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本編
20:サイモンとお嬢様(1)
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賑やかな休日の午後。
幸いにも天候に恵まれ、空は雲ひとつなく気温も暑すぎず寒すぎない最高のデート日和である。
しかし、ウィンターソン公爵の後妻シャロンは、噴水広場のベンチで鬱々としていた。
(足が痛い…。引きこもりなめんなよ、烏公爵め)
昼前から街に連れ出され、ほぼ小走りで歩き回るなど引きこもり令嬢の体力には無謀なことだった。
(しかし、まさか公爵様があの顔でデートの一つもしたことがないとはね)
シャロンは呆れたようにため息をつく。
コンパスの長さが違うのに、女性を気遣うことも出来ない男がデート慣れしているようには思えない。
普段の振る舞いから考えても、アルフレッドは女慣れしていない初心なおじさんなのだろう。シャロンは1人うんうんと納得した。
「あれ?お嬢?」
後ろから聞き覚えのある声で声をかけられたので振り返ると、そこには金髪碧眼の無駄に見目の良い薬師が立っていた。
「あら、サイモン」
「何してんですか?」
「休憩よ。公爵様とデート中なの」
「その公爵様は姿が見えませんが」
「今飲み物を買いに行ってくださっているわ。それにしても奇遇ね。こんなところで会うなんて」
「これは運命っすね」
「安っぽい運命ね」
「いやぁ、薄情者のお嬢にこんな街中で遭遇するなんて運命でしかないっしょ?」
「それは…」
サイモンはジトッとした目でシャロンを見下ろす。口元だけ笑っているのが逆に怖い。
実のところ、シャロンはウィンターソン公爵に嫁ぐ事をサイモンに伝えていなかった。
嫁ぎ先が烏公爵だなんて言ったら、優しい彼はきっと猛反対する。けれど王命である以上どうにもできない。
無駄に彼を悩ませなくないシャロンは何となく言い出しにくて、結局そのまま彼が出張中に嫁いでしまったというわけだ。
「言うタイミングいくらでもあったのに、何で何も言ってくれなかったんですか」
「それは…その…言いづらくて」
「出張から帰ってきて、旦那様から『え?嫁いだよ?知らないの?』って言われた時の俺の気持ち考えたことあります?」
「うう…」
「みんな俺がそのことについて何も言わないから『ショックで話題にもしたくないのだろう』って思ってたらしいですよ。どうりで飲みに誘われる回数が増えたはずだ」
「ご、ごめんなさい…」
「しかもよりによって、相手があの烏公爵なんて…」
サイモンは顔を歪めた。
夫が未だ亡き前妻を想っているのはよく知られた話だと。シャロンは今後、一生愛されることがない哀れな後妻として生きていかねばならない。
何度連れ戻しに行こうかと考えたことか。
「どうなんすか?烏公爵」
サイモンはシャロンの隣に座ると、ジッと彼女の目を見る。
その真剣な青い瞳がなんだか怖くて、シャロンは思わず目を逸らせた。
「どう、とは?」
「大事にしてもらってるかってこと」
「…丁重には扱っていただいてるわ。今日もこうしてドレスを新調するためにデートに誘ってくださったし」
「じゃあ幸せ?」
「不幸せではないわ」
「微妙な言い方っすね」
サイモンはその曖昧な返答に深くため息をついた。
シャロンは不幸せではない。
冷遇されてるわけではないし、公爵邸のみんなはシャロンを快く受け入れてくれた。シノアは食べてしまいたいくらい可愛いし、シャロンを着飾ることに命をかけているリサのことも嫌いじゃない。デニスと過ごす温室での時間はとても穏やかで心が安らぐし、料理長の作るご飯は美味しい。
アルフレッドもシャロンを大切にしようと努力してくれている。愛せない代わりに積極的にシャロンとの時間を作ってくれているし、何か困ったことはないかといつも聞いてくれる。未だエミリアに恋をしているかのように彼女の話をするアルフレッドの姿を見るのは嫌いではないし、彼の話を聞くのも苦ではない。
不幸せではない。多分、世間の人が思うよりも恵まれている。ただ…。
「ただ、少し虚しいだけよ…」
シャロンは伏し目がちにボソッと呟いた。
別にアルフレッドを好きなわけじゃない。
ただ何となく、自分は一生愛されないんだなと実感してしまうことが虚しいだけ。ただそれだけ。
「まあ、最初からわかってたことだし割り切らなきゃね。落ちこぼれの私をもらってくれた事に感謝しなくちゃ」
シャロンは誤魔化すように、ぎこちない笑みを貼り付けた。
落ち着いていて大人びて見えてもシャロンはまだ18だ。幸せな結婚がしたいという願望が深層心理の部分では残っているのだろう。
