27 / 129
本編
26:憤る(2)
しおりを挟む
近くのテラスへと連行されたシャロン。と、おまけのハディス。
月明かりの下に集結したのは歳の差20の仮面夫婦と、夫より一回りほど年下の嫁の兄という奇妙な面子。
中庭の噴水の音とダンスホールの賑やかな音楽が混ざり合う中、冷たい夜風が頬を撫でる。
微妙な静寂が数分続いた後、嫁の兄が口火を切った。
「閣下、妹を助けに来てくださいありがとうございます」
「…こちらこそ、間に合わなくてすまなかった」
「正直に申し上げますと、閣下は助けになど来られないかと思っておりました。意外とお優しいのですね」
ニッコリと笑うハディス。そんな彼の発言に眉を顰めるアルフレッド。
漂う不穏な雰囲気に、シャロンは二人の間に割って入ってた。
「こ、公爵様。騒ぎを起こしてしまい、その申し訳ございません」
深々と頭を下げるシャロンに、アルフレッドを顔を上げるよう促した。
「謝る必要はないけれど…彼らは何なんだい?」
「彼らは…、その、魔術学院時代の同級生です…」
「ただの同級生には見えなかったけれど」
「…彼らは…その…」
シャロンは俯いて口をつぐんだ。
どこまで話すべきなのか分からなかったのだ。
今や公爵夫人の地位にいるシャロンにあんな態度が取れるなんて、誰が見ても普通じゃない。ここは素直に『いじめられていた』と言うべきだろう。
だが、シャロンは夫に対し『いじめられていた』と素直に言うのが怖かった。
シノアには言えたのに、アルフレッドには何故か言えない。
情けないと思われたくないのだろうか。シャロンは自分で自分がわからなかった。
「シャロンは彼らから酷いいじめを受けていました」
そんなシャロンに変わって発言したのは、ハディスだった。
「お、お兄様…」
「シャロン、君の夫はウィンターソン公爵閣下だ。知っておいてもらったほうが良い」
ハディスはシャロンの肩を掴み、諭すように言う。
社交は最低限で良いとは言っても、どうしても夜会に出る機会は増える。その度にあのような騒ぎを起こすのは公爵家としてもよろしくない。
シャロンは仕方なく学院でのいじめと、その後社交界でも彼らが絡んでくることを簡単に説明した。
「…学院の悪しき風習か」
「はい…」
「噂に聞いていたよりもひどいな…」
アルフレッドはシャロンの話を聞き、ぐっと眉間に皺を寄せた。
10年ほど前から学院でのいじめが蔓延っているという噂はアルフレッドの耳にも入っていたが、実情は彼の予想以上に過酷だったようだ。
きっと学院が傍目から見て、優雅で平穏なエリート校に見えるのは、少数の生贄がある意味であの箱庭の秩序を保っているからだろう。
「まあ、卒業しても昔の関係性を引きずる馬鹿はあまりいませんがね」
ハディスは呆れたように肩をすくめた。
学院で頂点に立とうが、一歩箱庭の外に出ればそこは社交界。階級がものを言う縦社会だ。
自分より能力が低かろうが、自分より身分が上の人間にあのような態度を取ればどうなるかくらい誰だって予想はつく。
仮に、卒業後も学生気分が抜けずに身分が上の者に突っかかったとしても、周囲の反応を見れば一度で懲りるはずだ。
何度も仕掛けてくるバカはエディ達くらいだろう。
アルフレッドは小さくため息をつくと、シャロンに問いかける。
「彼らはいつもあんな感じなのか?」
「…毎回ではありませんが、まあ、ほぼほぼ」
「という事は、シャロンはこうなる事をわかっていたのかい?」
「ならなければ良いとは思っていました」
少なくとも、せめてハディスが来るまでアルフレッドが側ににいてくれればこうはならなかっただろう。
シャロンは一瞬そう思ってしまったが、この懸案事項を伝えていなかった自分に責があるのだと、ひとり納得した。
無言で首を振り、うんうんと何かを納得したような顔をするシャロンをアルフレッドは訝しむ。
「…そういえば君はこの間、街で薬師に『早く見つけてくれ』とハディス殿に伝言を頼んでいたね」
「はい…。それが何か?」
「君は初めから私を頼る気がなかったのかい?」
「…え?」
「今日の君のパートナーはハディス殿ではなく私だ。私にそばにいて欲しいと言えばよかったじゃないか」
アルフレッドは悔しそうに拳を握りしめた。
知らなかったから守れなかった。知っていたらハディスではなく自分が守ったのにと。
思い返せば、公爵邸に来て数ヶ月。
シャロンが何かを望んだ事など一度もなかった。
宝飾品や服をねだることもなければ、何が食べたい何が飲みたいとさえも言わない。
当然の如くエミリアを忘れろとも、こちらを見てくれとも、言わない。
アルフレッドが無闇に連れ回したあの日も、靴擦れが痛いから帰りたいとは言わず、ただただ自分について来るだけだった。
はじめはそれが彼女の優しさで、自分を好いていてくれるからこその彼女の思いやりなのだと思っていた。だが、実際は違った。
彼女はそもそもアルフレッドの事などなんとも思っていなかった。
何も言わないのは信頼していないから。
何も望まないのは期待していないから。
ふと、街の広場で薬師に笑顔を向けていたシャロンの姿が頭をよぎる。
あの男には無防備に心を開いていたのに。そんな感情がアルフレッドを襲った。
月明かりの下に集結したのは歳の差20の仮面夫婦と、夫より一回りほど年下の嫁の兄という奇妙な面子。
