のアカウントだったはずだ。さすがに記憶は飛ばしてない。

 ところが、今朝目を覚ましてなんとなくSNSをチェックしてたら、俺がエッチな自撮りとか曝してる裏アカの方で、良輔のSNSに「いいね」しまくってた。以上、説明終了。

(はい、終わった―――!)

 気が付いて慌てて「いいね」を取り消したが、通知は行ってるかもしれないし、既に見られたかもしれない。本人が見て居なくとも、誰かが見たかもしれない。変なアダルトアカウントに「いいね」されたな、と思ってもらえたらまだマシで、正体がバレたらはっきり言って終わる。

 スマートフォンを操作し、慎重に画面をスクロールさせる。良輔は早起きなのか、既に朝の投稿をしていた。はい、終わった。確実に見てる。

 不幸中の幸いなのは、良輔がフォローしているのが俺たち四人以外はどこかの公式アカウントだけだということだ。

「いや、待て。良輔はSNS初心者だ。まだ何も解っていない可能性も」

 良輔のアカウントを見る。あくまで何事もなく、普段通りの投稿をしている。動揺は見られない。気づいていないのか? いや、そんなの希望的観測過ぎる。絶対にバレた。

 俺が投稿した写真は、一応加工してあって顔が解るような投稿はない。ただ、顔を隠していると言っても、知ってる奴なら貫通するような投稿もある。くそ。

 自分のアカウントに画面を切り替え、投稿を見直す。

『新しいオモチャ買っちゃった』と、バイブの写真とともにギリギリ見えないくらいの感じで挿入している姿を晒している写真。『みんなが下着見せてっていうからちょっとだけ』とか言いながら口元から太腿あたりまでが写るようにして、殆ど全裸(下着は着てるぞ。透けてるけど)の姿を晒している写真。『今日はいっぱいシテもらいました』などと言いながら手に着いた精液を舐めている写真。などなど。

 どう考えても、アウトである。なんでBANされなかったんだ、このアカウント!

 最近は俺のアカウントのファンもいるようで、フォロワーにリクエストされて脱いだり挿入したりと、過激な内容が多かった。もともとヤリモクで作ったアカウントだから、俺も堂々としたもんである。

「はは……、良輔、俺だって解ったかな……」

 確認したいが、どう確認して良いか分からない。「このアカウント誰だか解る?」なんて聞けるはずはないし、「お前、変なのにいいねされてたな!」なんて言った日には藪蛇が過ぎる。

 せめて星嶋や榎井であったなら、もう少し気楽になれたのに。星嶋だったら「バカかてめぇは」の一言で終わっただろうし、榎井だったら「は? 変なもん見せないでくれる?」で終わったに違いない。だが良輔はダメだ。アイツ、ピュアなところあるからっ……!

 良輔は俺のことを、普通に『良いヤツ』と思っていたはずだ。プライベートな相談に乗ったこともあるし、一緒に遊びに行ったこともある。なんなら合コンに誘って女の子を紹介したことだってある。残念ながらカップルは成立しなかったが。

(良輔に限っては、拡散するなんてことはしないだろうけど……)

 いや、解らない。人間の本性なんていざとなったら解らないものだ。過去の自分の交遊関係を振り返る。友人だと思っていても、解らないものだというのは、身に染みているはずだ。

(寮から出んのは、イヤなんだよね)

 ハァと溜め息を漏らす。うちの寮は飯が美味いし、設備は新しいほうだから綺麗だ。ついでに安い。

「ひとまず、良輔の様子を見に行くかー……」

 今日は日曜日だ。出掛けていなければ部屋に居るだろう。手土産に、アイツが好きなどら焼きでも買ってから行くことにしよう。



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