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42 side海 白雪姫

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 怖くて、怖くて。まばゆい舞台に、思わずその場を逃げ出した。何度も練習したのに、出来ると思ったのに、いざ客席が目に入ったら、怖くて逃げだしてしまった。

 失敗したら、どうしよう。間違えたら、どうしよう。俺を奮い立たせてくれた先輩たちは今日が最後の舞台で、その舞台を失敗したらと思うと、怖くて立てなくなった。

 本当は、俺がいなくなったらその時点で舞台どころじゃないのは解っていた。たった五人しかいない演劇部。白雪姫と女王と、鏡と狩人、七人の小人と王子様。鏡と狩人は一人二役だったし、小人は一人でやっていた。王子さまの正体は女王も演じた長身の先輩だ。音響と大道具をたった一人でこなす先輩と、衣装とシナリオはみんなで作る、そんな小さな部活の先輩。男子部員は俺しかいなくて、先輩たちが卒業したら俺しか部員が居なくなる。そんな小さな、弱小の演劇部。

 せめて大道具だったらよかったのに。せめて小人だったら良かったのに。練習の時は楽しかったのに、舞台となったらダメだった。自分のふがいなさが申し訳なくて、逃げ出した後悔を目いっぱい貯め込んでいるのに、戻るのも怖くて、白雪姫の衣装のままトイレに逃げて泣いていた。

 そんなことをしたら、本当に合わせる顔が無くなって、帰ることも出来なくなるというのに、その時の俺は逃げることしか考えられなかった。そして、誰かが何とかしてくれるまで、ただ泣いているしか出来なかった。

「おい? 具合でも悪いのか?」

 トイレのドアをノックしながら声を掛けられ、驚いて肩を震わせた。ドア越しだったから、どこの誰だったのかは解らない。ただ、若い声だと思った。どこかの学校の先生なら、若い先生だし、もしかしたら学生だったかもしれない。

 俺は泣きながら、「怖くて、逃げてしまった」と正直に打ち明けた。姿が見えないから、そんな泣き言が言えたのだと思う。

「一年なんだろ? 完璧なんか期待してねーって。人の目ばかり気にして、楽しめなかったら損じゃん。舞台に立たない後悔より、舞台に立って失敗した後悔のほうが、ずっとマシだと思うぞ?」

 その人物の言葉に、ハッとした。

 俺は、失敗が怖かったけれど、失敗を先輩は笑ったり、怒ったりしただろうか。セリフが飛んで、頭が真っ白になったとしても、先輩はそんなことで怒ったりしないはずだ。それよりも、いなくなった俺を心配して、探しているはずで、舞台をどうするか、頭を抱えているはずだ。本当に舞台に穴をあけたら、俺はきっと、先輩たちに顔向けできない。二度と、顔を見せることなんか出来なくなる。

「――っ……!」

 ごしっと目を擦り、トイレの扉を勢いよく開けた。ドレス姿の男が飛び出してきて、多分驚いたのだと思う。青年が「うわ」と言った。俺は彼にろくに礼も言えないまま、ドレスの裾を翻して「ありがとう!」と言ってその場を飛び出した。

 舞台袖に戻ると、探し回っていた先輩たちは、青い顔で、泣きそうだった。申し訳なくなって頭を下げて謝る俺を抱きしめて、「化粧が台無しじゃん」と笑ってくれた。舞台は、上手くできたとは言えなかったけれど、俺は、あの時逃げださなくて、良かったと思う。

 今思えば、一人だけ残される演劇部員に、少しでも多くの経験をさせてやろうと、主役に抜擢したのだと思う。その後、演劇部は俺の時代には部員が三人しか集まらなくて、舞台に立つことはなかったけれど、その経験がなければストリーマーをやろうなんて、思えなかったと思う。

 だから、俺にとってはあの高校の演劇部が、『初心』なのだ。

「失敗も、嫌われるのも怖いけど……そういう自分が嫌で、始めたってこと。忘れないでいたいと思うんだ」

 マイクに向かって、そう呟く。今、榎井はこの放送を見ているだろうか。ドキドキしながら、瞳を閉じる。

 今は勇気がないけれど。榎井の傍は心地が良いから、失うのは怖いけど。いつか、きっと君が好きだと伝えよう。

 その日までは、友達でいて欲しい。



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