中庭の噴水の音とダンスホールの賑やかな音楽が混ざり合う中、冷たい夜風が頬を撫でる。
微妙な静寂が数分続いた後、嫁の兄が口火を切った。
「閣下、妹を助けに来てくださいありがとうございます」
「…こちらこそ、間に合わなくてすまなかった」
「正直に申し上げますと、閣下は助けになど来られないかと思っておりました。意外とお優しいのですね」
ニッコリと笑うハディス。そんな彼の発言に眉を顰めるアルフレッド。
漂う不穏な雰囲気に、シャロンは二人の間に割って入ってた。
「こ、公爵様。騒ぎを起こしてしまい、その申し訳ございません」
深々と頭を下げるシャロンに、アルフレッドを顔を上げるよう促した。
「謝る必要はないけれど…彼らは何なんだい?」
「彼らは…、その、魔術学院時代の同級生です…」
「ただの同級生には見えなかったけれど」
「…彼らは…その…」
シャロンは俯いて口をつぐんだ。
どこまで話すべきなのか分からなかったのだ。
今や公爵夫人の地位にいるシャロンにあんな態度が取れるなんて、誰が見ても普通じゃない。ここは素直に『いじめられていた』と言うべきだろう。
だが、シャロンは夫に対し『いじめられていた』と素直に言うのが怖かった。
シノアには言えたのに、アルフレッドには何故か言えない。
情けないと思われたくないのだろうか。シャロンは自分で自分がわからなかった。
「シャロンは彼らから酷いいじめを受けていました」
そんなシャロンに変わって発言したのは、ハディスだった。
「お、お兄様…」
「シャロン、君の夫はウィンターソン公爵閣下だ。知っておいてもらったほうが良い」
ハディスはシャロンの肩を掴み、諭すように言う。
社交は最低限で良いとは言っても、どうしても夜会に出る機会は増える。その度にあのような騒ぎを起こすのは公爵家としてもよろしくない。
シャロンは仕方なく学院でのいじめと、その後社交界でも彼らが絡んでくることを簡単に説明した。
「…学院の悪しき風習か」
「はい…」
「噂に聞いていたよりもひどいな…」
アルフレッドはシャロンの話を聞き、ぐっと眉間に皺を寄せた。
10年ほど前から学院でのいじめが蔓延っているという噂はアルフレッドの耳にも入っていたが、実情は彼の予想以上に過酷だったようだ。
きっと学院が傍目から見て、優雅で平穏なエリート校に見えるのは、少数の生贄がある意味であの箱庭の秩序を保っているからだろう。
「まあ、卒業しても昔の関係性を引きずる馬鹿はあまりいませんがね」
ハディスは呆れたように肩をすくめた。
学院で頂点に立とうが、一歩箱庭の外に出ればそこは社交界。階級がものを言う縦社会だ。
自分より能力が低かろうが、自分より身分が上の人間にあのような態度を取ればどうなるかくらい誰だって予想はつく。
仮に、卒業後も学生気分が抜けずに身分が上の者に突っかかったとしても、周囲の反応を見れば一度で懲りるはずだ。
何度も仕掛けてくるバカはエディ達くらいだろう。
アルフレッドは小さくため息をつくと、シャロンに問いかける。
「彼らはいつもあんな感じなのか?」
「…毎回ではありませんが、まあ、ほぼほぼ」
「という事は、シャロンはこうなる事をわかっていたのかい?」
「ならなければ良いとは思っていました」
少なくとも、せめてハディスが来るまでアルフレッドが側ににいてくれればこうはならなかっただろう。
シャロンは一瞬そう思ってしまったが、この懸案事項を伝えていなかった自分に責があるのだと、ひとり納得した。
無言で首を振り、うんうんと何かを納得したような顔をするシャロンをアルフレッドは訝しむ。
「…そういえば君はこの間、街で薬師に『早く見つけてくれ』とハディス殿に伝言を頼んでいたね」
「はい…。それが何か?」
「君は初めから私を頼る気がなかったのかい?」
「…え?」
「今日の君のパートナーはハディス殿ではなく私だ。私にそばにいて欲しいと言えばよかったじゃないか」
アルフレッドは悔しそうに拳を握りしめた。
知らなかったから守れなかった。知っていたらハディスではなく自分が守ったのにと。
思い返せば、公爵邸に来て数ヶ月。
シャロンが何かを望んだ事など一度もなかった。
宝飾品や服をねだることもなければ、何が食べたい何が飲みたいとさえも言わない。
当然の如くエミリアを忘れろとも、こちらを見てくれとも、言わない。
アルフレッドが無闇に連れ回したあの日も、靴擦れが痛いから帰りたいとは言わず、ただただ自分について来るだけだった。
はじめはそれが彼女の優しさで、自分を好いていてくれるからこその彼女の思いやりなのだと思っていた。だが、実際は違った。
彼女はそもそもアルフレッドの事などなんとも思っていなかった。
何も言わないのは信頼していないから。
何も望まないのは期待していないから。
ふと、街の広場で薬師に笑顔を向けていたシャロンの姿が頭をよぎる。
あの男には無防備に心を開いていたのに。そんな感情がアルフレッドを襲った。
58
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。
短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる