【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
29 / 129
本編

28:好奇心に負ける(1)

しおりを挟む
 
 月明かりに照らされた王宮のテラス。
 そよ風に揺れる木々のざわめきと、ダンスホールに響く賑やかな音楽と、そして夜空を飛ぶカラスの鳴き声が交差するその場所で…

「アホーだって、公爵」

 王太子ヘンリーは、カーテンの影に隠れて膝を抱えるようにして蹲るアルフレッドを突いて楽しんでいた。

「ちょっと今話しかけないでください」

 先程、見事にシャロンの口撃に打ちのめされたアルフレッドは傷心中である。
 自分が悪いのはわかっているが、大人しく心優しい女性だと思っていた彼女から、まさかあんな風に責め立てられることになるとは思っておらず中々立ち直れない。どうやらアルフレッドは少しシャロンに夢を見ていたらしい。

「じゃあシャロン嬢をナンパしてもいいか?」
「ダメです」
「あっちで騎士団の奴が探していたぞ?いいのか」
「誰ですか?」
「ダイス伯爵だ」

 アルフレッドは、はぁーと長いため息をつき、チラリとシャロンの方を見た。シャロンはしっしっと追い払うように手をひらひらさせる。

 その反応に少し傷つきながらも渋々立ち上がったアルフレッドは、シャロンをヘンリーに紹介してからトボトボと隊員の元へと向かった。



「改めまして、ヘンリーだ。よろしく」
「シャロン・カーティスでございます。お会いでいて光栄ですわ、殿下」

 アルフレッドを見送ったヘンリーは改めて名乗る。シャロンはそれに返事をするようにカーテシーを披露した。
 淑女として完璧な洗練された所作。少し緊張しているのか、表情は乏しいがヘンリーからすれば及第点の令嬢だった。

 ヘンリーは人好きのする笑みを浮かべて、シャロンをまじまじと眺める。

「とても素敵なドレスだね。艶のある濃紺の生地が君の黒髪によく似合っているよ。公爵と合わせたのかい?」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。殿下のおっしゃる通り、このドレスは主人が用意したものです」
「そうか。しかしあの男といると一生暗い色のドレスを着る羽目になるけれど、良いのかい?」

 ヘンリーはケラケラと笑いながら冗談めかして言うが、その視線はどこか品定めしているようなものだった。
 シャロンはその視線に若干の不快感を感じながらも、ドレスをひらりと翻し、

「私は特にドレスに拘るタイプではありませんし、元々暗い色のほうが好きです。それに何より、ウィンターソン公爵の妻になるのにそのくらいの覚悟がなくてどうします?」

 と言って控えめに笑った。
 強い意思を宿した瞳で、けれどもこれ以上ないほどに自然と優しい微笑みを浮かべるシャロンに、ヘンリーは「ほう」と声をもらした。

「なかなかに見どころのあるお嬢さんのようだ。公爵が羨ましいね」
「あら、その発言は妃殿下に失礼では?」
「おっと、失言だったかな」
「ここだけの秘密にして差し上げます」
「それはありがたい。ところで、シャロンと呼んでも構わないかい?」
「はい、お好きにお呼びください」

 どうやら気に入られたらしい。
 シャロンはほっと胸を撫で下ろした。

「ではシャロン。君に聞いて欲しい事があるのだが、良いかい?」
「はい。なんでしょうか?」

 キョトンと首を傾げるシャロンに、ヘンリーは含みのある笑みを浮かべた。

「君の夫である公爵の仕事についてなんだけど…」
「ちょっと!殿下、それはっ!」

 ハディスは慌ててヘンリーの話を遮り、妹を庇うように彼の前に立つ。

「ハディス。可愛い妹を巻き込みたくない君の気持ちもわかるが、夫である公爵を巻き込む以上、彼女にも話を通しておくのが筋だと私は思うよ」
「夫と妻は別の人間です。夫の仕事に妻を巻き込む必要がどこにありましょうか」
「夫に危険が及ぶかもしれないのなら伝えておくべきだろう」

 真剣な目でハディスを見据えるヘンリー。
 しかし、ハディスも譲らなかった。

「殿下、わざと公爵閣下に席を外させましたね?」
「何のことだろうか?」
「彼はシャロンに話すことを同意したんですか?してないですよね?」
「この後すぐに同意をもらう予定だ」
「人はそれを事後報告と言うんですよ」

 笑顔で対峙しながらもチリチリと火花を散らす二人。
 おそらく二人が話しているのは面倒事なのだろう。
 巻き込みたくない兄の思いやりを理解しつつも、シャロンは彼の服の袖を引っ張った。
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。 短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...