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19 まるで恋人同士みたいな

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「あっ、あのっ……!」

 背後から突然俺を呼び止めたのは、スーツ姿の若い男だった。まだ真新しいスーツは着なれていないようで、どこかぎこちない。青年の不安そうに揺れる瞳を見て、俺はすぐに同じ新入社員だと気がついた。

「あ、もしかしてあんたも新入社員? 俺も今年入社」

「あ、うん……。お、俺、押鴨良輔って言うんだけど……」

「おー。俺は渡瀬歩。よろしくな」

「――うん」

 ぎこちない笑みを返す良輔に、俺はまだ慣れない廊下を歩く。

「今から講堂だろ。一緒に行こうぜ」

「ああ」



   ◆   ◆   ◆



 懐かしい夢を見た。そう言えばそんな感じだった気がする。あれから結局、仲良くなって、恋人になるなんて。

 当時の俺が聞いたら、鼻で笑い飛ばすに違いない。この俺が、誰かと付き合うことにしたなんて。まして、相手が良輔だなんて。

 恋人――か。

 のそりと起き上がり、寝息を立てる良輔を見つめる。あの後、二度もしたので、二人ともぐったりとベッドに倒れ込んで眠ってしまったらしい。

(何か、恋人同士みたいなセックスしたな)

 思い出して、カァと顔が熱くなる。恥ずかしい。こんなはずじゃなかったのに。

 本当は、童貞の良輔を翻弄して、ズブズブと引き込んでやる予定だったのに。快楽に溺れさせて、俺と同じように淫靡なことが好きな男に仕上げようと想っていたのに。

(なんで、良輔のほうがリードしてんだ……)

 自分でも恥ずかしい。良輔とのセックスは、いつの間にか俺のほうが甘えて、とろとろに溶かされてしまう。百人切りまでしたってのに、どうしてこうなってしまうのか。

(くそーっ……)

 ムカつくぜ。そう思いながら、唇に指を当てる。

(キス、良かったな……)

 良輔とのキスは、何度だってしたくなる。キスをしたら好きになるってのも、あながち嘘じゃないかもしれない。俺も、少しずつ良輔に情がわいている。

「ん……」

 良輔が寝返りを打った。ブリーチした髪が額に影を作る。

「細……」

 薄く開いた唇が、小さく呟く。

(ほそ?)

 細い? いやはや。もしかしてふくよかなほうが好みだったりするのか? そう言えば飯を食わせようとしていたな。

「――……」

 いや、偶然だ。良輔が知るはずないし。

「……起こしたほうが良いかな」

 起きてシャワーを浴びたほうが良いだろう。二人とも色んな体液でベタベタだ。俺なんか顔にかけられたせいで、髪がカピカピしてるし。

(とは言え)

 素っぴんを晒す自信は、まだ無いものだ。顔についた精液を拭いたお陰で崩れてはいるが、まだ素顔とは言えない。良輔なら「ブサイク」とは言わないだろうが。

「……」

『ブスなんだから、顔隠してろよ。萎えるわ』

 嫌なこと思い出した。

 最初の頃、出会い系で会った相手に、何度か言われたんだよな。あの頃の俺、マジでブスだったし。ちょっとポッチャリしてたし。タヌキみたいな顔してたもん。

 まあ、言ってくれたお陰で、努力したわけだけど。

「あー、もう。メイク落として、手入れしねーと」

 世の彼氏に素っぴんを見せない女子は、いったいどうやって生活してるんだ? 都市伝説か?

 一体、どんなタイミングでだったら、素顔を晒せるんだろうか。

 解らない。



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