サイモンはシャロンの頬に触れると、突然頬を掴み左右に引っ張った。
幸いにも天候に恵まれ、空は雲ひとつなく気温も暑すぎず寒すぎない最高のデート日和である。
しかし、ウィンターソン公爵の後妻シャロンは、噴水広場のベンチで鬱々としていた。
(足が痛い…。引きこもりなめんなよ、烏公爵め)
昼前から街に連れ出され、ほぼ小走りで歩き回るなど引きこもり令嬢の体力には無謀なことだった。
(しかし、まさか公爵様があの顔でデートの一つもしたことがないとはね)
シャロンは呆れたようにため息をつく。
コンパスの長さが違うのに、女性を気遣うことも出来ない男がデート慣れしているようには思えない。
普段の振る舞いから考えても、アルフレッドは女慣れしていない初心なおじさんなのだろう。シャロンは1人うんうんと納得した。
「あれ?お嬢?」
後ろから聞き覚えのある声で声をかけられたので振り返ると、そこには金髪碧眼の無駄に見目の良い薬師が立っていた。
「あら、サイモン」
「何してんですか?」
「休憩よ。公爵様とデート中なの」
「その公爵様は姿が見えませんが」
「今飲み物を買いに行ってくださっているわ。それにしても奇遇ね。こんなところで会うなんて」
「これは運命っすね」
「安っぽい運命ね」
「いやぁ、薄情者のお嬢にこんな街中で遭遇するなんて運命でしかないっしょ?」
「それは…」
サイモンはジトッとした目でシャロンを見下ろす。口元だけ笑っているのが逆に怖い。
実のところ、シャロンはウィンターソン公爵に嫁ぐ事をサイモンに伝えていなかった。
嫁ぎ先が烏公爵だなんて言ったら、優しい彼はきっと猛反対する。けれど王命である以上どうにもできない。
無駄に彼を悩ませなくないシャロンは何となく言い出しにくて、結局そのまま彼が出張中に嫁いでしまったというわけだ。
「言うタイミングいくらでもあったのに、何で何も言ってくれなかったんですか」
「それは…その…言いづらくて」
「出張から帰ってきて、旦那様から『え?嫁いだよ?知らないの?』って言われた時の俺の気持ち考えたことあります?」
「うう…」
「みんな俺がそのことについて何も言わないから『ショックで話題にもしたくないのだろう』って思ってたらしいですよ。どうりで飲みに誘われる回数が増えたはずだ」
「ご、ごめんなさい…」
「しかもよりによって、相手があの烏公爵なんて…」
サイモンは顔を歪めた。
夫が未だ亡き前妻を想っているのはよく知られた話だと。シャロンは今後、一生愛されることがない哀れな後妻として生きていかねばならない。
何度連れ戻しに行こうかと考えたことか。
「どうなんすか?烏公爵」
サイモンはシャロンの隣に座ると、ジッと彼女の目を見る。
その真剣な青い瞳がなんだか怖くて、シャロンは思わず目を逸らせた。
「どう、とは?」
「大事にしてもらってるかってこと」
「…丁重には扱っていただいてるわ。今日もこうしてドレスを新調するためにデートに誘ってくださったし」
「じゃあ幸せ?」
「不幸せではないわ」
「微妙な言い方っすね」
サイモンはその曖昧な返答に深くため息をついた。
シャロンは不幸せではない。
冷遇されてるわけではないし、公爵邸のみんなはシャロンを快く受け入れてくれた。シノアは食べてしまいたいくらい可愛いし、シャロンを着飾ることに命をかけているリサのことも嫌いじゃない。デニスと過ごす温室での時間はとても穏やかで心が安らぐし、料理長の作るご飯は美味しい。
アルフレッドもシャロンを大切にしようと努力してくれている。愛せない代わりに積極的にシャロンとの時間を作ってくれているし、何か困ったことはないかといつも聞いてくれる。未だエミリアに恋をしているかのように彼女の話をするアルフレッドの姿を見るのは嫌いではないし、彼の話を聞くのも苦ではない。
不幸せではない。多分、世間の人が思うよりも恵まれている。ただ…。
「ただ、少し虚しいだけよ…」
シャロンは伏し目がちにボソッと呟いた。
別にアルフレッドを好きなわけじゃない。
ただ何となく、自分は一生愛されないんだなと実感してしまうことが虚しいだけ。ただそれだけ。
「まあ、最初からわかってたことだし割り切らなきゃね。落ちこぼれの私をもらってくれた事に感謝しなくちゃ」
シャロンは誤魔化すように、ぎこちない笑みを貼り付けた。
落ち着いていて大人びて見えてもシャロンはまだ18だ。幸せな結婚がしたいという願望が深層心理の部分では残っているのだろう。
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